歳月
お待たせしました。
ぎゅっと自分の手を握り、目を閉じた少年を見、思わず口角が上がった。
きっと本来の俺の身長を超えただろう。成長したな、俺もテオも。頭をそっと撫で、幸せな夢を見てもらう。
さて、作戦実行だ。
まずはこの船の後方、海の上。次はかの荒廃した街。
猫たちにも寝てもらう。怖がらせないように。
俺の過去も、この呪われた姿も、知らないままでいてくれて構わない。
首枷と首の隙間に親指を滑り込ませながら魔法陣を展開した。
それは淡く紅く輝き、瞬きの間に俺たちを飲み込んだ。
***
水には苦しかったという記憶よりありがたかったという記憶の方が多い。確かにこれのせいで何度か呼吸を奪われた。それでも、雨が降れば儀式は延期になり、火は消え失せる。だくだくと流れ、ざぶざぶと飛沫と波を繰り返すのを利用して逃げ切ることにも成功した。凍れば傷だらけの身体を冷やして癒やしてくれ、転んでボロボロになった皮膚に詰まった泥やら小石やらはさらりと取り払ってくれる。
今だって。
俺はテオ様を姫抱きにして海の上に立っている。あの日と違い、穏やかな海だ。
ここからなら軸を見失わない。
水平線に太陽が半分ほど溶けている。
丁度良い時間帯だ。
右手の人差し指を右から左へ引けば閃光が走る。
『忘れろ。』
金色に輝く円が無数に飛び交い、全て船へ向かっていく。
「まだ、短期記憶の範疇で良かったな。場所がバラバラになると厄介だし。さて、気付かれる前に移動するか。」
紅い光は再び俺等の身体を包み込んだ。
***
港より双眼鏡で観察せし者2名。
後々じいやから送られてくるこの短文が吉兆となるのか凶兆となるのか今の僕には分からないからあまり言及はしないでおこう。まあ、存在が広まってしまっているのは事実だろう。潰えたと言われる特別な家系。誰もが欲しがる"材料"。誰か1人でも気づいてしまえばあっという間に狩り人が増えるのだ。
そう。
僕には、僕の血一滴だけで国が一つ買えるくらいの価値がある。
***
「見たか?」
「ああ。眼の色が変わっていたが確かに幻の666番で間違いないだろう。魔力痕があの牢のモノと一致する。」
「しかし、backを連れて歩いているとはな。」
「そうだな。backの知能指数は生まれつき人間離れしている。もし仮にでも契約していたら、と考えるとゾッとするな。」
「あの魔力はとんでもない可能性を秘めている。彼奴の計画通りに取り込ませてしまうのは勿体ない。」
「それとなく懐柔するか?」
「まあ、暫く様子を見よう。見つけただけでも充分な結果だろう。」
「そうだな。我らの夢が叶う日もそう遠くない。」
「無論。ただ、あのbackの子ども……『冷酷ジェスター』じゃないだろうな…。いや、まさかな。心がないと謳われる陰の有名人がこんなところをほっつき歩いてるわけないか。いつも単独行動で高笑いながら社会的に人間を抹殺していくバケモノな上に獲物は報酬がエグい大物ばっかだからな。」
「さて、我は報告に行く。お前は?」
「俺もそーする。大罪人666番と面と向かって会うのが今から楽しみだ。」
いつも読んでくださる方々、誠にありがとうございます。今回伏線を引きましたがこれがどのように絡んでくるかお楽しみにお待ちください。




