歪な約束
いびつなやくそく
テオちゃんの後悔?パートになります。
それからしばらく経ったある日、何か嫌な夢から目覚めたら、小指のネイルベッドに見知らぬ紋がついていた。紋はなんだかドクドクという鼓動を伝えてくる。靴も履かずにベットから降り、勢いよくドアを開け、絶句した。綺麗に身なりを整えたエイダンが僕へ恭しく頭を下げてきたのだ。
エイダンの態度が変わってしまっている。初めて会った時よりもずっと距離がある。ううん。僕らの関係はただの仲良しではなくなってしまったみたいだったと表現した方が正しいだろう。突然の変化に追いつけない思考は必死に解を探していた。
彼は以降、使用人として僕に接するようになった。おじいちゃんが養子縁組した結果、戸籍上は兄弟ってことになっているのに。
どうしてそうなっちゃったのか最初の内はただただ分からなくて。勿論、この小指の紋のことも。何か打開策があるかもしれない、と文献を必死に漁っていたら、答えがでてきて、でも認められなくて。僕を愛してくれる人がまた、手の届かないところへ行ってしまったような心地がして。本当に焦っていた。今、引き留められなかったら、また、また、僕はあの雨の日のように無様に泣き叫ぶばかりの独りぼっちになってしまう。あの湿気た空気に混ざる絶望の匂いが鼻腔に蘇る。日常は容易く壊れる。僕が幸せを感じれば感じるほどあっけなく。「またね」のない世界はいつも僕のことを手招きしながら待っている。怖くて怖くて。もう二度と失いたくなくて。手放したくなくて。置いていかないで欲しくて。自分よりも長い、彼の足にしがみついて泣いたことだってあった。
「嘘つき。僕のお兄ちゃんになってくれるって言ったじゃないかっ!なんで、なんで、そんな、身分なんてくだらないこと言うんだよっ!」
知ってる。これはわがままだ。僕は彼にお兄ちゃん役を押し付けて終らないおままごとを引きずっている。そこに本人の希望は汲まれていない。そんなこと、とっくの昔から分かっている。名にそぐわぬ働きをするから、僕にはいつも罰がくだされる。
「テオ様…ですから私は…」
ほら。僕のせいで彼は困っている。取り返しのつかないことをしたのは僕の方なのに。
「様なんてつけないでよっ!今までみたいに『テオ』って呼び捨てで呼んでよっ!なんで急に他人行儀なの?なんで、一緒に遊んでくれないの?なんで…僕のことを主なんて呼ぶの?」
主と呼ばれてしまうくらいなら、僕は君に○○を与えることなどしなかっただろう。僕は未だに過去から戻れない。
「契約したからですよ。紋がありますでしょう?」
どうして君はそれを大事にしているの?だって
「契約なんて、僕はした覚えないもんっ!」
知ってる。僕は知ってる。これは…。
エイダンは目を見開き、悲しそうな顔をした。なんで?ねえ、なんで僕を責めてくれないの?
「っ………!それは、申し訳ございません。ですが致し方ないことだったのです。どうしても契約を破棄したいと仰るのなら今この場で私の左胸に剣を突き刺してください。」
違う。違うよ。そうじゃない。僕はただ…
「そんなことしたら、エイダンが死んじゃうからイヤだっ!」
君を自由にしてあげたかっただけなのに。
「テオ様が一番分かっていらっしゃるでしょう?一度結んでしまった契約を破棄する場合、魔法使い側の紋を壊さなくてはならない。テオ様の意思でテオ様から向けられた刃なら、私は拒みませんから。どうぞ。」
嗚呼、両手を広げる彼の胸に飛び込んでしまいたい。
「ヤダッ!エイダン、また嘘吐いたッ!君はいつも『死にたくない』って言う癖に。どーせ、避けるだけじゃないかっ!」
死にたくないと彼が本当に思っていたのなら、こんなに苦しくなることなんてなかっただろう。
「なっ!…………嘘を吐いてはいけないという約束はしていませんので。テオ様だって………いえ、なんでもございません。」
そう。僕だって嘘つきだ。
「エイダンの意地悪っ!もういいよっ!」
喧嘩というよりは駄々をこねることを繰り返していた後、僕は取り返しのつかないことを言ってしまった。本音は伝えられないのにどうしてこう、思ってもないことはスラスラと音になるのだろう。
「そんなに僕のことが嫌いなら、僕の言うことが気に入らないなら、一生その中途半端な使用人の真似事でもしていればいいよ。僕は、僕の未来を勝手に変えたこと、絶対に許さないから。」
命を救ってくれたって分かっていても、許せなかった。アレは悪しき契約。僕らの種族が長生きするためだけのもの。エイダン側に利はない。だから本当はありがとうって言うべきなのに、言えなかった。僕は与えられてばかりで、何も返せないことが確定してしまったみたいで、独りで生きることなどできないのだと突きつけられたみたいで、悔しくて、悔しくて。
結局僕は彼にあんな酷いことを言って、自ら距離を広げてしまうことしかできなかった。
そんな状態がずっと続いている。こんな僕だから彼はどんなに苦しい時でも曖昧に微笑むだけで、話してはくれなくなったのだろう。だからだ。僕は彼の過去を初めて会った時に聞いたことぐらいしか知らないし、教えてもらえないんだ。
ちょっとずつ直していますので、あれ、こんなセリフだったっけ?みたいなことになっているかと思います。ご了承ください。