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ようこそこちらへ。どうもお疲れ様です。

作者: つらら冠



 ああ、またか。



 校舎に向かうまでに広がるガーデンで、ミルクのような艶やかな髪の毛が花々にベールをかけている。

 小さく呻き声を上げた後に、ピクリと華奢な指で雑草を掴んだ彼女の周りには星の欠片がちらちらと光り舞った。

 ガンガンと脳みその中央部まで響く痛みに吐き気を催しながら、ミルクティー色の瞳がそっと瞼の下から光を纏って開く。


「……え……なに……?」


 草花の上に倒れていた身体を手をついて起こし、辺りを見回す。

 その表情にはすぐに不安が表れる。


「ここ……どこ……?」


 彼女は瞬時に目元を歪ませ、泣きそうになった。まだ頭が痛い。


「私、救急車にいたはずじゃ……」


 最後に聞いた、胸を切迫するほど耳をつんざく音を思い出し、急いで立ち上がろうとする。しかしその足元は自分が着ている長い優雅なシフォンのようなスカートの裾を踏みつけ、再び転んでしまった。


「いた……っ」


 もはや目尻には涙が浮かぶ。彼女は上半身を起こし、視界に入る自らの手を見やる。

 それを見るなり、彼女の顔は青ざめた。滑らかで丁寧に手入れされたその肌。宝石のような色で施された爪。彼女は何かを確かめようと、何度も握り、開いた。するとその手はいとも簡単に言うことを聞く。これは確かに自分の手なのだろう。

 彼女は額にじんわりと汗を滲ませながら、慣れない手つきで髪の毛を撫でる。シルクのような指通りに、染めたとは思えないほど自然な淡い色。肩の下までとくと、すとん、と元の位置に戻っていく。


「嘘……」


 口元が震え出した。頬をペタペタと触ってみれば、肌荒れとは無縁の生まれたてのようなもちもち感。その輪郭は無駄がなく、端正な骨格であることが分かる。

 ガーデンに座ったままの彼女は、自らの着ている服にも目を落とす。絹織物で出来たクリーム色のボレロの淵には、グレーのラインが入っている。その下に着ている同系色のワンピースは、先ほど踏んでしまったところが汚れていた。白い襟が上品にあしらわれているが、彼女の知識ではそれはまるでどこかの学校の制服のようだった。


 放心したまま顔を上げると、何人かの制服を着た生徒らしき人たちがちらちらとこちらを横目に通り過ぎていく。その視線に気づいた彼女はようやく立ち上がる。

 足元に落ちていた黒い学生鞄に気づき、それを拾い上げる。花びらがついていたのを払うと、重力に柔く押されていくようにふわりと落ちていった。

 鞄を手に持つと、彼女はごくりとつばを飲み込む。もう頭は痛くなかった。

 いまだ信じられないと言いたげな表情をしているが、次第にその口角は不器用に上がっていく。


「まさか……嘘でしょ……?」


 興奮を秘めた小さな叫びが零れた。

 爛々としていく瞳に映されるのは、前に本で見たことがある豪華絢爛な宮殿のような建物。

 彼女は確信する。

 ここは異世界だ。まさか自分の身に起こるとは思っていなかっただろう。

 転生というおとぎ話のような出来事に、こんな形で巡り合うとは。



 校舎を目指す生徒たちに続き、彼女も見よう見まねで建物の中に入る。

 前世で通っていた学校では上履きというものがあったが、この学校にはないようだ。皮に似た素材で出来た靴のまま廊下を進む。

 まだ登校時間なのだろう。ざわざわと周りの生徒達は友人たちとの会話に勤しんでいる。彼女はトクトクと打ち付ける小さな鼓動を抱え込んだ鞄で押さえながら冷静を装った。

 どこへ行けばいいのか分からない。そもそも、転生など初めての経験なのだから当然だ。

 長い廊下をひたすら歩き、生徒たちが少なくなっていくことに焦りを覚える。授業がそろそろ始まるのだろう。皆、教室へと姿を消していく。

 誰に頼ることもできずに足踏みをしていると、トントンと、脳の奥から音が聞こえてくる。


『ねぇ、行き先なんて知らないんでしょう?』


 凛とした声が脳内に響く。可愛らしすぎないその声は、呆れたように彼女に話しかけ続けた。


『まずは星詠みの授業よ』

「えっ……星詠み……? 何それ……っていうか、誰?」


 突然自分の耳に直接聞こえてくるような声に呼び止められ、彼女は姿の見えない声の主をきょろきょろと探す。


『誰って、あなたよ』

「は?」

『あなたっていうか、私だけど』

「……何を言ってるの?」


 たらりと、汗が首筋を通る。彼女は顔を強張らせ、もう周りには誰もいないことを確認した。


『あなた、過労で倒れてしまったのね、可哀想に』

「……え……?」


 同情するように、声の主はトーンを下げる。


『倒れて運ばれていたんでしょう? 心労って、心臓に悪いのよ。知らなかったの?』

「そんなの知ってる。でも、しょうがないじゃない」


 思わずむっとする。

 転生しているということは、前世の自分はもう生きてはいないのだろう。人生の結末を憂い、彼女の表情が暗くなった。


『ごめんなさい。責めているわけじゃないの。でもね、もっと自分を大切にすべきだったね、って、言いたくなってしまったの。でも、他人にそんなこと言われたくないかしら?』

「別に……もう、いいけど」


 目を伏せた彼女は、ぎゅっと鞄を抱きしめた。


「もう、終わってしまったんだから」

『……そうね。残念だわ』


 急に優しい声になった主に対し、彼女は小さく首を横に振る。


「私ってことは、あなたはこの身体のもとの人格かしら……?」

『人格っていうか、私は私なのだけど……まぁいいわ。そういうこと』


 くすくすと笑う声が急に愛らしくなり、どこか気まずさを感じた。彼女は冷静なもとの主に対して疑問を投げかける。


「どうしてあなたの身体に?」

『あなたが入ったのかって? そんなの、神様のミスよ。魂の転送に失敗したのね。珍しいことでもないわ』

「そうなの? 一大事じゃない」

『誰でも最初はそう思うものよ。ねぇ、とにかく教室に行ってちょうだい。私、星詠みの授業好きなのよ』

「ごめん……」


 言われるがままに教えてもらった教室を目指す。到着した頃には授業は始まっていて、彼女は空いた席に座り、鞄を膝の上に置いた。


「……遅刻?」


 すると、隣の席の男子がこそっと声をかけてくる。明るい茶色の髪は人形のようにふんわりとしていて、青い瞳でこちらを見るなりにこやかに笑った。


「う、うん……」


 知り合いなのかは分からないが、とりあえず笑い返してみた。頬杖をついた彼は「あらら」と言いたいようににやりと笑うと、その長い腕を彼女に向かって伸ばす。

 彼の長い指が髪に触れ驚いて硬直すると、彼は伸ばした手で掴んだものを見せた。


「花びら、ついてたよ」

「……あ、ありがとう」


 彼はもう一度笑うと、花びらを机に置いて前を向き直す。先生がひたすらに何かをしゃべり続けていた。

 彼に触れられた髪をそっと撫で、ほのかに頬を赤くした彼女は何も乗っていない机に目を落とす。


『……なに照れているのよ』


 容赦のない声が響く。彼女は咄嗟に顔を上げるが、当然そこには誰もいない。


「……いいでしょ」


 誰にも聞こえないようにぼそっと呟き、肩をすくめる。できるだけ縮こまって存在感を消したかったのだ。星詠みなんて、習ったこともないし先生が言っている意味もよく理解できない。そんなことより、この脳内の声の方に集中したい。

 とはいえ、今は授業中。声を出せない彼女は、おもむろに鞄からメモを取り出す。クリスタルのような見たことのないペンを羊皮紙に走らせ、何故かすらすらと出てくる知らない言語を書き綴る。


<あなたの名前は?>


 自分で書いた文字をじっと見つめると、脳内で感心する声が聞こえてきた。


『筆談かぁ! あなた、気が利くのね』


 姿を持たない彼女の声は嬉しそうに飛び跳ねる。


『ガミラっていうの。ガミラ・ウィシュナ。よろしくね……えっと……ユリア』


 それは前世の名前だ。ユリアは思わずびくっと肩を震わせた。


<私のことが分かるの?>


 再びペンを動かす。


『もちろん。あなたの記憶も知識も全部見える。私たちは今、一体なんだから』

<でも、私はガミラのこと分からない>

『言葉とか、そういう最低限のことは分かるでしょう? こんな状態なんだから、私の記憶なんてぐちゃぐちゃにもなるわよ。いずれ思い出すんじゃない?』


 ガミラはあっけらかんと言う。その落ち着きぶりにユリアは違和感を抱く。


<どうしてそんなに冷静なの? あなたは今、消えているのに>

『うーん。でも、こうやって話せているじゃない。そこまで悲観すること?』


 どっしりと構えているガミラ。肝が据わっているとはこのことだろうか。ユリアは恐らく年下である彼女にほんの少しの畏怖の念を抱く。


『ユリアのことは分かるよ。えっと、大学っていう学校を出て、就職したんだよね。ユリア、とっても優秀なのね。デザイナーって言うの? 会社で、すごく重宝されていたみたい』


 ガミラの無邪気な声にユリアは肩に重しが乗っかったように思えた。

 そんな良いものではなかった。重宝というが、ただ単にいいように利用されていただけなのだから。

 結局のところ、ヤクザみたいな怖い上司から逃げられなくて、仕事を溜め込みすぎ、身体に負担がかかって倒れたのだ。


『あなた、すごく芸術のセンスがあるのね。素晴らしいじゃない』


 それでもガミラが褒めてくれているのは悪気がないはずだ。この世界には、ブラック企業なんて言葉はないかもしれない。


<ありがとう>


 お礼を記し、ペンを机に置く。

 ユリアは前世を振り返った。

 その世界では、ユリアは平凡な生活を送ってきた。学校を出て、社会に出る。それ以上でも以下でもない。ただ一つやり残したことがあるとすれば、青春を謳歌することだろうか。女子校に通っていたユリアは、それは楽しかったがやはり他校の生徒に憧れたこともある。

 想いを寄せた人もいた。けれど彼はユリアと同じ学校の他の地味な女の子のことが好きで、なかなかこちらを向いてもらうことはできなかった。


 容姿としてはどちらかというと整っていた方で、コミュニケーション能力もそれなりにあった。大学ではサークルに入り、高校とは違う楽しい日々を送った。

 そこまでは良かったのだ。

 あの会社がすべてを壊した。

 ユリアはふつふつと湧き上がる悔しさに唇を噛む。ガミラのピンク色の唇から血が滲み、『あーあ』という声が脳に響く。


『ねぇ、ユリア、何を考えているのか、私には分かってしまうのだけど……』


 恐る恐る聞こえてくる声は、静かに燃え滾る胸の音でユリアには届かない。


『……私の身体なんだけどなぁ』


 ため息を吐き、ガミラはそのまま諦めたかのように黙りこくる。

 主の気持ちなどお構いなしに、ユリアは唇を歪めてほくそ笑んだ。

 折角美しき彼女に転生したのだ。この世界でやり直してみせる。

 こぶしを握り、興奮で猛獣のように荒くなる呼吸を潜めた。

 隣の席の彼は、そんな彼女の熱には気づかず、真剣に授業のメモをとっている。



 放課後になると、慣れない学校生活に疲れ切ったはずのユリアは早速街に繰り出した。

 前世の世界とは違い、かつて憧れたギリシャの古都のような街並みを見ると、はやる心を抑えきれなくなり、ユリアは服を買い漁った。化粧品や装飾品なども形は異なるものの存在している。ユリアはそれも自分好みのものを次々と揃えた。

 お金に関しては、授業の途中で聞きだした、ガミラの家が裕福であるという情報によって何も心配していなかった。両手に戦利品を抱え、足が向かうままにユリアは帰宅した。


 ガミラが言っていた通り、教会のような家はとても立派だった。ユリアはまるでお姫様にでもなった気分になり、出迎える従者に荷物を無造作に渡す。

 従者の一人がお菓子の要望を聞きに来たので、ユリアは思いつくままに食べたいものをすべて伝えた。こちらの世界にそのお菓子があるのかなんて、考えることすらしなかった。

 部屋に戻ったユリアは、大きなベッドに飛び込む。自分専用に造られたみたいに包み込んでくるふかふかに、ユリアは大層満足そうに笑った。


 転生初日だというのに、ユリアはすっかりガミラの身体に慣れたようだ。ガミラのものである服や化粧品をごみを捨てるように部屋の中心に散らかし、今日買ったものを代わりにしまう。

 部屋中から集めたガミラ好みのものは、すべて従者に処分させた。


『お気に入りだったのになぁ』


 残念そうにつぶやく彼女の声などどの感情にも触れることはなかった。


「ごめんね。でも、これからは私の身体だから」


 我が物顔でソファに座り、余裕たっぷりに宣言する。


『そうだけど……容赦ないのね、ユリアは。私よりよっぽど適用能力があるわ』

「あら、ありがとう。何かあったら助けてくれるかしら?」

『喋り方まで似てきてるわ……』


 この場に彼女がいたら、その愛らしい目を丸くしていたことだろう。ユリアは新しい自分の人生に期待を弾ませ、なめるように鏡に映る自分の姿を見る。


「あなたに感謝するわ、ガミラ。こんなに美しくて、お手入れも完璧で」

『……それはどうも』


 恍惚の表情で自分を見ているユリアに呆れたのか、ガミラはその日、寝るまで口数が少なかった。

 翌日から、ユリアは学校でも堂々とした立ち居振る舞いを続けた。

 ガミラから必要な情報だけを聞き、彼女が何か意見を言おうとするとそれをシャットアウトした。ユリアに拒絶されては、ガミラは自由に発言することができなかったのだ。


「ねぇ、ロマノス」


 花びらをとってくれた生徒を見つけ、ユリアは嬉しそうに駆け寄る。とたとたという音がつきそうな小走りに、彼女の髪からは鈴の音が聞こえてきそうだった。


「ガミラ、どうかした?」


 ロマノスが笑うと、白い歯が爽やかに覗く。


「ううん。今日ね、勉強を教えて欲しいの」

「勉強?」

「ええ。昨日の星詠みの授業、よく分からなかったから……」

「なんだ、そういうことか。ガミラが珍しいね。いつも俺なんかより優秀なのに」

「ふふ」


 前世では絶対にしなかったような微笑みをしてみる。ゲームキャラクターを操るよりも簡単にガミラが築き上げてきた仕草が出てくる。ユリアはその可憐さに自分のことながら舌を巻いた。


「じゃあ、放課後にね」

「ああ」


 ロマノスに手を振り、ユリアはルンルンと跳ねるように歩く。ガミラが何かを言いたがっているが、彼女はそれを封じ続けた。

 放課後になると、ロマノスと二人で勉強をした。二人だけの教室で、ユリアはロマノスにぴったりくっつくようにしてノートを覗き込む。

 ロマノスは距離が近いユリアに怯むこともなく、真面目に授業の内容をレクチャーしてくれた。ユリアはたいくつなその内容には一切興味が持てず、ロマノスのきりっと上がった眉毛を見つめる。

 こちらの世界は、皆、容姿が整っていると言えるだろう。美術館で見るような彫刻や絵画を彷彿とさせる彼らの姿に、ユリアは興味津々に顔を近づける。


「ガミラ? 俺の顔、なんかヘン?」


 食い入るように見つめられ、ロマノスは微かに笑い声をあげる。少年のあどけなさを残すその笑顔に、ユリアは胸がきゅんと弾んだ。


「変じゃないよ。でも、授業なんかよりよっぽど興味あるかな」

「……ん?」


 ペンを置き、ロマノスは小首を傾げる。


「ロマノス、かっこいい」


 ニーッと笑い、からかうようにロマノスの肩を小突いた。ガミラの行動に、ロマノスはきょとんとするが、その顔が次第に照れたように眉を下げる。


「ガミラ、今日はなんだか雰囲気が違うね。体調でも悪いの?」

「そんなことない。これが私よ」


 ドンドンと、脳の奥が叩かれる感覚に襲われた。それでもガミラはほんの少し顔を歪めただけで、まだロマノスのことを見つめ続ける。


「熱でもあるんじゃ……」


 表情の変化に気づいたロマノスは、心配そうに手を額に当ててくる。大きな手が小さな額を覆い、ユリアはそれだけで熱を帯びてしまいそうだった。

 この感覚はしばらくなかった。

 誰かに守られるような、そんな喜び。

 ユリアはロマノスを見上げ、目元を緩ませる。


「ロマノス、どうしよう。私、あなたのこと好きかも」


 ユリアの今にも泣きそうな表情は柔らかで、一方で触れるだけで溶けて消えてしまいそうだった。ロマノスはその儚げな彼女の瞳に囚われ、額に添えた手を頬に滑らせる。


 落ちた。


 微かに斜めに上がった口角を隠すように、ユリアはロマノスの唇に自分の唇をそっと重ねた。

 ドンドンドンドンと、脳は必死に鼓動を打ちつける。

 頭が割れてしまいそうなほどの痛みだった。ユリアはその縛りから逃れるように、ロマノスに安らぎを求め続ける。彼の腕に包み込まれ、ユリアも彼に縋るように抱きついた。

 しかし痛みは治まらない。激情となったその苦しみは、ユリアの意識を遠のかせ、そのままロマノスに抱き着いたまま意識を失った。

 急に力を失ってうなだれた彼女を、ロマノスは慌てて抱きかかえて校内医師のもとまで駆けて行った。



 目が覚めると、そこは自室のベッドだった。

 ロマノスに運ばれた後、ユリアは迎えに来た従者に連れられ、部屋に寝かせられていた。

 ぼうっとしたまま、倒れる前のことを思い出した。記憶が鮮明になってくると、ユリアは怒りを露わにして静かに声を出す。


「どうして邪魔するの?」


 返事は聞こえない。

 黙っている彼女にまた怒りが募る。


「何か言ったらどうなの? あなたが邪魔したんでしょう?」


 天井に向かって投げかけられる言葉は、無情にも自分に降りかかってきた。


『ロマノスは友だちなの。関係を壊さないで』


 淡々とガミラの声が響く。ユリアはその回答が気に食わなかったのか、ちっと舌打ちをする。


「それはあなたの場合でしょ? 私は彼が好きなの」

『……そんなことない』

「どうしてわかるの? 私のことは何でもお見通しってこと?」


 馬鹿にするように笑うユリアに、ガミラは何も言い返さなかった。


「ねぇ、身体を失って悲しいのは分かるけど、だからって私の人生を邪魔しないでくれる? やっと新しい人生を手に入れたの。酷使されて、傷ついて、ボロボロになった私の希望を奪うつもりなの?」

『……それは』


 震える声が聞こえてくる。ユリアは彼女の声に、はぁっとため息を吐いた。


「最初は、あなたが残っているからこの世界でも不便しなくていいなって思った。でも、もうあなたは不要ね。今となっては邪魔なだけだわ。もう十分に役割は果たしてくれたから。ねぇ、もう消えていいよ」


 感情のない声でガミラを諭すように言う。


「ロマノスに嫌われたらどうするのよ。……あ、でも、病弱な私も可愛いかな」

『…………』

「あなたの培ってきたものには感謝してる。でもそれだけ。いつまでも我が物顔でいないで」


 すっかり黙ってしまったガミラ。ユリアは静かになった頭の中に安堵する。


「あなたの人生は終わったのよ、ガミラ」


 吐き捨てるように言ったユリアは、まだ熱っぽい身体を横にして、丸まるように眠りについた。

 ロマノスは元気になったユリアを見ると、嬉しそうに抱きしめてきた。ユリアもそれが嬉しくて、彼に思い切り抱きつく。キスをしても、脳を叩く衝撃はもうなかった。

 ユリアはその事実に気を良くし、前世ではすっかり遠のいてしまっていた感情に傾倒し始める。

 ロマノスのことが好きなのには変わりなかった。しかしユリアはそれだけでは満足できなかった。前世の記憶が忘れられない。


 彼女は、他の好みの生徒にもちょっかいを出し、その心を欲しいままにした。

 他の女子たちからは白い目で見られ始めていたが、ユリアはそんなことどうでもよかった。学校なんて卒業してしまえばそれまでだ。ユリアはそれよりも今を楽しみたい感情を優先した。

 意中の相手の前では清楚を装い、妙な噂が流れようとも無視し続けた。面白いことに、彼らは目の前にいるユリアのことしか信じなかったのだ。恐らく、ガミラが築き上げてきた信頼があるのだろう。その誠意を利用し、裏でユリアは何人もの相手と恋人のような関係を築いていった。


 すっかりガミラは静かになってしまっていたが、ただ一つ、一線を超えることだけは許してくれなかった。ユリアがすり抜けようとすると、ガミラが怒涛の怒りをぶつけてユリアは気絶してしまうのだ。

 そんな生活がしばらく続き、ガミラは都合のいい時だけ発言を許される毎日に退屈していた。

 見えるのはユリアが見ている世界だけ。楽しいお喋りもできないし、どうにもユリアとは気が合わない。折角、友達になれるかもしれなかったのに。ガミラはそう思いため息を吐く。

 だがある日、ユリアが声をかけた相手にガミラの死にそうな心は目を覚ました。


「……ガミラ?」


 黒髪に薄い緑の目をした彼は、久しぶりに学校に訪れていた。彼の名はレヴァン。この世界では限られた者だけに許された資格を持っている、エレナ家の末裔だ。例にもれず端正な顔立ちをしている彼は、案の定ユリアの目に留まった。彼が前に学校に来たのはユリアがここに転生するよりも前のことだった。

 ユリアは乱暴にガミラに彼の名を尋ねる。


「レヴァン、久しぶりね」


 ガミラの呟いた名を呼び、たおやかに笑う。

 しかし誰もが心を絆されるその笑顔にレヴァンは顔をしかめた。凛々しい顔立ちが、威圧を持って不快を表す。


「……君、誰だ」

「な、何を言っているの? レヴァン、ガミラよ。からかっているの?」


 負けじとユリアはくすっと笑う。するとまたレヴァンの顔は歪んでいく。


「ふざけるな」


 ぴしゃりと言い放ったレヴァンの顔に恐れを抱き、ユリアは背筋が凍りそうになる。じりじりと後ずさりをして、自分を睨みつける彼に強がりの笑みを送る。


「疲れているのね、それならまた今度話しましょう」


 それだけ言うと、ユリアは逃げるようにその場を去る。ガミラは黙ったままだ。ユリアは、いつまでもレヴァンが自分の背中を追っているような気がして、冷や汗をかきながら必死で友人たちのもとへと駆けた。



「ねぇ! どういうこと? レヴァン、あなたのこと嫌いなの?」


 夜になり、寝る支度をするユリアは美容パックをしたまま口を尖らせる。こちらの世界のパックは、プルプルのゼリーを顔につけているみたいで心地良く、ユリアのお気に入りだった。


『……いいえ?』


 ガミラは静かに返事をする。


「嘘。明らかに嫌われてたじゃない」

『そうかな。レヴァン、恥ずかしがり屋だから照れていたのかも』

「はぁ?」

『ユリア、化粧が上手。それに笑顔も。だから、綺麗になりすぎて驚いていたんじゃないかな』

「……そう? そう、かなぁ」


 分かりやすくユリアは照れる。そしてすぐに得意げな顔になった。


「んー? まぁ、そうかもね。私の魅力にやられたのかな」

『ふふ、そうだね』


 ガミラの見解がお気に召したようで、勝ち誇ったような表情のままユリアはパックを剥がす。


「あーあ。すっかり気分が台無しね。レヴァンもかっこいいけど、落とすのはまだかな。明日はロマノスのところに行こうっと。まぁどうせ、先には進めないけど」


 恨みったらしく呟いたユリアはベッドに入り、優雅な欠伸をして瞼を閉じる。


『おやすみ、ユリア……』


 ガミラの声が聞こえてきたのは、彼女が眠りにつくほんの少し前だった。



 真っ暗な世界で、ぽつんと一人取り残されている。

 スポットライトが自分を照らすと、その眩しさに目を細めた。しかし次の瞬間には、すっかり見慣れた明るい街並みが目の前に広がる。

 この世界に来た時は、この景色に感動したものだ。しかし今はもう自分の世界としか思えなくなっていた。

 ユリアは、一歩ずつ前に歩き出す。

 自分以外は皆、セピア色の線で描かれているみたいで輪郭がぼやけていたから、ここは夢の中だとすぐに分かった。


 足は自然とある場所へと向かう。辿り着いた先のだだっ広い野原に、崩れた遺跡が見えてきた。前に学んだことがあるドーリア式の柱が無様にいくつも倒れていて、梁が斜めに落ちてきていた。

 その傍らでは、一人の少女が大勢の大人たちに囲まれている。

 少女のミルクのような髪の毛はまだ短く、ふわふわとした頬は汚れることを知らなかった。シンプルなワンピースを着ている彼女は、その上にマントを被せられ、丸い瞳で大人たちのことを見上げている。


「……ああ」


 大人の一人が深刻な声で呟く。少女はその声にびくっと肩を上げた。


「ご家族には連絡したのか?」

「ええ。気が動転しているので、今は隔離しています」

「それも当然だろう。ああ、本当に申し訳ない」

「そんな軽い言葉で済ませるんじゃないよ」


 がやがやと大人たちが会議をする中で、少女はある人物をじっと見つめた。その相手は、少女よりも少し身長が高いものの、まだまだ同じくらい幼い少年だった。

 少年は少女の視線に気づき、照れを隠すように目を逸らした。


「さてさて……」


 少年の隣にいた男性が、彼の頭をそっと撫でるとにっこりと微笑む。穏やかだが威厳のある表情だ。その雰囲気だけで彼が少年の父親だということが分かった。


「レヴァン、分かっているね?」

「はい、父様。ぼくらの務めです」

「ああ、そうだよ。レヴァン、私の誇りだ。胸を張りなさい」

「はい……!」


 父に褒められ、少年は力強く頷く。そしてレヴァンが少女に近づくと、周りの大人たちは一斉に口を閉じる。


「ガミラ、ぼくがきみを守るよ」

「……うん」


 意味が分かっているのかいないのか、ガミラは曖昧に頷く。それでもレヴァンが笑ってみせると、ガミラも安心したように笑う。天使のような笑顔が咲くと、大人たちは涙を流した。


「なんて過酷な……」

「ああ、神よ、なんて非情な」

「我らも神だろ」


 また好き勝手に口を開く大人たちを尻目に、レヴァンはガミラの手をそっと握り、「大丈夫だよ」と囁く。ガミラはそれが嬉しかったのだろう。飛び跳ねるようにレヴァンに抱き着き、頬にキスをした。


「わ……っ!」


 レヴァンは突然のガミラの行動に驚き、顔を真っ赤にする。大人たちに見られ、さらに恥ずかしかったのだろう。微笑ましい視線の攻撃に耐え切れず、その場に丸くなった。


「レヴァン」


 ガミラがしゃがみこんで目を合わせる。


「だいすき」


 そう言うと、レヴァンの全身は沸騰したように発熱し赤く染まっていった。




 「……なに、これ」


 一部始終を見ていたユリアは愕然とした声を出す。これはガミラの過去なのだろうか。幼き二人の姿は確かに面影がある。ユリアは頭を抱え、がくがくと膝を震わせる。


「さむい……さむいさむい……」


 唇まで震え出し、血の気が引いていった。冷たくなった身体を温めようと、ユリアは自分を抱きしめるように縮こまる。突如として襲ってきた寒気はあっという間に全身を蝕む。


「……ご名答」


 そこに、聞きなれた声が聞こえてくる。すでに血の気を失った顔を上げると、目の前にはガミラが立っている。鏡で見ていた自分の姿だ。ユリアはふと自分の手を見る。視界に入った懐かしい形に、彼女は悲鳴を上げた。


「う、うそうそうそ……! これ、私……!?」

「どうして驚くの? それがユリアじゃない」


 ガミラはきょとんとした顔で首を傾げて背中で手を組む。ユリアは小刻みに顔を震わせたまま首を横に振った。


「違う違う……! 私は死んだの。もういないのに……!」

「何を焦ってるのよ。これは夢でしょう?」


 前世の姿に戻っている自分を憐れむユリアに対し、ガミラはにっこりと朗らかに声をかけた。


「せっかく一緒の夢にいるし、私のこと、教えてあげる。私の記憶、結局あなたは見ようともしなかったね」


 ガミラはしゃがみこんでユリアに目を合わせる。

 美しい瞳は、見ているだけで心を奪われてしまいそうだった。


「私はね、体質事故にあったの」

「……は? ……何……?」


 耳慣れない言葉にユリアは凍り付いた声を出す。じわじわと侵略する冷気に、もう足は動かなくなってしまった。


「私たちの世界はね、神様のお膝元にあるの。いっちばん近くで、神様たちと共存するんだぁ。面白いでしょう? ユリア、世界のことについては何も聞いてくれなかったから、教える機会がなかったけど」


 もったいないな、とガミラはため息を吐く。


「それでね、私、小さなころに神様の悪戯に巻き込まれたの。神様同士のけんかって、すごく迷惑なんだよ。だからそんな時は傍に寄っちゃいけないんだけど、私は好奇心が旺盛でね、レヴァンを追って、そこまで行っちゃったの。そしたら、暴発した神の力に触れちゃって、器になったの」

「……器?」


 がくがくがくがくと、唇を震わせる。


「そう、器。神様はね、魂の転送作業をしているの。その時、たまーに転送先を間違えちゃうのよ。それがあなたみたいな存在。そういう時、じつは転生者って異質な存在になっちゃうんだけどね。私みたいな器に入り込むから、元の人たちの居場所がなくなる。だからそうならないようにしようって、ずっとずっと前に皆、器の浄化に励んだ。それぞれの世界は乖離させておくべきだって。すごく苦労したし、大変だった。でもそうしたら転送ミスはなくなったんだよ。前はたくさんいた器もだんだんいなくなって、転生は幻になった。それなのに、私が器になっちゃったものだから……」


 ガミラは悩ましげに俯く。


「また、転送ミスが起こるようになったの。そうしたら、ミスした時、その魂は私の身体を乗っ取りに来る。器が存在しないと転生はできないから。私が最後の器なの」

「…………そ、そんなの、信じられないよ」

「そう? でも現に、あなたは転生したよね? 私に」


 すっと立ち上がったガミラは背を向けた。


「……え……そうしたら……乗っ取りに来るって……え……? それって……」


 ずるずると、視界が引きずりおろされるような感覚に陥った。ユリアは寒いのにだらだらと汗が止まらない。


「あー、やっぱり、ユリアは優秀ね」


 淡々とした声だけでユリアのことを見る。その背中はまるで笑っているように見えた。


「そう。あなたが初めてじゃないのよ」

「……え? でも、転生って……」

「身体を乗っ取るよね。その人の人生を歩めるよね。うん。それが理想なんだろうね、ユリアには。でもね……」


 くるりと振り返ったガミラの表情には、感情がなかった。冷酷にユリアを見下ろし、頬は僅かにも上がらない。


「私にはね、魂は浄化できるの。残念だけど」

「……は……?」


 こつこつと、ガミラはユリアに近づいてくる。そして顔を近づけ、ユリアの顎に指を添えて恭しく撫でる。


「あなたのセンス、本当に素晴らしいわ。私、芸術面が全然センスなくて……磨かないとって思っていたの」


 ガミラの口は動いているけれど、ユリアはその言葉の意味が聞き取れなかった。


「来てくれてありがとう、ユリア。あなたの才能は、大事にするね」


 ようやくその表情が柔らかく笑う。すると同時に、ユリアの心臓に氷が落ちてきた。情のない氷はそのまま呼吸を遮ろうと喉を閉めてくる。ユリアは薄くなる呼吸で必死に酸素を求める。しかし、鼻の穴までもう凍り付いてしまった。次第に、何かが顔に垂れてくる感覚を覚えた。ユリアがぽかんとしていると、それはユリアの髪であり、目であり、口だった。

 どろどろと溶けて崩れていく身体を、ガミラは立ち上がってじっと見つめ続けている。

 何かを言おうとしたけれど、もう何も届かない。

 ユリアはそのまま暗闇となった。




 瞼を開けると、目の前には絹の制服に包まれた頑丈な胸板があった。

 そこから顔を上げ、自分の肩に感じる温もりにガミラは頬を綻ばせる。


「ただいま」


 そう言って微笑みかけた相手は、ガミラの顔を見ると心底ほっとしたように緊迫していた表情を緩ませた。


「ガミラ、すまない。俺が遠出をしていたばかりに……」

「ううん。いいの。修行でしょう? 付き添ってあげなくちゃ」


 ガミラは優しくそう言うと、レヴァンの首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。レヴァンもそれに応えるように彼女のことを力強く包み込む。


「ああ、もう、ガミラ。君の考えが分からないよ」

「ふふふ、そう? レヴァンのこと大好きってことも分からない?」

「いや、それは……っ」


 あの日と変わらず、レヴァンは照れたように眉を下げる。もう真っ赤にはならなかった。

 レヴァンから離れたガミラは、もう一度愛しの人を見つめる。大人びているその表情を見ているだけで、ガミラは幸福に包まれる。


 彼がガミラの変化に気づかないはずがない。彼はエレナ家の末裔なのだから。エレナ家は、神様に仕えることのできる唯一の使者族だ。神に寵愛され、ともに生きていく存在。そのため、忙しくて学校にもたまにしか顔を出せない。それでも成績は優秀なのだから、やはり彼は神の使いなのだろう。

 エレナ家は、その立場のおかげで重大な任務を任されることもある。神様は多忙だから、それを支えるためだ。

 ガミラに体質事故が起きた時、レヴァンにも特別な任務が与えられた。ガミラに転生者が入ってきた時に、それを浄化する役目だ。器の体質解除は多大なリスクを伴うため、まずは魂浄化を優先し、力が満ちるまで慎重に進められる。


「レヴァン」


 ガミラが潤んだ瞳でレヴァンを真っ直ぐに見ると、彼は愛おしく想う心を隠すことなく顔を寄せる。

 レヴァンの唇に触れると、ガミラは「ふふふ」と微かに笑い声を出した。


「……どうかした?」

「やっぱり、レヴァンのキスは忘れたくないなぁって思って」

「……ガミラ」


 レヴァンは、先ほどガミラが気を失う前にしたキスを思い返す。浄化するにはレヴァンのキスが必要なのだ。別に、手段はキスでなくても良かったが、幼いガミラが背伸びをしたくてそう望んだ。それからずっと、キスは魂の浄化のキーとなった。


「もういい加減体質解除しないか? 君が苦しむのはもう耐えられないよ」

「大丈夫よ、レヴァン。レヴァンだって体力を消耗しちゃうもの。神様は滅多なことはないっていうけれどやっぱり不安だから……。レヴァンを苦しめたくないの。だからもっと力をつけてからにしましょう」

「……でも、俺は今でも苦しいよ……」

「お願い、レヴァン。もし、もしあなたを失うことになったら嫌なの……」


 ガミラはきゅっとレヴァンの胸元の服を掴む。レヴァンは彼女の懇願には敵わず、渋々頷く。


「ありがとう、レヴァン」

「もっと精進して、君を早く解放してあげるから」

「うん。待ってるね」


 ガミラはそのままレヴァンにもたれかかる。ここはガミラの部屋のソファの上だ。ユリアが眠りについた後、ガミラの異変に気づいたレヴァンが家を訪ねてきた。

 そして、ユリアが寝ている間も意識のあるガミラは、レヴァンが来たことに気づき、お約束の合図を送った。二人だけが知っている浄化の合図、「だいすき」の寝言だ。


 頭を撫でるレヴァンの手に安堵しながら、ガミラはゆっくり深呼吸をする。

 浄化をしたら、エレナ家や神様のような他とは一線を画す存在は除き、その期間にガミラと関わった人たちのガミラとの記憶は消えていく。そのため、ガミラは極端に印象の薄い存在となり、長い時間をかけないと周囲との関係をうまく築いていくことができなかった。だからようやくできた友人は貴重なのだ。

 同時に、浄化された魂はそのまま消滅し、神様の転送ミスの証拠隠滅のために前世の痕跡も消える。転生前の前世の世界からも転生者のことを覚えている人はいなくなるのだ。


 唯一彼らのことを覚えているガミラだが、転生者の記憶も何もかも見えてしまうのには慣れている。彼らが得意とすることや求めていることが手に取るように分かってしまう。最初は気味悪かったが、だんだん大したことではないと気づく。

 むしろ、ガミラにとっては好都合とまで思うようになっていった。

 初めて浄化した時、その転生者が得意だった料理のスキルをそのまま自分のものとして残すことができると分かり、ガミラはお抱えのシェフ顔負けの御馳走を作った。

 皆の驚く顔が忘れられず、もっともっと皆を喜ばせたいと、ガミラは転生者たちの才能を吸収していくことに決めた。折角の器だというのに、それくらいやらないのは損だ。開き直ったガミラは、それから転生者たちのことを冷静に分析しだした。身体が言うことを聞かず、暇なのだからしょうがない。


 転生者の中には、この世界に来たことで有頂天になり、調子に乗り始める者もいる。最初は謙虚でも、徐々に本性を現し始めるのだ。ガミラの経験上、半分以上はそうだった。もちろんそうでない人もいたが、そういう人たちとの別れは惜しかった。

 同じ身体で時を過ごすのだから愛着もわくものだ。

 今回のユリアは、どちらかというと前者だった。加えて彼女の前世の記憶も、ガミラにとっては面白くはないものばかりだった。

 ユリアは前世で、高校時代に意中の人を振り向かせるために、同じ学校に通う別の生徒の根も葉もない噂を流し、無理やりに彼との関係を引き剥がした。その生徒は言われもない非難をされ、当然大きな傷を負った。


 大学でもちやほやされることだけを考え、ライバルたちはどんな手を使ってでも蹴落とし、引き立て役と呼んでいた友人たちのことは駒扱いだった。

 築き上げた帝国で華やかな生活を送ってきた彼女だったが、入った会社ではそれが通用せず、ここに来て初めて辛酸を味わったのだ。

 だがやはり本性は変わらなかったようで、連日連夜遊び歩き、帝国の復興を求めた。

 もちろん身体の具合など気にもせずに。その無理も祟ったのか、彼女は結局倒れてしまったが。


 ガミラはレヴァンの手がすとん、とソファに落ちたのを見て、彼を上目遣いで見る。彼も疲れているのか、寝てしまったようだ。ガミラは彼の寝顔にキスをすると、もう一度自分だけに許された温もりに寄り添う。

 正直なところほっとしていた。

 ユリアのような人にはレヴァンに近づいて欲しくなかったからだ。レヴァンなら騙されることはないが、それでも不安なものは不安だ。

 だから彼が冷たくあしらった時、ガミラは彼のことがもっと愛おしくなった。もう、彼のことを愛している。


 レヴァンはエレナ家の人間で、裕福とはいえそれでもこの世界では一般層のガミラとは釣り合わない。少なくともガミラはそう思っていた。それならばと、転生者たちの才能を収集していく中で新たな目標を立てた。彼に相応しい女性、スーパーレディになるのだと心に誓ったのだ。


「レヴァン」

「……ん」


 ガミラの声に微かに反応した彼の頬にそっと手を伸ばし、瞳を輝かせる。体質解除をするその時まで、彼との距離はこのままでいい。


「もう少し、待っていてね」


 体質解除をしたら、もう能力を飲み込むことはできなくなる。だがガミラはまだ満足していない。まだ、まだ足りないのだ。

 いつか彼に胸を張れる自分になれたら、その時は。


「おやすみ、レヴァン」


 愛する人の寝息を子守歌に、いつかを夢見て瞼を閉じて眠りにつく。



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