キモオタデブの逆襲
心のアイドル水落ちゃんと別れた後、私は1人で校門をくぐり自分のクラス、『2年C組』に向かった。
学校の細かい規則とか、教室に場所はネット掲示板で調べてだいだい知ることができた、便利な時代なぁ。
……人間関係は……私の記憶には『いじめられてた』ことしか残ってないので、よくわからない……まあ、水落ちゃんの時みたいに記憶があいまいな感じで押し通そう。
水落ちゃんの時よりも雑に誤魔化せばいいでしょ。
「…………」
ふん、正人くんをいじめていた連中になんと思われようとねぇ……どうでもいい。ま、何とかなるでしょ。なんて言ったって、『遠慮』なんてしなくていいんだから。
私は軽い? 気持ちで教室の扉を開く、すると、すでにいたクラスメイト達が一斉にこちらを向く……その数20人弱。
さすがは『進学校』だね……まだホームルームまで時間があるのに殆どいるんじゃない? そのせいでめちゃくちゃ注目集めちゃってるけど。
「…………」
私に向けられているのは、嘲笑、同情、悪意……様々だ。中でも馬鹿にするような「にやにや」とした視線が多い。
ふむ……正人くんが登校拒否になってもそのいじめは続いているということなのだろう……。
ここには今日で『もう来ることがない』とはいえ、嫌な気分だ。
「…………」
お父さん、お母さん、水落ちゃんの反応と今の状況をまとめると……上手くいじめの事実を隠して、クラスの人たちはおとがめなしになって、調子に乗っているって言うことかな?
そして……その典型のような人が私の元に向かってくる。
「よぉ、豚君~~あんなことがあったのによく登校で来たなぁ? ううん~」
茶髪にピアス、進学校には相応しくないようなチンピラ風の男だ。顔立ちは整っているが、その顔には人間のおぞましくもいやらしい悪意が詰まっているような気がした。
「……なんですか?」
私がそう言うと、馬鹿にするように笑い、私を威圧しながらにらみつける。
「おいおい、いつから豚が人間の言葉を扱うようになったんだ? あーあ、これだから体重が100キロ超えてる奴は困っちまうぜ」
「私は人ではなくて、豚だと……?」
私は冷めたような声色でそういうが、その冷静さが気にくわないらしく、チンピラは眉をひそめる。
「ああん? なんだその反抗的な態度は……『また』学校に来られなくしてやろうか?」
「…………」
私はチンピラを無視して周りを伺う。
ふむ……チンピラにのって、正人くんをいじめていたのが、3割……見てみないふりをしているのが7割……ですか。
はぁ……こんな注目のされ方をするのは気分が悪いし、サクッと解決しちゃおう。これ以上、両親と水落ちゃんに心配をかけるのは嫌だしね……。
「ああん? 今度は水攻めか? 暑くなってくるから、プールに入りたいだろ? デブは汗ばっかりかいてるからな!」
「ちょっと、黙って貰ってもいいですか?」
「ああん? お前誰にむかって口答えしてやがる!!!」
チンピラは私の言葉にキレて、机を蹴飛ばす、その際に私の鞄にはべっとり靴跡がつく……はぁ、一発ぐらいは『殴られてあげる』つもりでしたが……その必要もないぐらい、おバカさんですね。
「私は怒っています……それはもう、『前世』では記憶にないぐらいに……貴方はそこまで他人を虐げられるほど、すごい人間なんですかね?」
「かっかか! 人間の底辺が何を言ってやがる、おい今すぐ校舎裏に行くぞ! 前のレベル済まさない。二度と、表に出れないように……」
私は聞くに堪えないチンピラ言葉を遮るようにスマホを目の前に出す、その画面は……録画状態になっており、今の音声がばっちり録画されていた。
「ふん、ここの『教師』は生徒同様腐っているようですからね……でも、これをマスコミにでも持っていけばどうなりますかね……?」
「てめぇ!!! 何を撮ってやがる!!」
チンピラは私からスマホを奪い取ると、教室に隣接するプールに投げ捨てた。ちゃぽんといい音を立て水没するスマホ……あーあ、ここまで後先考えないで行動する人初めて見た。
まあ、でも手はあと10以上あるし……全然問題ない。
「これでお前みたいな豚を信じる奴なんていない! 俺の親父の力で、もみ消してやる。このクラスは俺の支配下あるんだからな。俺とお前では器が違うんだ!」
「なら、その器を試しましょうか」
私はゆっくりと周りを見渡す……。
「皆さん、これって立派ないじめだということを理解していますか? 私、今スマホ捨てられましたし」
「お前何を言って……」
「私は今いじめられています。しかも、クラスの大半の人に見て見ぬふりをされて……にひひ、見て見ぬふりしている皆さんもいじめに加担している……そう受け取ってもいいんですか? ここ進学校なのになぁ。推薦とかやばたんじゃないんですか?」
私の堂々とした言葉にクラスが一瞬ざわつく。
「はぁ……自分が『加害者』であると、そこまで深く考えていなかったようですね。所詮はこのチンピラさんが勝手にやってることで自分たちは関係ないと……はぁ、冷静に考えてください。例えば私がこの後、マスコミにこの事実をぶちまけて……同じクラスのあなたたちが、世間から許されるとお思いで?」
私はニッコリ、ほほ笑みながらそう言う。
私の言っていることは事実だ。私は世間体というものが大嫌いだが……世間体に敏感だ。マスコミ、第三者は『いじめの加害者』というわかりやすい『悪』に飛びつくだろう。
「ああん? そんなのここにいる全員で『何もやってません、豚君の妄想です!』って言ってやればいいだろうが! かっかか、『前回』もそれでうまく言った。人望の差ってやつだ」
「…………人望ね。なるほど、なるほど、にひひひ、貴方の人望を測って、『遊ぶ』のが面白そうですね……」
私は意地悪い笑みを浮かべて、周りを見渡す……なんか、もう楽しくなってきた。
やっぱ、自由に生きるって最高! 前世の私じゃ、周りの目を気にしてここまでしなかっただろうし。
「みなさんに提案があります。今私が持つ証拠は捨てられてしまいました……だから、どなたか私がいじめられていたという『証拠』をお持ちの方はいませんか?」
「はっ! そんなの出すやつがいるわけないだろ!! それは俺様を敵に回すって言うことなんだからな!!」
「最初に情報を持ってきた人には『3万』あげます。その代わり、直接私に必ず手渡しでお願いします」
私の言葉にクラスの空気がまたしてもざわつく……まっ、高校生にとって3万は大金だし、さっきの私の『加害者』発言が利いているのだろう。
今なら『加害者』から外れてなおかつお金まで貰えるのだ……20人中1人ぐらい寝返る人がいても不思議ではない。
「なっ!!! お、お前!!!」
「にひひ、人望があるのなら、いいんじゃないですか? 誰も裏切りなんてしませんよ。さて……私は失礼しますね。これ以上この『学校』にいても実りはなさそうですし……にひひ、私さっき、いいこと思いついちゃったんです♪ 水落ちゃんと同じ学校に『転校』~~」
私はるんるん気分で、教室を後にしようとするが……。
チンピラが私の肩を乱暴につかむ。その顔には余裕はなく、真っ赤に怒りの感情を浮かばせている。
「お、おい、逃げんじゃねぇよ!!!」
「逃げる……? にひひ、どうでもいいですけど、すぐにその手を離した方がいいんじゃないですか……? いじめの『証拠』になっちゃいますよ?」
「……!!!」
チンピラはバッと周りを見渡す。全員がバツの悪そうな顔をしている。
そして、どこからともなく……ピッ、というスマホの電子音が流れる。恐らく録画の開始音だ。
「今の誰だ!!! おい、まさか誰か裏切るつもりじゃねぇだろうな!!!」
「…………」
(アホくさ……一生やっててくださいって感じ)
私は教室を出る。
まあ、いじめの証拠は正人くんが『集めていた』から、どうせあのチンピラとクラスメイトの処分は決まっているようなものだけど……私は正人くんほど甘くはないし。
さて、スポーツ新聞が週刊誌か、どっちに売ろう。どっちでもいいか、チンピラのお父さん、どこかのお偉いさんみたいだし食いついてくるだろうし。
「…………」
(…………これで正人くんの気が少しは晴れてくれればいいけど……よーし、これからは楽しいことをいっぱいするぞ!)
「…………」
(はぁ……そのためには痩せなきゃだよね。痩せた方が女子受けはいいし。ハーレムのためには仕方ない……今日の焼き肉は……断れなさそうだし……明日からダイエットをしよう)
私はそんなことを考えながら学校を出る。
もうここには、二度と来ることないだろう……。