天秤
急に長くなってどうした?と思われる方もいらっしゃるかと。キリが良かったためだと作者は供述しています。
追伸
色々と直しました。訂正版もお楽しみいただければ幸いです。
もぐもぐと小動物のようにパンを頬張る少年を視界に入れながら黒猫たちの水を取り替える。続いてポロポロの袋を手にし、正確に適量を銘々の餌箱に量り、入れていく。拗ねて窓辺でふて寝する奴らは放って措いても問題ないのだが、服に張り付いてくるサビに限りなく近い奴と、進行方向を塞いで歩く額に白点がある奴は厄介だ。用事が済むまで解放してくれない。かわせれば楽だが、相手は猫。一歩間違えれば踏んでしまうので音速で要求を叶える他、なす術がない。一匹一匹与える量が違うから頭が痛い。さて、十、十一、十二…
「エイダン、今日はご飯食べなくていいの?」
………五十。入れすぎた。量り直そう。スプーンで地道に戻していく。四十三、四十二、四十一…
「それとさ、昨日トミーに『魔法使いが君のお世話係なの?』って聞かれたんだけど…。」
…百三十九。いや待って。何故増えた?
「僕、一応『エイダンは趣味で目にカラコンいれてるだけだよ。』って答えといたよ。」
バラバラと零れた餌を猫たちが嬉しそうに平らげる。呆然とそれを眺めながら、思考を途絶えさせる天才が何を言っていたか反芻する。確か、要約すると『エイダンが魔法使いじゃないかって勘繰られたから誤魔化しておいたよ。エイダン褒めて!(きゅるん♡)』って話だったような…。まずいな。もしそれを公言されたら研究所でホルマリン漬けの後、バラバラに分解されるか、あそこに連れ戻されてありとあらゆる拷問を受けた後、笑顔で磔にされるか…。どっちも嫌だな。けれど普段、魔法は使っていないはずだからそう簡単に見破られるなんて………、さては瞳の色を見られたか?
「私、外では常にサングラスを着けているはずなのですが…。トミーさんは透視ができる方なのでしょうか。だとすると危険ですね…。対策を講じねば…。」
いっそカラコンとやらを使用してテオ様と同じ碧い目にしてしまおうか。いや、却下だ。以前試した時、何とも言えない禍々しい色になってしまったではないか。逆に怪しまれてしまう。
「いや、トミーは透視できないから。で、トミーが情報を得たと言ってた君のファンクラブもサングラスの奥は紅い目だって情報が実しやかに囁かれているんだ。まあ、事実っちゃあ事実だよねー。恐ろしいことに、ね?」
ファン…fan…?あ、あれか。梅雨の時期、大変お世話になる…。ん?待てよ?
「私、扇風機の販売はしておりませんが?」
いつも冷静なはずのエイダンがバグっている。相当なショックなんだろうな。でも、ごめん。紅茶に噎せちゃうのは不可抗力だったみたい。背中を擦ってくれている彼に心の中で謝った。
「エイダ…ゲホッゴホッ……そっちのfanじゃなくて…ウゥッ…ハハッ。あーハハハ。えっとね、『エイダン様が好き!結婚して』っていつも騒いでいる女の子たちがいるでしょ?その子たちが、エイダンの目は紅だって…ゲホッ、言って譲らないんだ。何でも、エイダンのお友達を名乗る人物からの情報…ゴホッンンンッ…だって。」
友達…?生き残りか?いやないな。俺で最後だったはずだから。
「テオ様、失礼ながらトミー様になさった説明は悪手ではないかと思うのです。魔法使いの象徴である紅い目の色にしているという弁明は、①魔法使いが実在すると知っている。②むしろ見たことがある。③図星だったので誤魔化している。等の考察が可能になってしまうかと。」
銀髪が上下に揺れる。
「やっと思考回路が復活してきたみたいだね。この文明が発達した世の中には魔法使いなんていない。そう僕らは教育されている。だから目が紅いとしてもその子が魔法使いなんじゃないかって考える奴は本来いない。今の皇帝が確証のない噂だとしたから。その証拠は全て彼が戦に乗じて燃やしたんだ。皇帝は皇太子の頃から誰よりも国民を大事に想う人だったから、十数年前、魔法使いの子ども達が誘拐されて二度と戻って来なかったっていう事件が起きた時、原因を必死に調べさせたんだ。専門家は口々に瞳の色で見分けがつくと知られていたことが悲劇を呼んだんじゃないかと言った。彼が人種の差について書かれた本を抹消したのは差別をなくそうとしたのと、そういう悲劇を繰り返させないためでもあった。全く、大変な大騒ぎでさ。もう、あんな目に合うのは御免被りたいね。あの人、おじいちゃん連れてっちゃって、三日ぐらい帰してくれなくてさ。僕はメイド長にティータイムという名の「世界銘茶飲み比べ!どれがどこ産でどんな特徴があるか一言一句違わずに言えるようになろう!」っていう講座を開かれて、見分けられなくてお腹タプタプになって。本当、死ぬかと思った。今だって僕のこと「teri!」とか呼んで構ってくるし、くだらない電話毎夜かけてくるし、鬱陶しいし…コホン。だから、魔力を持つ者の特徴が書かれた本なんてどこにもないよ。あの修羅が見逃すわけがない。」
そうか。そんなことが…ってテオ様の口ぶりでは今の皇帝と知り合いかそれ以上の仲のようだが?まあ、いい。人間関係よりも自分の命の方が大事だ。
「ファンクラブの子たちだってそう。関連付けていないどころか羨ましがっている。じゃあ、どうしてトミーがそう聞いてきたか。彼はね、僕の返答に満足せず、質問を重ねて来たんだ。『だって君はbackだろう?Circeの護衛がいなきゃ道理に合わないよ』ってね。そんな隠語、今時Fanaticsしか使わない。同い年なら知らないはずだし、年上だとしてもまず使用すること自体が禁じられてる呼び名だ。背景に強い人がいないとまず、ムリだね。因みに彼はつい最近この街に越してきたばかりだ。自己紹介では『珍しいものを集めるのが趣味です。』って言ってたかな。ほかの子には目もくれず、僕に熱心に話しかけ、家を教えろとか家族構成とか略歴とか契約してる奴はいないのかとか、とにかくしつこくて。」
「まさかテオ様、正直に答えたんじゃ…。」
「生憎、僕はそんなに無垢で純粋なお子様っていう仕事はしていないよ。最初っから怪しいなって感じていたから全部嘘吐いてあげたよ。昨日はやっとボロを出したなって心の中でずっと笑ってた。捕食者がそんなんでよく生きてこられたな、って。もしかしたらなったばかりなのかもしれないけどね。」
Fanatics…司祭の忠実な下僕。特異体質の子どもを回収して廻り、約束を交わした魔法使いを間接的に殺して歩く役割を担う者。最近は怪しい科学者のために奔走して大金を稼ぐ輩もいる…。それが比較的に治安の良いこの街に現れるとは。
「つまり私の居場所が司祭に…。」
「んーどうだろ。あとさ、エイダンの友達を名乗る人物も怪しいよね。」
「ええ。ファンクラブだかなんだか知りませんが彼女らが信じているニンゲンは詐欺師か何かでしょう。」
友は皆、失った。否、奪われた。忘れたことなどない。あの悪魔の如き業火を。噎せ返る熱を。狂った信者たちの歓ぶ顔を。断末魔の悲鳴を。首枷の呪いだって司祭が施した。外すには『死んでもいい』と思わなくてはいけない。つまりあの悍ましい儀式を肯定しなくてはならない。仲間は血塗られた首枷を外せないまま、灰一つすら残さず消えた。十字架にかけられた先の末路はきっと、俺も同じになるのだろう。本当に恐ろしいのは力のある自分らではなく、キョウリョクしてチガウを寄ってたかって駆逐する、か弱きニンゲンだろう。思わず身震いした。
紅茶を新たに口に含み嚥下した彼は右手の人差し指を立てた。
「それとね、彼が来た日に丁度、少女が一人、行方不明になったんだ。同じクラスの子。多分エイダンも知ってると思う。ピンクに近い紅い目の子。僕はその子の行方を突き止めたいなって考えているんだ。情報屋によると、彼女は魔力の弱い魔法使いで、謎の教団の使者を名乗る二人組が白昼堂々誘拐したんだって。『魔法使いはこの世を滅ぼす。だが、贄として用いれば永遠の幸福が人類に与えられる。』と言ってさ。エイダン、あのね、この教団、国際指名手配犯を匿ってるっていう情報があって、とある人から詳しく調べてくれって。見つかり次第捕縛しろって頼まれてるんだ。それに僕らにとってもまあ、危険と言えば危険な事態だからさ。その…この街に現れたわけだし。ってことでその教団に乗り込んでフルボッコしに行こうよ!少女がいるところが本拠地なんでしょ?だからさ…」
「…げましょう。」
「へ?」
「逃げましょう。」
真っ白な骨ばった手が固く握られ、小刻みに震えていた。否定しようと思ったのに、炎を見た時よりも怖がっているような彼の姿に僕は何も言えなかった。
閲覧、ありがとうごさいます。続きます。