9:エルフに少しだけ嫉妬する聖女
「あんたらが、助けてくれたのか? ありがとう。まさか生きて出れるとは思わなかったよ」
そう言って、立ち上がったエルフが小さく頭をステラエア達に向かって下げた。その細いながらも女性らしい身体のラインが、消化液によって服が肌に張り付いているせいで、余計に強調されていた。
顔はエルフらしく整っており、男性であれば誰もが見蕩れてしまう美貌があった。
ステラエアと行動を共にしているので、美女は見慣れているはずのヴァルも顔が僅かに紅潮していた。
「い、いや! 俺は騎士として当然のことをしたまでで……って痛い! ちょっとステラエア様、耳を引っ張らないでください!」
「ニヤニヤするな馬鹿ヴァル」
拗ねたような口調でヴァルの耳を引っ張りつつ、ステラエアがエルフへと羽織っていた外套を渡した。
「これ、着なさい。その格好だとうちのアホが発情するから」
「ああ。ありがとう。あたしはレインフリア。この森の森番をやっている者だが……」
レインフリアが外套を羽織りながら、言い淀む。
「……貴方、〝森落ち〟したのね」
ステラエアが、レインフリアがエルフであると思った証拠である特徴的な長耳を見てそう呟いた。良く見れば、その長耳の先端が切り落とされている。
「人間のくせに知っているのか。その通りだよ」
そのやり取りに、ヴァルが首を傾げた。
「あの……森落ち? ってなんですか?」
「エルフはね、とても民族意識が高くてよそ者を受け付けないのだけど……それと同じぐらい身内にも厳しい種族なの。彼らは、エルフ内で出た罪人を、エルフではないとしてその耳の先端を切り落として森から追放するの。そうやって追放されることを〝森落ち〟と呼ぶのよ。ヴァルはもうちょっと勉強しなさい」
「なるほど……」
「ま、そういうわけで、あたしは森を外から守る森番をやっていたんだけど……数時間前から森が急変してね。気付いたらさっきの化け物に食われたのさ。一体、何が起こっているんだい? あんたらは何か知っているのか?」
レインフリアの言葉に、ステラエアがヴァルに頷くと、起こったことを説明した。
「呪いか……森の化け物に関しては、ロトスのせいだけどな」
ステラエア達の説明を聞いて、レインフリアがそう吐き捨てた。
「ロトス……この森を支配している貴族よね? 貴方知っているの」
「はあ……知っているも何も……あいつを森に招き入れたのは他ならぬ、あたしだからね」
レインフリアが語る。
「あれは何年だっけな……一昨年か、五十年ほど前か……いや、二百年ぐらい前か」
「振り幅が大きすぎるわよそれ……」
「人間とは生きてる時間の尺度が違うからな。ま、とにかくあたしがまだエルフだった頃の話だ。森の境で泣いているあいつを見付けたのさ。先天的な病か分からないが醜い姿だったけど、あたしはなぜかそれを見捨てておけなかった。よそ者を助けるなんてどうかしてると思うかもしれないが、あたしは元々エルフのやり方に疑問を抱いていてね。近くの村の人間とも仲良くやっていたぐらいさ」
「やっぱりロトスはエルフではなかったのね」
「……まあ、最後まで聞いてくれ。奴をこっそりエルフの里に連れ帰って、エルフの妙薬で治してやろうと思ったんだ。ところが途中でバレてしまって、あたしは追放処分を受けた。そのあまりに重い罰に最初は絶望したよ。だけど、後から分かったんだ――ロトスは……エルフの王族と人間の女の間に生まれた忌子だったんだ。そのせいか分からないが、奴は産まれた時から異常な姿だったらしい。それを認めたくなかった王族は産んだ人間の女を殺し、忌み子であったロトスを捨てた。なぜ殺さなかったのかは分からない。あるいは……親心があったのかもしれない」
「そんなものは……親心でもなんでもないわ。ただの――逃避よ」
その言葉を聞いて、レインフリアがため息をついた。
「そうかもな。まあいずれにせよ、あたしは森から追放された。そして、ロトスは秘密裏に処分された……はずだった」
「でもそうはならず、今はロトスがエルフ達を支配している」
「呪い……だろうな。奴は呪いによって尋常ではない力を得てエルフを支配し、そして王族達が住んでいた森の深部を――塩へと変えた。皮肉な話さ。あいつを森に戻した張本人であるあたしが、その支配と塩の呪いから逃れられたんだから。もう、森にまともなエルフは残っていないだろうさ」
レインフリアはそう言って、地面に座り込んでしまった。
「全部、あたしが悪いんだ」
その言葉に、黙って聞いていたヴァルはどう答えたら良いか分からなかった。
「塩……塩の呪い……ふ、ふーん」
なぜか塩と聞いてソワソワし出すステラエア。
「どうしたんですか?」
「な、なんでもないわ!!」
「絶対それ、何かあるでしょ」
「うるさいわね。ないったらないの。それよりも――」
そう言って、ステラエアが座り込んで俯くレインフリアに近付いた。
「――あんたは悪くない。全然悪くないわ。だから、待ってなさい」
レインフリアの頭を撫でると、ステラエアが真っ直ぐ前を――道の奥にある白い森――を見据えた。その目には純粋な光と、少しだけ邪念が混じっていた。
「私が全部終わらせてくる。ロトスに如何な理由があろうと、如何に悲しい過去があろうと、奴はもう断罪確定なのだから。あとついでに塩」
「そうかい。あんたは……強いんだな」
「当たり前よ。だから聖女なんてやってられるの――さ、ヴァル行くわよ。それとも彼女を守るためにここに残る?」
わざと拗ねたような声を出すステラエアに、ヴァルが笑って返す。
「言いましたでしょ? どこまでもお供します――と。塩の呪いとは厄介そうですからね。俺ももちろん行きますよ」
「そうね、運んでもら……ゲフンゲフン……じゃなかった守ってもらう必要もあるしね! じゃ、行きましょう。レインフリアは安全なところに退避してなさい」
「あ、ああ。ありがとう、ステラエア。さっきの言葉――あれのおかげで少しだけ……救われた気がしたよ」
そう言って笑顔を見せるレインフリアに、ステラエアも笑顔を返しこう言ったのだった。
「良かった。それは聖女にとっては何よりの――褒め言葉なんだから」
エルフは他の国にも一定数いるので、絶滅したわけではありません。どうでもいいですが、これまで書いてきた作品でまともなエルフ(当社比)として出たのはレインフリアさんが初めてかもしれない……どんだけエルフ嫌いやねん