10話
目が覚めるとかなり日が傾いており、オレたちが起きるのを待っている職員がいた。ただ待っているのではなく、違う机仕事をしながらだが。
「すみません…」
「事情は聞いております。ゆっくりしていて下さい。」
嬉しいがそういうわけもいかないだろう。素材の換金や宿探しもある。
「いえ、色々とやることもありますので。おい起きろ。」
隣で大きな口を開けて寝ているバニラを揺すり起こす。
「ふが」
変な声を上げてバニラが覚醒する。
手をパンパンと鳴らすとストレイドも目を覚ますが、一緒にソファーで眠っていたバンブーとリンゴは身を捩ってこちらに背を向ける。
「おい、起きろ。」
声を掛けるがむにゃむにゃ返事をするだけで起きる気配はない。
「ならば仕方ない。」
二人の前で仁王立ちになり、手の平に水を作る。
「なるべく備品を汚さないでいただければ…」
「わかりました。」
魔力を循環させ、精密なコントロールをできるようにする。
さあ、お仕置きの時間だ。
「放水開始。」
勢い良く水が吹き出し、二人の顔に叩き付けられる。
「あばばぶばわあー!!??」
「ちょっ!ぶあび!ばばばぁ!?」
ひたすら顔面で直撃を受け続けるバンブーと、防御を試みるリンゴ。水の軌道は_から上へループ状、飛び散った飛沫は全て戻ってくるように制御している。
二人に掛かった分で、どうしても制御から離れてしまうのがあるが、それは後でなんとかする。
水圧に負け、二人はソファーごとひっくり返る。リンゴは熊だった。
バニラの方を見ると、鳴らない口笛を吹いてる。ソファーがひっくり返ったのはこいつの仕業か。
「何この仕打ち…」
「ひどい…」
呆然とするバンブーと、顔を抑えるリンゴ。
二人がしっかり覚醒したのを確認したところで【洗浄】を掛けて汚したところを綺麗にする。
「さっさと起きろ。」
二人に手を差し伸べるが、
『ふん!』
差し伸べた手は、二人の手で上下から力一杯挟まれる。スキルは使ってないようだがなかなか痛い。
「リンゴはその熊を早く隠そうな。」
バニラの言葉にピンと来なかったようだが、気付いて徐々に顔を赤くするリンゴ。
「猫です!」
もう一発ひっぱたかれた。
翌日、日もだいぶ高くなってからオレたちは行動を開始する。
準備と休養を兼ね、ここでもう一泊すると決めていたので朝はゆっくり過ごさせてもらった。
素材の類いは半分ほど換金に回し、残りは念のために残してある。食材は買い手がつかないらしいのでこちらで処分することに。
それでも余裕で半年は宿泊できる額になったので、しばらくは食うに困らない。
ただ、ここの諸々のサービスはあまり良くなく、宿泊代もかなり抑えてあるとのこと。政策による補助金頼みの経営らしく、客も常連の商人くらいらしい。
今は十分な金額だが、首都に近いほど物価が高くなりそうなので節約することにした。
ただ、買い取り相場はどこも変わらないらしく、余程の事がない限りは物価の変動も少ないらしい。
そういえば、魔法鎧を返却した際にエディさんがこちらの言葉を伝えたところ、激昂した追っ手に斬りかかられたとのこと。隠居とはいえ元魔王。護衛が容赦なく吹き飛ばして事なきを得たそうだ。
吹き飛ばされたヤツはなんとか死にはしなかった、という程度で済んだとの事。
まあ、まさか相手をしていたのが元魔王だとは思いもしないよな…
最初に来たのは武器防具を扱う店。国境という性質上、あまり品揃えは充実してないが、金物屋も兼ねているとのこと。
しっかりした調理器具とついでに装備の交換といったところか。
「たーのもー」
間の抜けた声でバンブーが先頭切って入る。リンゴ、バニラ、ストレイドと続き、オレは最後に入った。受付を中心に客の動けるスペースが囲っているような店内。物は多くないようだが、どれも見本品ということだろうか。
「オレは外で待つか。金は大丈夫だな?」
「おう。ちゃんと収納してる。」
亜空間収納からバニラに預けた袋を少しだけ見せる。念のために分散管理しており、もしもの時も安心だ。
額は多くないが、各々が自由に使える金も別に分けている。
「用が済んだら呼んでくれ。」
そう言って、オレは店の前にあったベンチに座る。暇潰しにいつもの訓練をやろうかとも思ったが、あまり注目を浴びるのも良くないだろう。服装がただでさえ浮き気味なのだから。
ヒュマス側の町に比べ、こちらはかなり計画的に整備されている印象だ。建物の形はそう変わらない様にも見えるが、建材の質が違う。
(魔法による加工か。均一に、更に補強されているな。)
店内も快適で常に空気が循環しているのも感じられた。季節によって温度も調節しているのだろう。魔法文明のあるべき姿だ。
この町はあえて水準を落としているということらしいので、首都に向かうのが楽しみである。
井戸もあるが使われている様子はない。オレたちも即席魔導具のお陰で水汲みなんてしなかったのだ。整備された町に必要はないだろう。
店の中ではあーだこーだと喋り続ける三人娘。それを見守るストレイドはお嬢様方の護衛に見える。
(あんまり店の中を覗いてると不審者に見えそうだ。)
視線を前に戻すと、目の前に女性の顔があった。
「……?」
魔力感知でわかっていたので、特に驚く素振りも見せずにらめっこをする。
「不思議な人ね。何者?」
大きく歪んだ互い違いな二つの角、ディモスのようだが見たことのない顔。
ディモスの角は基本的に左右対称なので、非常に珍しい特徴だ。
「ただの召喚者だ。」
女性は少し離れ、考え込む仕草をする。
見た目に特別な特徴もない。髪が長いくらいだろうか。いや、違う。魔力のコントロールが完璧すぎる。完璧過ぎて逆に怪しい。
全く外に魔力を漏らさず、体内で綺麗に循環させているのは初めて見る。バニラもバンブーも駄々漏れなので、この魔力制御には少し感動した。
「召喚者というだけで只者ではないのだけど、それはどういうこと?」
「どうもこうもないよ。オレは召喚者でそれ以外の何者でもない。」
再び考え込む仕草をして、頭を傾げる。
「君ほどの人を召喚できる者がいるの?召喚士はどこ?」
「召喚士?」
知識にない概念だ。そもそも、召喚という行為事態が行えなかったからな。
「召喚には触媒が必要なの。強さに応じてコストも変わる。ましてや人を召喚しようとすれば必要なコストは人と同等でないとおかしいわ。」
「なに?」
「なるほど。だから歪なのね。」
コストが人と同等?それはつまり
「契約すら行われていないのは、術者も贄にされてしまったからかしら?」
あぁ…また重大な問題が…記憶がない事もあるっていうのに。
背が低めな変わったディモスの言葉は、昂るオレの心を冷やすには十分過ぎた。
「ごめん。責めている訳ではないわ。それは君にどうしようもないことだもの。」
まただ。どうしてこう表情に出てしまうのか。
「何者だ。」
それが精一杯の問いだった。
聞きたいことはいくつもある。だが、それを先に聞けなかった。
「そうね。ここまで踏み込んだんだから名乗らせてもらうわ。」
一歩下がり、ポーズを決めるようにして告げる。
「私は稀代の魔導師。名をアリ」
「ヒガン、来てくれ決めてもらいたいものがある。」
ウキウキ顔でバニラが現れる。
対照的にアリなんとかの表情はとても渋い。ポーズを決めていることもあり、なんとも気の毒だ。
「…また今度にしましょう。あなたがこの国で活動をするなら、また会うこともあるから。」
「そうか。詳しい話はその時に聞こう。」
「ええ。楽しみにしてるわね。」
お互い、微妙な笑顔のまま別れることになった。バニラが少しだけ誇らしげにしてるように見えたのは気のせいだろうか?
各々の買い物を済ませ宿に戻ってくる。
全員の装備一式を更新する事になり、戦力はそれほど変わらないが、品質が向上したことでバンブーが後々カスタマイズしやすくなっていた。
鍛治魔法は文字通り鍛治に関する魔法。修理、調整、刻印が行える。
刻印は特殊な文字や図形の組み合わせで性能向上を行うもの。効果は強化法の中でも最も低いが、使用者の魔力に反応して稼働し続ける最も確実な強化法でもある。組み合わせ方も重要だが、出来の良し悪しが品質を大きく左右するどころか、性能低下を引き起こす事もあり気軽に手が出せない。
ただし、器用なヤツは制御の難しい魔法ではなく、自らの手で彫って刻印用の薬剤を流したり、薬剤を染み込ませた糸で縫ったりした方がマシだったりもする。
バンブーは強度増加、バニラは軽量化、ストレイドはダメージ向上、オレは魔力容量増加という刻印を施している。
魔力容量増加の理由は疑似魔法剣として耐えさせるため。オレの出力が高過ぎて、そのままでは剣が壊れない範囲で一瞬でコントロール出来ない可能性が出てきたからだ。時間を掛ければ出来る、では得物として少し信頼感に欠ける。
リンゴはまだ方向性が定まらない。色々と試行錯誤しており、攻撃魔法の練習も始めていた。
いよいよオレの出番かと思ったが、成長を阻害すると釘を刺される。ひどい話だ。
とはいえ、オレはオレでやることがある。
ようやく錬金術セットの一部が手に入ったのだ。すり鉢、小皿、空き瓶と他に使い道があるものはすぐ手に入るのだが、蒸留装置など専門的な物は扱っていないそうだ。
すり鉢一つで出来ることと言えば団子を作るくらいだが、団子も毒に薬と用途は広い。これを足掛かりに回復や耐性系スキルを得るのが次の目標だ。
「なあ、ヒガン。」
宿の裏で訓練してかいた汗をシャワーで流し、今はシャツ姿のバニラが横に座り話し掛けてくる。
「わたしたち、これから何をすべきなのかな。」
こちらを見ずに呟くように問い掛けてくる。
何をすべき、か…
「その答えはまだ難しいな…」
「そうだよな。きっとみんなそう答える。」
いつもならきっと笑いを含んでるのだろうが、今はそれがない。
「ゲームみたいな世界だがゲームじゃない。殴られればめちゃくちゃ痛い。」
訓練の最中にぶつけたと思われる場所を触れる。今は傷痕も何も残っていないが。
「何か間違えば死ぬ。いや、死んでいた場面もあったのかもしれない。」
(そんな状況あったか?)
これまでの事を思い起こすが、そんな場面があった覚えがない。バニラ一人では、という状況はあったかも知れないが、一人でそんな所に行く無謀はしないだろう。
「たぶん、わたし一人じゃ道を見失ってしまう。だから一人で行ったりしないで欲しい。」
ホームシックのようなものだろうか。こういう時は茶化すべきではない。
「ああ、わかっている。オレが連れ出したからな。ちゃんと側で見ているよ。」
その言葉だけではダメだったのか、オレの手を掴む。少し震えているようだが、表情は隠れて見えない。
「頼む。少しだけ握っていて欲しい…」
「おう…」
それ以上、何か意味のある会話をすることもなく、バニラが一言謝って去るまで微妙な時間は続いたのだった。
これで良かったのだろうか?悩みの種がまた一つ増えた気がした…