3:宣戦布告する聖女
一方その頃、ステラエア達の上――聖杯の間。
ステラエア達を陥れた張本人である、その老人はこの神殿を一人で古より守ってきた番人だった。
「何が……起こった? 儀式の手順に何の問題もなかったはずだ!!」
その老人は確かに見た。闇の奔流が閉じたはずの仕掛け床を吹き飛ばし、更に天井を崩して空へと吹き出た瞬間を。
故に儀式の後に何かしらの異変が起きていると判断せざるを得なかった。
「よ、四貴族に報せないと……」
老人が、聖杯の間の端にある魔信機へと向かった。そしてそれに手を掛けようとした瞬間、まるで見ていたかのように――魔信機が鳴った。
恐る恐る魔信機の上部にある水晶に触れると――四つの影が聖杯の間の東西南北に現れた。
「何が起こった」
「何をしでかした」
「国が呪われた」
「土地が汚染された」
四つの影がそれぞれ声を発し、老人は頭を床に擦りつけた。
「ぎぎぎ……儀式は終わりましたが……その後、何かが……」
しかしその言葉に返ってくるのは冷たい眼差しだった。
「何か?」
「何かとはなんだ」
「無能が」
「虫が」
四人の声に、老人が震えた。
彼は、背中が痒くなってきていることに気付く。そしてその意味も。
嫌だ……嫌だ……アレにはなりたくない! 老人が心の中で叫びつつ、四つの影に答えた。
「す、すぐに確認を!」
老人がそう言って顔を上げて、生け贄の間へと続く穴へと駆け寄った瞬間。
「はー、どっこいしょ。やっと出れた」
「……いくら闇属性の魔力が有り余ってるからって、聖女がこんな登り方するなんてめちゃくちゃですよ……」
穴から――生け贄に捧げたはずの聖女とそのお付きの騎士が這い出てきたのだ。なぜか顔は死体みたいに真っ青で、着ていた服が真っ黒に染まっているので一見すると聖女というより、魔女に見えた。
「ば、馬鹿な! なぜ生きている!」
老人の驚きの声に、穴から這い出て立ち上がった聖女――ステラエアがぱんぱんと埃を払いながら言い放った。
「おかげさまで死んだわよ! 生きてるけど! あれ、この場合はどっちなのかしら?」
「アンデッドが生きているのか死んでいるのか微妙なところですね」
暗い色の銀鎧を纏った騎士――ヴァルがとぼけたような声でそう言いながら剣を抜き放った。涼しげな金属音が響く。
「ど、どうやってここまで!」
「いや壁がさ、趣味悪いことに全部白骨死体だから――操って動かして階段にしただけ」
まるでそれがどうしたとばかりにステラエアが言って、老人を睨み付けた。
見れば穴には、壁沿いに螺旋状の白骨死体で出来た階段が、下まで続いていた。
「なぜ生け贄が生きている」
「我らの呪いを持っているぞ」
「なぜ発狂しない」
「なぜ動ける」
その四つの影の言葉にステラエアが大きく息を吸って、答えた。
「あんたらが四貴族ね。どうも初めまして――イーリス教大聖女のステラエアですわ」
そう言って、スカートの裾を持って優雅に礼をするステラエア。そのただならぬ雰囲気を感じ、四つの影が矢継ぎ早に言葉を放つ。
「なぜ我々を知っている」
「危険だ」
「殺せ」
「殺せ」
その言葉と同時に、老人が絶叫を上げた。
「アアアアアアア!! かゆいかゆいかゆい!! 痛い痛い痛い!!」
老人の背中のローブが破れ、飛び出てきたのは――明らかに老人の身体よりも大きな蜘蛛の脚だった。
「アアアアアアア!!」
老人の小さな身体が持ち上がり、その左右の胸から複眼が飛び出て、彼は醜い蜘蛛の化け物になっていた。そしてその太い脚を振り上げ――ステラエア達へと振り下ろした。
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ」
四つの重唱と同時に、涼やかな音を奏でる銀閃。
老人の蜘蛛脚が一瞬で全て切断された。
「馬鹿な」
「ありえない」
「何者だ」
「なぜ恐れない」
その驚きの声に、血払いした剣を構えつつ静かに返したのは――ヴァルだった。
「我が名はヴァル。斬銀のヴァルだ。お前らのようなクズ共は覚えなくて結構だよ」
「ぐぎゃあああああ!!」
ヴァルの言葉と共に、黒い血をまき散らしながら持ち上がっていた老人が落ちてくる。
「ヴァルの癖になに格好付けているのよ! まあいいわ、とりあえずジジイあんたは、楽には死なさないわよ!! 喰らいなさい神の鉄拳! ハーレールーヤー……スマッシュ!」
落ちてきた老人に、ステラエアは闇色の魔力を纏う拳を叩き込んだ。
「ぐはあ!!」
闇の衝撃波が老人を襲い、その身体から飛び出ていた脚や複眼が全て吹き飛ぶ。
「あ……あ?」
そしてその場に残ったのは、元の姿の老人だった。
「あれ……痒くない? 蟲が……消えた? 自由になった?」
老人は、自分を長年苛ませていた物が身体の中から綺麗さっぱり消えていることに気付いた。
「げ、なんか私の方にきた!」
ステラエアが嫌そうな顔をしていると、彼女の肩に手のひら大ほどの蜘蛛が現れた。なぜか彼女に懐いているようで、頬に頭を擦りつけている。
「馬鹿な……蟲を手懐けた?」
「呪いを解いた?」
「殺さないと」
「こいつは危険だ」
四つの影の言葉に、ステラエアは懐いてくる蜘蛛をはたき落とすのを諦め、その幻影を睨み付けた。
「おかげさまで酷い目にあったわ。どれもこれもぜーんぶお前らのせいなのは分かってるから。いい? よーく聞きなさい。イーリス教大聖女兼、対邪教特務機関イスカリオス所属、特級異端審問官であるこのステラエアが、裁きを下す……お前ら全員、邪教徒確定。よって弁明の余地なしで、神の名の下、その骨肉の一片までもを絶滅し滅殺し虐殺することをここに宣言する――部屋の隅っこでガタガタ震えて神に祈りを捧げる準備は良いかしら?」
ステラエアはそう宣言すると共に、魔信機へと闇色の矢を放った。
「ほざけ小娘!」
「異端審問官は殺さねば」
「呪い殺そう」
「呪い死――」
最後の言葉が響く前に――魔信機が爆発し、静寂が戻った。
「というわけでヴァル、行くわよ――異端審問を開始しましょう」
「わざわざ宣戦布告しなくても良かったと思いますけどね……これで奴等、俺達を迎え撃つ気満々になりますよ」
「良いのよ! 罠でも何でも仕掛ければいいわ――そんなの全部捻じ伏せて神の鉄槌をブチ込んでやる」
そう言ってステラエアはスタスタと出口の方へと歩み始めた。ヴァルは頭を掻いて、やれやれとばかりに肩をすくめると、その後についていく。
こうして、ステラエアとヴァルの――異端審問の旅が始まったのだった。
スタッカート標準装備なセリフが性癖です