91話
エディさんたちへの連絡はアリスが既に済ましており、解体と献上を済ませた後は、焚き火を囲んでの反省会となった。
フィオナも聞くだけ聞くそうで、短い期間で通話器が便利になった事を実感する。
「スーパーノヴァ後が良くなかったなぁ…それまでは完璧だったよ。」
討伐までの流れを、ユキに補足されつつ説明してからオレの所感を述べる。
「私は完璧だったと思ったけど、何処が良くなかったの?」
ジュリアが納得いかない様子で尋ねる。
「遥香が躊躇った所だな。指示なしで撃ち込んでたらあそこで怯んでいたと思う。そこにジュリアが追撃して、オレが頭にエンチャバ、その後、遥香が完全に首を落とす感じだな。」
恐らく、首を落とさずとも頭を破壊すれば倒せるのだが、念は入れた方が良い。
「完封の流れができやしたね…」
「まあ、その前にオレが受け流せて無かったから完封ではないがな。」
「お父さんの理想が高い…
でも、うん…そうだね。あれは私が良くなかった。」
オレの事が心配で、というのはありがたいところではあるが、それで他が攻撃を受けては本末転倒。
「もう一撃耐えられるとは思いやすが、強烈でしたからね。手負いはやっぱり怖いですぜ…」
「まあ、それを矢でぶっ飛ばしたジュリアも大概だけどな。」
「至近距離での衝撃音で耳が壊れたかと思いやした…」
「信頼の一撃だったのに酷い…」
「ごめんなさい。」
素直に謝るユキ。そう言われては軽口も叩けまい。
「よろしい、許しましょう。
跳んだのは私たちの位置からでも見えてたからね。だったら、どこに向かっても着地の瞬間が狙えると思って構えていたんだ。」
「完璧な一矢だった。最高の一撃に選びたいな。」
「私もそう思う。当たり所も適切だったし、トドメへの流れを作った一撃だったもんね。」
「エヘヘ。照れちゃうよ。」
褒められてデレデレになるジュリア。
こんな顔は記憶に無いな。
「まあ、私の活躍はユキ居てこそだけどね。
最初からそう。この誉れはユキと半分こだよ。」
「ジュリアの心遣いが痛い…」
見た目と違い、性根は黒エルフが精神的ダメージを負った。
対称的なふくよかエルフの聖人オーラが眩しい!
「ユキの弱点を見つけてしまったわ!」
「アリスに突ける弱点じゃありやせんぜ?」
「くっ…確かに…」
悔しそうなアリス。まあ、ジュリアのような白さを持てる者は多くないだろう。
…ユキは子供にも弱そうだな?
「今日は日帰りできる距離だったが、明日からはどうだろうな。
今日の攻略地点を足場に、あと四ヶ所と考えているが。」
配布された地図を見ながら言う。今日討伐したところはバツ印が書かれていた。
「すぐに本陣を移すのは無理な位置ね。道中にいくつか巣があるし…」
「無視して良かったの?復活しない?」
「しばらくは大丈夫だ。大きいところが隣接してると連戦になると思うが。」
「じゃあ、その隣接した大きいところ狙ってみる?」
アリスが思い切った提案をしてくる。
地図を見ると、少し離れた所に大きな巣がいくつかあるようだ。その中に、隣り合っているかの距離で発生している場所がある。
「オレは良いと思う。退避をしっかり考慮していれば連戦も許容できる。」
「でも、今日のより手強いよね?」
「そうだな。相手次第だが、パワーもスピードも上だろう。」
「今日以上かぁ…」
自信無さげに項垂れるジュリア。
そんなのが相手では、必中が求められる狙撃手なんてやりたくはない。
「まあ、対峙するポジションとすれば当たればありがたいくらいに思ってるから、はずしても文句は言わない。」
「ユキの罵声が飛んでくるから…」
「あたしの愛情です。」
それも大事かもしれないが程々にな…
「パワー、スピードは形態による、としか言えない。バランスとれてる方が少数だろうな。」
「今日のは?」
「少数の方だ。まともに戦えばクソめんどくさかった。」
「スーパーノヴァをあんな使い方しやせんぜ…」
戦闘の事を思い出しながら、頭を押さえて二度、三度首を振る。
「どういう使い方するの?」
「フィオナのフロストノヴァと同じです。行動阻害という方法が一般的ですぜ。どのくらいまで上げてやしたか?」
「お湯が沸く倍以上だな。」
「おおう…そんなに上げられやせんぜ。普通は暑過ぎてその場に居られないくらいです。有利な場を作るというのが目的ですので。
参考までに旦那はフロストノヴァでどこまで下げられやすか?」
「無風でフィオナと同等くらいだな。絶対零度…あらゆる物質が氷る所まで目指したが、どうも知識や発想が足りていない。」
ユキとアリスが唖然とした様子でオレを見る。
「何もしなくても凍り付くヤツじゃねぇですか…」
「そうね…環境変化魔法の概念が壊れちゃう…」
現地の優秀な魔導師二人が頭を抱える。
「お姉ちゃんはどうなんだろうね。知ってるかな?」
「どうだろうな…高校生には…いや、今時の子だったからな。」
「…待って、お父さん、どこまで思い出してるの?」
ここまで意図的に隠していたがバレてしまう。
「全部だ。全部思い出してある。オーディンは情報を持っていたようだからな。」
「そう…なの。」
「大丈夫だ。ちゃんとヒガンだよ。匠としては記憶というより知識という方が正しい。こっちで経験した記憶と違って、あまり自分のことに思えないんだよ。」
そう答えると、アリスがオレの手を握って来る。
「…それに、匠としての人生は楽しいものじゃなかった。転生もしたんだからもう語るようなことじゃない。」
「…そうね。ここはあなたにとって異世界で、もう二度目の人生だものね。本来の自分に縛られる必要はないわ。」
「そういう事だ。」
話が逸れてしまったので戻そう。
「スーパーノヴァとフロストノヴァだが、温度は分子運動がというレベルの話しかわからんからなぁ。どうもそれだけではマイナス200度…3倍下げるのは無理らしい。」
「お父さんは永久凍土でも作ろうとしたの…?」
「そういう訳じゃないが…」
ジト目で尋ねられ答えに窮する。
「ぶ、ブンシウンドウ…?」
「多分、この世界ではあまり意味の無い話だ。」
「そ、そう…」
「んん?ということは、旦那は力業で上げたり下げたりということですか?」
「そんな感じだなぁ。兎に角、魔力の出力を上げるしかしてない。」
「…精霊も涙目ですぜ。」
聞き逃せない一言をユキが言う。
「精霊、いるのか?」
「そりゃあ、おりやすよ。わりとそこら中に。」
「私たちには見えないわよ。」
存在を認めていない訳ではないが、ゲーム中に形として存在を確認できなかったのだ。
フレーバーテキストの中だけだと思っていたが…
「放浪中の遊び相手でしたぜ。犬コロみたいなもんですから。」
「家ではそんな様子は見なかったけど。」
「皆、発散する魔力が強すぎるんでさぁ。特にハルカ様の魔力が苦手な様でして。
フィオナも精霊は意識しておりやせんでしたね。東の特徴ですかね?」
「うん。私たちは精霊を意識してないよ。フィオナもあれで魔法より体使う方が得意だし。」
魔法の事ばかり質問されるし、魔法を使う場面をよく見ていたから、フィオナは魔導師寄りだと思っていたが違ったらしい。
思った以上に優秀な娘だったようだ…
「西や南はどうなんでしょうね。でも、西は出自的に…という気もしやすが。」
「そうね。私もそう思うわ。」
「ノラは間違いなく見えてると思うぞ。」
「でしょうねぇ。あの自由さと庭の感じは間違いなく精霊との共存を意識してやすぜ。」
「…ああ、だから私が庭に行くとノラの表情が曇ってたんだ。」
「不憫な子ね…」
アリスが遥香の頭を撫でて慰める。
あんまり遥香とノラが一緒のところを見なかったが、そういう理由だったか…
「ハルカ様の魔力は攻撃的ですからね。支援系は安定させるのにやや時間掛かりやすよね。」
「時間、というよりなんか構築が雑になりがちかも。」
「旦那はどちらでもない感じですね。」
「そうだなぁ。どっちも同じ感じだな。」
「私は支援系の方が組みやすいわね。」
「性格の傾向と言ってしまうと身も蓋もありやせんが、それが一番の原因ですぜ。
逆に、アッシュのように魔物には好かれやすいと思いやすが。」
「ぐぬぬ…」
バッサリと言い切ったユキの言葉にダメージを受ける遥香。
デメリットしかない、という訳でもないようだ。
「例外も当然ありやすがね。」
「これが強さの代償…」
「出会った頃のアリスに聞かせたい。」
「ぐぎっ…」
妙な声が聞こえてきた。図星らしい。
「まあ、ハルカ様はまだ若いので引き返せやすぜ。」
「…早く転生して若い時間を伸ばさないと。」
「アクアだけになっちゃいやすね。」
「あたしはなるなら魔人が良いですね。芸術はディモスの方々が素晴らしいので。」
メイプルと一緒にお茶を配りながら言うアクア。
一人だけそのまま、という訳にもいかないだろう。それは余りにもかわいそうだ。
「細工とかはドワーフだけどね。」
「あれは芸術というより技術ですぜ。当然、デザインもしやすが、機能を突き詰めた結果、芸術的になってるんです。」
「ああ、ディモスとドワーフのアクセサリーの違いはそうだったのね。」
「エルフは木材専門だから縁がないね…」
「北方は骨、羽も使いやすよ。」
「ワイルドだねー。それはそれでかっこいいけど。」
「何か一つ…と思いやしたが、アクセサリーまでみっちり計算されて作られてるんで、余地がありやせんね…」
アクセサリーも素材は色々、要求される技術も色々。奥が深い分野であることは間違いない。
突き詰めていくと、時間がいくらあっても足りないだろう。
「あまり変なことをして、アズサを困らせたくないものね。」
アクセサリーでの前科持ちが言うと説得力がある。
「働きすぎですからね。フィオナの母様の実家で休めてると良いですが…」
「休めてるのかしらね。事情が事情だから…」
「帰った時に顔を見るのが怖いよ…」
「多分、梓はアリスをそう思ってそうだけどな。」
言うと腕を組んで険しい表情になる。これはもう間違いないな。
「…引退しようかしら。家でひたすらポーションと食事だけ作っていたい。」
深刻な訴えに、オレたちは乾いた笑いを返すしかない。引退はもう少しだけ我慢して欲しい。
「ところで、アクア、メイプル。
魔法の話はどの程度までわかっていた?」
座ったまま固まる二人。
「使えないんじゃ仕方ないわよ。」
フォローするアリス。それもそうだが…
「魔力を『視る』事は意識しておけ。ここは色々な人間がいる。良い経験になるはずだ。」
「視る…?」
二人にはピンと来ないか。
「そうだな…ユキ、同調はできるか?」
「へぇ。ジュリアの支援に必要なので鍛えておりやす。」
「二人に見せてやってくれ。」
「へぇ。」
二人がユキの元にいき、手を握る。
すぐにふらついてそのまま地面に座り込むが、ユキは手を離さない。最初はこうなるものだと分かっているからな。
「向こうの鮮やかな鳥は見えやすか。」
「見えます。」
「見えません…」
同調しても個人差が出るな。
「アクア、精霊を視る素質がありやすぜ。」
「おお…あれが精霊…
そうですよね。夜に鳥なんて…本当にそこら中に何か居るんですね。」
「まあ、見えるようになるかは努力次第ですが。
…本当に大剣で良いので?あたしにはミスマッチに思えやすが…」
不安そうにこちらを見るユキ。まあ、普通はそう思うだろう。だが、メリットも当然ある。まだ、明かす必要はないが。
「大丈夫。魔法と親和性の低い武器種なんて無いよ。」
「旦那が言うなら間違いないでしょう。メイプル。」
「っは!?」
「目を回すのは分かりやすが、気を失うのはダメですぜ。」
「は、はい…」
ユキに背を軽く蹴られて立ち上がる。厳しい上司だ。
「本当に全員波長が違いますね。声の違いの様です。」
「なるほど。声ですか。」
ユキが感心した様にメイプルを見る。
「二人が同調すると、あたしの視てる景色がどう見えるのか気になってやしたが…楽しいですぜ。」
今まで言及してこなかったが、ユキには見えてる光景がオレと、オレたちと少し違うのだろう。
精霊が見えるかどうか確認したかっただけだが、予想外の反応を得られたな。
「それぞれ半分ずつ、という様子ね。」
今度はアクアの方が首を傾げる。
「…オーラの色の違い、大小は分かるのですが。」
「私は精霊は見えないし、オーラは波にしか見えないから…」
「オレもアリスと似たようなもんだ。ただまあ、地平線の辺りまで見えるが。」
「まって。頭おかしくならないのそれ。」
「転生したら大丈夫だな。レベルかな?」
「あ、あたしも転生しようかな…」
ユキも本気で悩み始める。
「ちょっと考えちゃうわね…」
アリスも腕を組み、眉間に指を当てて悩み出す。
「デメリットを聞いておくんだったなぁ…」
「あるのかしらね?ちょっと気になるわ。」
『私たちが確認したいです。』
同調状態だからという訳でもないだろうが、アクアとメイプルが声を揃えて言う。
「まあ、慌てるな。解放手続きをして、レベルやスキルを上げてからだ。実力もな。」
『はい…』
「メイプルは私と同じくらいの歳になりそうね。」
「えぇ…バニラ様と同じくらいかと思ってましたよ…いや、バニラ様も年相応には見えないですが。」
アリスも歳よりは若く見えるが、バニラも大概おかしい。鯖読んでないか?
「ただ、メイプルはどんどんメイプルになっていってるからなぁ…こればかりは説明がつけられない。」
そう言うと、メイプルが躊躇いなく昔ライブ動画で見たことあるポーズを決める。
「ホントよね…ちょっと当初は絵のイメージと掛け離れた顔付きだったんだけど…」
「毎日飲んでるイグドラシル水のおかげですかねー?」
「…私も飲もうかしら。」
「強靭な胃を獲得しやしょう。」
「余計なツッコミをさせてくれないのが一番の薬よ…」
低いうなり声のような一言に、ユキもオレも乾いた笑いを返すしかなかった。