scene:5 ハンマーリザード
仕留めたホーンラビットが変化した心臓石を拾い集めた後、釣りを始めた。釣果は上々で、アジを一六匹、四〇センチほどのメジナ三匹が釣れた。魚を捌き終わって帰ろうとした時、桟橋のある東側の森から鳥が一斉に飛び立った。
どうしたんだ? まさか、あいつが近付いている?
急いで大きな岩陰に隠れた。そこで様子を窺っていると、森からミノタウロスが出てきた。砂浜に出てきた牛頭は、何かを捜すようにうろつき廻った後、また森に戻って行った。
「あいつ、敵を探してうろついているのか?」
そうだとしたら、怖すぎる。俺の中でミノタウロスを倒すという選択肢はなかった。なぜなら倒せると思えないからだ。
釣った魚を持って防空壕に戻った。メジナ一匹と二匹のアジを焼き始める。塩を振っただけの簡単な料理だ。溜息が出そうになるが、贅沢を言える状況ではない。
焼いた魚を食べてから、残りを風通しが良い場所に干す。干すのに心臓石加工術で作った糸を使った。
その後は、投擲術の練習である。防空壕の近くで石を投げ続け投擲術のコツを身体に覚えさせる。そして、ホーンラビットを相手に実戦で試すということを繰り返した。
足の怪我が治ってからは、『斧術』の練習も始める。
助けが来ないまま一ヶ月が経過。ちなみに竹以外の材料で筏を作ろうとしたが、ダメだった。流木やプラスチックなどのゴミは、島の持ち主が綺麗に片付けたようだ。そして、鉈で木を切り倒そうとしたが無理だった。
やはり筏の材料は竹しかないようだ。
この一ヶ月で、俺のステータスは少しだけ上がっていた。
レベルは『02』から『05』に上がり、選択可能なスキルも『料理』『裁縫』『釣り』『気配察知』が増えた。俺は選択可能なスキルの中から、『精神耐性』『気配察知』を選んで取得した。
その時、一つの発見をした。頭に浮かび上がった選択スキルの一覧の中に、星印が付いているものがあったのだ。それが『気配察知』である。二つのスキルを取得した後にスキルポイントが四ポイント減っていた。
どうやら星印の付いたスキルは、取得ポイントが他より多く必要だったらしい。
俺は取得ポイントが全て『1』だと思っていた。しかし、違ったようだ。そうなると将来手に入れたいスキルが選択可能になった時、ポイントが足りずに取れないという状況もあり得る。
本当に必要なスキルだけを取得し、スキルポイントは溜めておく必要があるかもしれない。ということで、一ヶ月経過した今のステータスは、どうかというと。
【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】05
【筋力】19 【素早さ】15 【体力】16 【器用】16 【脳力】13 【超感覚】05
【スキルポイント】05 〔スキル選択〕
【アクティブスキル】『投擲術:3』『斧術:2』『心臓石加工術:2』『気配察知:1』
【パッシブスキル】『物理耐性:2』『毒耐性:2』『精神耐性:1』
※変化……筋力が+4、素早さ・体力・器用・超感覚が+3、脳力+2
伸びたスキルは、毎日のように練習した投擲術と斧術である。小石を投擲した時の威力は、一撃でホーンラビットを仕留められるほどになった。ただ、それ以上の威力を上げようとしてもダメなようだ。命中しても小石の方が砕けてしまうのである。
斧術は鉈を振るう動作が様になってきた程度で、もう少し練習が必要なようだ。心臓石加工術のスキルレベルが上がった時、糸や布の他に鉄のインゴットを作り出せるようになった。
ただ鉄のインゴットが、何の役に立つのか分からない。二〇〇グラムほどの鉄の延べ棒であり、武器にも道具にもならなかった。
その他に『物理耐性』と『毒耐性』のスキルレベルが上がっている。『物理耐性』はホーンラビットと戦ったことで鍛えられたのだろう。ただなぜ『毒耐性』のスキルが上がっているのかが分からない。毒のある食べ物を口にした覚えはなかったからだ。
新しく取得したスキル『気配察知』は、音や光、風などの変化を頭の中でレーダーのように処理できる能力だった。ただスキルレベル1では半径一〇メートルほどが探知範囲であり、あまり役には立たないようだ。
ステータスをチェックして、攻撃力不足だと思った。俺の攻撃スキルは『投擲術』と『斧術』である。しかし、手元に斧がないので、『斧術』のスキルを有効に使えているとは言えない。
そこで選択できるスキルの中で、攻撃に使えるスキルを探した。正体不明のスキルはあるが、攻撃スキルはない。
「この『小周天』というのだけが、正体不明だな。試してみるか」
俺は軽い気持ちで『小周天』を選択した。ところが、こいつはとんでもないものだった。このスキルを選んだ瞬間、身体の中が改造されるような激痛を味わった。
身体の中にもう一つ血管のようなものが張り巡らされたような苦痛で、死ぬかと思った。その後に小周天に関する知識が頭に流れ込んだ。
この小周天というのは、カンフー映画や武侠ドラマで出てくる気功に関係するもののようだ。脳に刻み込まれた知識が呼吸法や気を巡らす方法とかだったので間違いない。
俺は『小周天』というスキルを、使いたくないという気分になった。もし使って、あの激痛が襲ってきたら、精神的に耐えられない気がしたのである。
ステータスとスキルを確かめた俺は、自分の実力を確かめようと思った。もう一度ハンマーリザードに挑戦しようと考えたのだ。
竹林に向かう。途中でホーンラビットに遭遇したが、小石の投擲で問題なく仕留めた。竹林まで五メートルというところで、ハンマーリザードと遭遇した。
凶悪な尻尾を振り回しながら近付いてくる。―――うわー、怖えーっ。怪我をした時のことを思い出し恐怖が湧き起こる。鉈を左手で抜き、右手には小石を持つ。
まずは小石を投げてみた。かなりのスピードで飛んだ小石がハンマーリザードの頭に当たって砕ける。ほんの少しだけ大トカゲの歩みが止まったが、すぐに歩み始める。
「やはりダメか」
俺は鉈を右手に持ち替え構える。鋭い牙が並んだ口による噛み付き攻撃が襲ってきた。それを横に跳んで避ける。次の瞬間、ハンマーリザードの全身がクルッと回転した。尻尾による攻撃だ。
跳び上がって棘付き鉄球を躱す。着地した俺は、尻尾を踏みつけ固定してから鉈を振り下ろした。尻尾が半分ほど切れた。斧術のレベルが上がったため、威力も増したようだ。前回は鉈の刃が立たなかったが、今回はザクリと刃が食い込んだ。もう一度鉈を振り下ろし完全に切断した。
「ヨッシャー!」
歓声を上げた瞬間、ハンマーリザードが向きを変え襲いかかった。横に跳んで避け、敵の腹を蹴り上げる。大トカゲはひっくり返り腹を見せた。チャンスである。首を目掛けて鉈を振り下ろす。鉈が首に大きな傷を刻んだ。
二度、三度と鉈を振り下ろす。ハンマーリザードが動かなくなった。そして、粉々になって粒子に変わると凝結し心臓石となる。
ハンマーリザードの心臓石も黒い。ただホーンラビットのものより二倍ほど大きかった。
【『斧術』のスキルレベルが上がりました】
頭の中で正体不明の声が響いた。『斧術』のスキルレベルが3になったようだ。これで鉈の威力も上がるのだろうか。それだったら嬉しいのだが。
少し休んでから竹を二本切って、枝を払い防空壕に持ち帰った。
「何本くらいが必要かな?」
俺は竹を一〇本ほど集めることにした。どういう筏を作るか決めていなかったので、一〇本もあれば大丈夫だろうという大雑把な推測による本数である。
親からは計画性がないとよく言われていたが、俺は考えるより先に行動するタイプなのだ。それにテレビ番組で、芸人が筏を作って無人島から脱出するのを見たことがある。
サバイバルのプロでも職人でもない芸人が作れるのだから、俺にも作れるだろう。また竹林に向かう。竹に鉈を打ち付け切っていると、ハンマーリザードが現れた。
「またかよ。この島にはどんだけ化け物が居るんだ」
吐き捨てるように言った俺は、鉈を構える。このハンマーリザードは初めから尻尾を振り回してきた。その攻撃を避けながら、腹を蹴るチャンスを窺う。
尻尾の攻撃が命中しないのに苛立ったハンマーリザードが、噛み付き攻撃をしてきた。素早く避けて横に回り込み敵の腹を蹴り上げる。
大トカゲがひっくり返った。俺はチャンスだと思い首に鉈を叩き付けようとする。俺が鉈を振り上げた時、死角から尻尾の攻撃が襲ってきた。
この攻撃を『気配察知』のスキルが感知した。俺は無理やり身体を捻り、棘付き鉄球の攻撃を避ける。鼻先を棘付き鉄球が通り過ぎる。げげっ、危なーっ。もう少しで死ぬとこだった。
目標変更、先に尻尾を切断することにした。右足で尻尾を踏み付け、鉈を振り下ろす。尻尾を切断した後、ハンマーリザードにとどめを刺した。
「はあっ、尻尾があるうちは、油断できないな。これからは尻尾の切断を優先しよう」
噛み付き攻撃は正面から来るので躱しやすいが、尻尾の攻撃は死角から来ることもあるので厄介だ。俺は心臓石を拾い上げポケットに入れた。
竹を二本切り倒し、防空壕へ持って帰る途中に大きなネズミに遭遇した。猫ほどもあるネズミだ。
「こいつか、ミカさんが見たって騒いだのは」
異獣知識によれば、バッドラットという化け物らしい。
襲ってきた大ネズミを蹴り上げ、木の幹に叩き付けた。小石を拾って投げつける。それがバッドラットの頭を潰した。手応えのない相手だ。ただバッドラットの心臓石は赤かった。この心臓石は火の心臓石らしい。
心臓石から作り出せるものの中には、特定の属性を持つ心臓石からでしか作り出せないものがある。火の心臓石から作れるものに、防寒布がある。この防寒布は熱を遮断して逃さない機能があるらしい。
火の心臓石から普通の布も作れるのだが、防寒布を作ることもできるのだ。土の心臓石が手に入れば、防刃布も作れるようになる。
俺は防空壕の近くで筏を作る準備を始めた。実際の筏作りは砂浜で行うが、竹を同じ長さで切り揃えた筏の材料と竹製のオールも作った。
竹を繋ぎ合わせるのには、テントのロープを使うことにした。
筏の材料を砂浜に運んだ。ロープを使って筏を組んでいく。四割ほどが出来上がったので、少し休もうとした時、ミノタウロスの気配を察知した。
俺は筏を放り出し、防空壕の方へ大急ぎで逃げ出す。