1話
此処ではない何処か。現在ではない何時か。
無数の世界、無数の可能性の一つが紡ぐ物語。
その一つをこれより語らおう。
かつて、そんな導入で始まるゲームがあった。
フルダイブ型VRMMOの黎明期にリリースされ、他に無いというアドバンテージを得て億に登るユーザーを獲得したゲーム。
【シェラリア・オンライン】
その開始時に似た光景が目の前に広がっていた。
「どうかお願いします。我々を…ヒュマスをお救いください…!」
目が眩むような光が消え、直後に掛けられた第一声がそれだった。
声の主は白いドレスに身を包んだ豊かな金髪の少女。両手を顔の前で組んでいかにもな状況である。
長年やって来たフルダイブ型MMORPGのサービスが終了し、やることもなく代わりの日課を探しにぶらついてみればこうである。
周りを見てみると、他に三十人ほどキョロキョロしたり、声の主に見入っていたりしていた。
状況はよく分からず、そんな頼みに…
「わかりました。その願い、私たちが聞き届けましょう!」
…乗るヤツがいた。
こんな全く情報がない状況でよくそんな安請け合いができるものだと感心する。
(それにしても…)
見覚えがあるどころじゃない周囲の風景に、心踊るものがある。
十年近く続けて来て、先日サービスが終了したゲーム、【シェラリアオンライン】に似すぎているのだ。
城の地下にある儀式の間(多くのイベントで使われたことから元凶の間と呼ばれた)、それに瓜二つなのだ。
(まさかな…)
と、思いつつもオレはゲームの時と同じようにステータス画面を意識する。
すると、目の前に親の顔よりよく見たウインドウが表示される。
Lv1
HP20/20
MP15/15
STR5
VIT5
AGI5
MAG5
MND5
DEX5
【遠視】【魔力変換(永続)】【MP量UP】
と表示される。
かつて、散々悩まされた何も考慮されていない初期ステ、初期スキルで安心する。
(ここは間違いなくシェラリアの世界だ…)
違うとすればスキルの厳選ができないことくらいだが、ある程度の知識があればそんな事は縛りの内にも入らない。
むしろ、最初から強スキルを持っていると、MPの枯渇によって成長が遅くなりがちになるデメリットがある。派生を得るにもスキルの育成が必要なので、回転の早さは重要だ。
さて、『王女殿下』が必死に何か訴えかけているようだが、今はそれどころではない。
【MP量UP】という神スキルを得ているが、【魔力変換(永続)】 というゴミスキルも得ていた。
前述の通り、MPを使ったスキル狩りこそがシェラリアの鉄則。それを支える、【MP量UP】は神スキルと言っても過言ではない。だが、問題の【魔力変換(永続)】は、攻撃に魔力を付与することでそのメリットを打ち消すパッシブスキルだ。殴る度にMPを吸われていては肝心な時にガス欠になってしまう。これが活きるのはゴーストだらけのような場所だが、今のレベルでは到底太刀打ちできない。
<告知。【隠密】スキルを獲得しました。>
『王女殿下』が熱弁を振るってる最中にポケットの中で一人じゃんけんしていたおかげで【隠密】スキルが生える。
更に繰り返す事でスキルレベルを上げていくと事にする。こういう注目を浴びる人間が居る場は【隠密】上げに最適である。
話は戻って【魔力変換(永続)】 だが、戦闘外でならオンオフ切り替えられる。という事で、スキルを無効化する。
<告知。【魔力変換(永続)】 の使用を停止しました。>
脳内にアナウンスが流れ、ウィンドウ上では文字色が薄暗くなった。
「おい、そこのヤツ。言われた通りついてこい。」
大きな声が周囲に誰もいないことに気付かせてくれる。
「あ、あぁ…」
駆け足で他の連中についていく最中、オレは次のスキルを得る為の行動に映る。
とはいえ、特別なことをする必要は余りなく、物を正しく認識するだけである。
靴、鞄、眼鏡、携帯電話、腕時計、学生服…
<告知。【鑑定】スキルを獲得しました。>
想定より早いタイミングでスキルを得る。本来なら更に倍は必要のはずだが…
<問い。【鑑定】を常時使用しますか?>
初心者殺しのメッセージが来た。これは間違っても肯定してはいけないヤツである。すれば雑草に城の柱に扉にとひたすら鑑定結果を出し続ける鬱陶しいヤツである。
(しない。3秒注視したものに限る。)
<了解。【鑑定】スキルの発動条件を変更しました。>
これでセミオートのような使い方ができる。本来なら1.8秒くらいで良いのだが、今の状況でそこまで余裕のない設定はやりすぎだろう。
さて、【隠密】、【鑑定】と初期に必要なスキルは獲得したので後はこの後どうするかという事である。初期に獲得すべきスキル無しの2つはすんなり取れたがそれだけでは生きていけない。
(【隠密】発動。消費量6割、スタミナ6割で停止。)
<了解。【隠密】の発動と設定変更を行います。>
スタミナの消費量と下限値を指定した。
【隠密】などのスキルも、使い続けるとMPやスタミナを消費し続ける事になる。ゲームなら全力で使ってから、全力で休めば良いのだが、今はそうもいきそうにない。
後は適当に眺めつつ存在感を消していくだけで、別室へ移動する間にも2つのスキルがもりもりと成長していく。【隠密】も5を越えれば一人じゃんけんの必要もないだろう。
(しかし、育成速度が早すぎる。何か補正が掛かってるのか?)
そう思いつつ、ステータス画面を注視する。レベルが上がっているわけでもないので、ステーションに変化はないのだが、
(種族が亜人…?)
不思議に思い、種族欄を注視する。すると、詳細が表示されそこに思いがけない事が記されていた。
【種族:亜人(召喚されし者)
帰る場所亡きこの世の迷い子。
基礎能力は平凡だが、成長速度が早い。】
記述の内容から恐らく基礎は人間…ヒュマスと同等なのだろう。だが、成長速度が早いというのは注意しなくてはならない。
同様の記述がある種族にフェアリーがいるのだが、成長上限が低い早熟タイプと呼ばれる。空気感を知りたい初心者にオススメされる種族だが、強くなるならすぐにキャラメイクからやり直す事を奨められるまでがお約束の種族である。
一応、キャップを開放する手段はあるが、それがこの世界でも同様なのかはわからない。
(とはいえ、基本的にヒュマスと変わらない可能性もある。育てないとわからんな。)
「なあ、あんたも気付いてるんだろ?」
不意に先に歩いていたヤツに声を掛けられる。
背は低く、服装からして…男?女?
「何に?」
「ここがシェラリアだってことだよ。
あんた、ずっと視線が宙をさまよってたし、王女さんの話も全く聞いてなかっただろ?」
バレバレであった。
若いのになかなかの観察眼を持っている。バレているなら無理に隠す必要もあるまい。
「ああ、色々と試して確認もした。違う所がある可能性も否定できないが、最初期に必要な事は済ませた。」
「ふーん。」
歩きながら顎に手を当て何かを考える。
オレはその間も同行者や周囲の物を鑑定しながら歩き続ける。
「決めた。外に出るようならついていくぞ。」
「は?」
あまりにも無防備な発言に思わず変な声が出てしまう。
「全員把握した訳じゃないが、他はシェラリアを知らないか、知ってても知識が浅い。そんなヤツらと行動しても楽しくなさそうだしな。」
「で、お前さんはオレに寄生すると?足手まといなら必要ない。」
棘のある、どころか悪役同然の言い方だが、面倒なヤツならこれでだいたい腹を立てて離れる。
「とんでもない。こっちは進んで検証のための実験体になると言っているんだ。これ以上の献身はないだろう?」
どうにもやりにくい。見た目と年齢のギャップのような強かさを感じ、こいつはただの寄生とは違う厄介者だと認識する。
「それに、あんたは王女さんの話は絶対に聞く気がないだろうしな。そういうのはちゃんと聞いといてやるから、その対価として検証の成果をいただくのさ。」
オレのようなタイプの人間をよく知っているようである。
たしかに、【王女殿下】の話なんか聞いてる暇があるならスキルの育成がしたいからな。それはヘビーユーザーであるほどそういう傾向になりやすいものだが、こいつはそうでもないようである。
「いや、わたしだって嫌だ。元凶の間で元凶の話をしっかり聞くのなんて。でも、今は宿無しの一文無しで頼るしかないからな。」
世知辛い現実を突き付けられる。
確かに外へ出てしまえば後はやりたい放題出来なくもないが、最低限の準備は必要だ。
【王女殿下】はどれほど融通してくれるだろうか?
「行動するための準備はしておきたい。
その辺、話はしてたか?」
「いや。一方的に魔王を倒して世界の平和云々って言ってた。」
引きつった笑みを浮かべながら、全く聞いていなかった演説について教えてくれる。
古参であるほど【王女殿下】の発言は信用できないという評価になっていく。重大な隠し事をしていたり、そもそもこいつのせいという事件が一つ二つどころではなかったからだ。
バグだったとはいえ、レアアイテム回収無限ループ事件などという即緊急メンテロールバック案件まで起こしたせいで、当時はそれを揶揄するマンガをちらほら見かけたものである。
「遠い目をする気持ちもわかるが、それはヒュマスの悲願だろ。ヒュマスの側でいるなら王女さんの言葉に乗ってやるのも悪くないさ。」
「だがなぁ、全人口の半分程度の主張だしなぁ。どうもヒュマスの側というのが危うい気がするな。」
この世界には他に、器用さ、魔力、ややパワーの高いにエルフ。器用さ、耐久力、ややパワーに長けたドワーフ。パワーとスピードに長けたビースト。魔力に長けたディモス…魔人の4種族がいる。
割合ではヒュマスが5割、ビーストが2割、エルフ、ドワーフが1割ちょい、残りがディモスという感じだった。
ヒュマスの能力は良くも悪くも平凡で、特徴が無いのが特徴である。
「他の種族が見えないのが気になる。」
「え?」
鑑定し続けて兵士の中身が全てヒュマスであることを確認している。偽装の可能性もあるが、ヒュマスの王城で種族偽装していたらそれはそれで問題である。
ゲームでは種族間のいがみ合いはあっても、公職に着くものが皆無という国はなかったのだが…
「いつも弁当忘れるエルフ兵もいないのか…」
初心者が世話になるおつかいクエストのエルフ。日付が変われば再受注できるので日課にしている人もいたし、家族思いなイベントクエストのおかげで好きになった人も少なくなかった。
「魔王と言えば魔人の王だよな。
あそこの王が好戦的だとは思えないんだが。」
「だよなー。種族柄、血統で継承されるわけでもないし、野心とは無縁の国だったからな。」
魔王という言葉のイメージで誤解されがちだが、『エルディー魔法国』の王は代々温厚な人間がやらされている。
やらされているというのは、Noと言えない者が就いてしまっているからなのだが。
魔人はとにかく研究と自由が好きな種族。それ故に聖地と呼ぶ者も多く、かの国由来のテクニックも非常に多かった。
戦闘技術に始まり、魔法技術の応用で燃料エンジンまで産み出した者もいた。
おかげで魔国は飛び抜けた技術力を獲得していたが自ら侵略を行うことはなく、『自国で全部賄えるからねしかたないね。』は、よく言われる定型文であった。
それでも交易は行われていたのだが、刺激になる珍しい物(や者)が目当てであるのと、外交を考えてというのが設定上の本音だろう。
研究対象でなければ衣食住全てに対して基本的に無頓着なせいで、社会性ゼロだった初期はイケメンなゴブリンと揶揄されるくらいに酷かったのだから…
「それを倒して世界の平和か…」
「種族間のいざこざはよくあったが、個人レベルの勘違いばかりだったよな。ゲームだから都合よく作られてたと言えばそれまでだが。」
何か致命的な出来事があったのだろうか?
しかし、それが魔王を倒して世界平和とは理解が及ばない。
魔王は亜人連合の一角に過ぎず、覇権主義からも最も遠く、戦争がヒュマスに利があるとはとても思えなかった。
「他国の動向が気になるな。育成の為にも色々と知っておきたいが…」
「ここにいる限りそれは無理だろうな。まあ、スキル生やせばどうとでもなるが。」
もっともである。
なんでもできる。どこへでも行けるはゲームの売りの一つだったのだから。
「なんでもできる、どこへでも行けるはみんなの合言葉みたいなもんだが、ここからこっちは進入禁止エリアな!覗きもNGだ!」
ベッドの間に衝立を置き、オレを突き飛ばして姿を隠す。
「ん?えぇ?」
他に人がいないのは気付いていたが、部屋に二人きりは聞いていない。
「他にも誰か居ただろう?」
「他の男は信用ならんし、女はめんどくさい。
あんたはこの世界のことしか考えてなさそうだし、余計なことはしたくないだろ?」
全くその通りなので反論の余地がなかった。