5:魔物を手懐けた聖女
「――もう降ろしてよ。あの宝石が偽物と聞いたら急にやる気を無くしたわ」
ヴァルが無言でステラエアを降ろすと、彼女はぱんぱんとスカートの埃を払った。どうやらそれは彼女特有のクセのようだ。
「あの老人、あのまま置いてきて良かったのでしょうか」
草原の中を貫く舗装されていない道を歩きながら、ヴァルがポツリと呟いた。既に日は傾きかけており、真っ赤な夕日が辺りを燃えるような色に染めていた。
ここだけを見れば、平和で美しい光景だが……どこからともかく血と死の匂いが漂ってきていることに二人とも気付いていた。
「そうね。呪いが飛び散ったことを考えると、この周囲の村々も獣もただでは済まないでしょう。日の傾き具合からして既に私達があの神殿に入ってからざっと六時間以上は経っているでしょうし、呪いが何らかの形で影響を及ぼしているのは間違いないわ。あの老人が安全かと言うと……さてどうかしら。そこまでは面倒見切れないわ。この子の事も嫌がっていたし。護衛ぐらいにはなったのに」
その言葉に呼応するように、モゾモゾと手のひら大ほどの大きさの蜘蛛がステラエアの裾から這い出てきて、その細い肩の上に乗った。
「……俺だって、蜘蛛と一緒は嫌ですよ」
「あら? アラクネはもう呪いじゃないわよ? 獣でも悪魔でもない存在……魔物、とでも呼ぶべきかしら。そういう類いのやつだから。それに良く見れば可愛らしいわよ?」
ステラエアはその蜘蛛をアラクネと名付けていた。どうやら呪いから産まれた存在らしいが、ステラエアの一撃によって悪なる部分が全て消え、今は人……というよりステラエアに忠実な存在になっていた。
「ううう……俺には近付けないようにしてくださいよ? しかし新たな生命まで産んでしまうほどの呪いですか。にわかに信じがたいです。呪いといえばヤイエスの物語が有名ですよね。呪いによって闇に沈んだ小国……でしたっけ」
「そうね。ま、おとぎ話みたいな物だけどね。案外、ここがその話の元となったのかも」
ヴァルが頷きながらこのラムザンという国の地図を見つめた。
地図にはざっくりとした地理情報しか載っていないが、少なくとも現在地と目的地は分かった。
この国は四方を山に囲まれた小国だ。中央に王城があり、その東西南北を守るように貴族達の領地があった。
そしてさっきまでいた神殿は地図の左下、つまり南西でありこの国の一番端にあった。
「ここからだと南の貴族か西の貴族が近いですね。どちらに行きますか?」
ヴァルの言葉に、ステラエアは無言でそれぞれの方向を見つめた。
南の貴族の方は、このまま草原の道をまっすぐ行けば辿り着きそうだ。見たところ、何の障害もない。
西の貴族の方はというと、鬱蒼とした森がその道を阻んでいた。
何より、遠目に見えるその森の頭上では大量の鳥らしき影が大群で渦を描くように飛んでいた。
「まもなく日が落ちます。森は危険かと」
「そうね――じゃあそっちで」
そう言って、まるで散歩にでも行くような気軽さでステラエアは大股でズンズンと森の方へと進んでいく。
「だと思いましたよ。まあ……どうせ死なないし夜も森もクソもないですしね……」
ヴァルはため息をつくと、ステラエアの後を追った。
これから二人が向かう先について……地図にはこう書かれていた。
【翠玉柱の森】――〝そこは美しき狩人、エルフ達が潜む深き森。つまりそれは魔術師ロトスの庭なり〟
というわけで、第1ステージは森です。森といえば罠とヤバい生物とエルフですね!