弾丸と斧
お待たせいたしました。いつも読んでくださる方々に感謝を。そういえば、風、すごいですね。
「はぁ…。まったく。人?使いが荒くていらっしゃる。」
「助けてあげたんだから感謝ぐらいしてよ。『死にたくない』んでしょ?」
見上げた先の彼は不満そうに唇を尖らせ、ぷくぷくと頬を膨らませている。そんな反応をされたって、貧血の頭に"命令"されることは耐え難い眩暈を呼ぶため、やめていただきたいの一択だ。普通に注意を促してくれればそれで充分防げるのに。
「しかしまあ、熱烈な歓迎だね。礼儀を忘れてしまったのかい?と問いかけたくなるほどの、ね。」
歓迎…?まさかっ!
切れた首筋に革がめり込むのも構わず俺は防弾壁を張った。
キンッ………カラン…
弾丸がレンガの路の上に転がった。
「出ておいで。遊んであげるから。」
彼の言葉のままにゆらりと崩れたレンガ壁から姿を現したのはテオ様と同じくらいの背丈の少年。顔は覆面。目だけギラリと黒く光っている。迷彩柄の防弾チョッキに身を包んでいるあたりから、普通のニンゲンであろうと推測できる。
「俺様はお前みたいな弱そうな奴に興味なんかない。俺様はそこの黒髪の男に"話"があるんだ。」
「ふふふ。良かったね、エイダン。君と遊びたいんだって。」
テオ様は煽るような響きの中に、ぐつぐつとした怒りを込めている。何が彼の導火線を切ったのだろうか。弱そうのあたりか?…まあいい。
「御指名とあらば致し方ありませんね。どうも。私、エイダンと申します。主の世話役を仰せつかっております。して、私との"お話"の内容について伺っても宜しいでしょうか?」
「ふぅん。執事の真似事か。その害虫のボンボンの?なぁお前、司祭が血眼になって探してるやべぇ魔法使いなんだろ?司祭が憎いなんて考えたことはねぇのか?そんな苦労も何も知らない温室育ちの非力な奴より、俺様の手下として生きないか?俺様は永遠の祝福が得られる。お前は永遠の安寧が得られる。どうだ?悪い話じゃないだろう?今だって鬱憤が溜まってんじゃねぇか?そんな窮屈な服を着て、馬鹿みたいに媚び諂って頭下げて、簡単に捻り潰せるって知りながら屈辱的な思いで踏みつけられる。そんな生活からオサラバできるんだ。一言YESと言やぁいいだけ。楽だろう?」
害虫…?どの口がそれをっ…………!……ふぅ………落ち着け。こんなガキ相手にムキになってはいけない。主の顔に泥を塗ってしまう。
「私の主はあの高貴なる御方ただ1人。ずっとそばで守ると、罪深き魔法使いでありながら、清らなる人間の彼と約束しまして。私、こんなところ、寝心地が悪そうで嫌なのです。できれば、そう。炎に焼かれ、文明の跡が消え去った草原を紅く染め直した場所で静かに眠りたいですね…。ですので、貴方様のご要望に添うことはできません。申し訳ございません。」
「NOか。なら、力で屈服させるまで。勝負しようじゃねぇか。俺様とお前で。」
地に這いつくばってでも、貴方様にひれ伏す日は来ないので、ご安心ください。全力で前言撤回できるよう、サポートして差し上げます。まずはその細い足からでしょうかね。
「…コホンッ。如何致しますか。攻撃魔法は使用しないというハンデでもお付けしましょうか?勿論ここは東方の国の娯楽の如く、『負けました』と認めるまで、で。」
これでも一応護衛できるよう、鍛えているんだ。恐らく丸腰でも勝てるだろう。まあ、もしものためにアレは使うか。最悪の場合を常に想定しなくては。
「はっ?舐めてるな⁈ふざけんなっ!」
いや、それはこっちのセリフだ。と喉に出かかった言葉を呑み込み、仕返しとばかりに余裕の笑みを口端に乗せた。やれやれと肩を落とし、ゆるゆると首をふり、今にも暴れそうな相手に説明した。
「ですが、そうでもしなければ貴方なぞ、一瞬にして捕縛ですよ?だって、貴方は罪なきニンゲンでしょう?」
皮肉を込めてそう言えば相手はさらに顔を歪める。
「チッ。お前も結局、お利口さんなワンコのまんま、なんだな。噛み付くことさえも知らないような、箱庭のお子ちゃま。………わかった。てめぇがやりたいようにやれよ。俺様も俺様の方法で息の根を止めてやる。」
少年は胸の隠しポケットからくすんだ茶色の小瓶を取り出した。
「この俺様と人生の最期に戦えること、ありがたく思うんだな。」
彼はそう言うなり、ぐいっと一息にソレを呷った。
「さあて。魔法使い退治は初めてだが、魔物退治は得意なんだ。牙を抜かれた魔獣さんに俺様の麻酔銃をごちそうしてやるよ。威力は普通の拳銃よりも強いくらいだから、当たりどころが悪けりゃ、御陀仏かもな。」
「ほう…。それはそれは大層美味なのでしょうね。」
「なんたって、魔法は使わない、と約束したんだもんな。魔法使いさんよ?」
「ふふっ。攻撃魔法は使いませんよ。多分。ふふふ。」
そう。"攻撃魔法"は使わない。だから。
「いらっしゃい。私の可愛い可愛い相棒さん。」
パチリと指を鳴らし、テオ様の邸宅の武器庫から召喚した。
「おま、魔法は使わないんじゃなかったのか!しかも、斧って⁈気でも狂ってんのか?」
他人を指差してはいけない、と教わらなかったのでしょうか?まあ、俺はヒトじゃないけれど、ね。それに、『約束』とは言ってないし。
「ふふふ。攻撃魔法は使わない、と申しましただけでございますよ。話は細部まで逃さず聞きなさいと教わりませんでしたかっ!」
地面を蹴り、飛び、間合いを詰め、加減して一息に振り下ろす。
「わっぶなっ!」
それなりに動体視力はあるらしい。ならば手加減は必要ないか。
「なあ、お世話係さんよぉ。近くに寄っちゃぁ危ねぇんじゃないか?」
ズガァァアンッ
「くっ」
チョーカーを掠った。まったく、無駄な飾りは場所を取る。これで削れててくれたらいいのに、そうではないところが鬱陶しい。
「それなりに腕は立つようで。」
「それはそれはありがとさん。大事なボンボンの周りがお留守だぜ?」
「なっ!」
テオ様の周りの壁を厚くする。その隙に奴が構え直したのが視えた。
ズガァァアンッ
「チッ。よそ見してんだかしてねぇんだか」
パダダダダダダダダンッ
「そんなに撃っては腕がおしゃかになりますよ?」
会話の合間も銃弾の音は止まない。ひらりひらりと躱しながら斧で弾丸を弾いていく。
「はん。強化薬を飲んだんだよ。」
「ふーん。」
ガンッ
キンッ
パドドドドドドッ
「なれば、弾が切れるまで鬼ごっこですかねぇ。」
「ハッ。それはどーかな。なあ、この弾、一般人に当たったらどーなる?」
「死でしょうか。」
「正解。ほら。ちびっ子が寄って来てるぞ。」
子ども…?思わず目を見開いた。心なしかアイツに似ている。巻き込みたくない。巻き込ませない。というかコイツ、気を逸らして隙を狙うことしか能がないのか⁈
まったく。このやり取りにも飽きてきた。テオ様が欠伸しているじゃないか。こちらは急いでいるんだ。
………。はぁ…………………。
一瞬で終わらせてやる。
エイダン、前回ちょっと生存が怪しい描写になっていましたがそこはご愛嬌。伏線はるの大好きです。ちゃんと回収します。お許しを。