メビウスの輪
お待たせしました。可愛い可愛いテオちゃんのブラックさがましましです!
テオ様はパタパタと服についた埃をはたく。怪我がないか、くまなく調べようとワイシャツのボタンに手をかけたら、乙女のような悲鳴を上げて上着を被ってしまった。解せぬ。本人が嫌がることは契約上できないため、魔法で暴くこともできない。まったく。いくら防御魔法を常時かけているとはいえ、限界があるのだ。先程のは本当に肝が冷えたのだから、確認くらい…と思ってしまう。
「あんまり否定なさると、逆にこちらは心配になります。一瞬ですし、私にしか分かりませんから、ね?」
「ダメったらダメ!僕、この鉱石持ってるんだよ?魔法に対して過剰に反応する特別な石だから絶対ダメ!危ないもん。」
「それならば、私が…」
「それもダメ!今の君は僕のせいで常に魔力垂れ流し状態なんだから。もっと危険に決まってる!」
さっきからイヤだのダメだのばっかり。ああ言えばこう言うし。イヤイヤ期か?どうにも進展しない会話にぐつぐつと苛立ちを煮詰めていると、大地をパックリしたあたりからだらりと弛緩していた荷物が手を挙げた。
「あのう…俺様…じゃなくて俺、が、持ちましょうか?」
「「は?」」
異口同音。いつから起きていた?というか今なんて言った?
「え、だって一番安全なのってこの俺さ、俺が持ってや…持つことではありませんか?」
まあ、確かにそうだが、かといって出会い頭に喧嘩吹っ掛けてきたニンゲンを信用するなんてどこの純粋培養生物だ?
「え、ホント?じゃあ、よろしく!」
渡す手、受け取る手を見て、呑気だな、と嘆息しかけたその時。
「…ッ⁈あ、アアァァァァァァァァァアッ⁉︎いだいぃぃぃぃぃぃいッ!」
オータムは鉱石を乗せた右手をキツく握りしめ、悲鳴をあげた。テオ様はさして動揺した風もなく、被検体を観察するかのような冷淡な目で見、ズレた仮面を直しながらゆっくりと歩みよる。
「おーっと。ごめんごめん。そこまでとは思わなかったや。ほれ。」
ひょい、と取り上げ、大丈夫?と言いながら少年の涙が滲む顔を覗き込んだ我が主は、感じたことがないような温度を纏っていた。冷たくはないのに凍えるような、鋭くはないのに体を貫通して巡っていくような、そんな温度。ずっと一緒にいたつもりでも、知らないテオ様がいる。恐ろしいわけではない。ただ、孤独を感じるだけだ。
「はー、はー、はー、はー、はー、…………ふぅ………。い、今のは何だったんだよ⁉︎この俺様の手が、腕が、取れるかと思ったぜ、ハァ………。」
肩で息をする彼に目だけで笑いかけ、心配だという様に小首を傾げ、膝を折る、我が主。どこまでが仮面の表で、どこまでが仮面の裏か、分からない。いつから使い分けるようになったのだろうか。そもそも国際指名手配犯を捕まえるという危ない仕事を引き受けたのは、頼まれたのは何故なのか。秘密を知るには対価が必要。だからさっきは聞かなかった。核心に触れる部分を。
「ん〜、まあ、ほっといたら取れてただろうね。しっかし、アイツが血眼になって探してるものがどうしてこんなとこに…。」
最後まで言葉を紡ぐことなく、銀髪の少年は立ち上がり、俺の耳元で囁いた。
「僕はいつでも待ってるよ。キミが全部話してくれる日を。そしたら僕も話してあげる。二人で痛みを分け合いっこしたいからね。」
オータムの手を取り、立ち上がらせ、次はどこまで行きたいか告げ、案内を頼むテオ様の影が長く長く伸びていた。俺の影は当然の如く、存在しない。…なあ、朔。あの人に全てを話したら、どうなるか、想像できる?でも、皆の願いを叶えるためには、いつか必ず選ばなきゃいけない選択肢、だよね?またひとりぼっちになるのは、怖いんだ。もう少し時間を頂戴。大丈夫。叶えるまでは残るから。叶えた暁には連れてってよね。
オータムくんが徐々に馴染んできてて僕は嬉しいよ…フフフ。




