表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/178

scene:34 農地調査

 人類がレベルシステムを手に入れてから、半年以上が経過した。多数の異獣を倒してレベルアップした俺は、個体レベルが『29』になっていた。


 人間の中でここまで個体レベルを上げられた者は、ほとんど居ないと思う。個体レベルは上がるに従い、中々レベルアップしなくなる。必要な経験値みたいなものが、多く必要になるようなのだ。

 俺が個体レベルを上げられたのは、手強かった樹人区と小鬼区の守護者二匹を倒したおかげだ。


 その日、俺とエレナは保育園の庭で話をしていた。

「コジローさん、選べるスキルに操術系のものが増えたんです。どれを選べばいいと思います?」


 保育園の保育士であり探索者でもあるエレナは、レベルアップして『操水術☆☆』と『操闇術☆☆』が選べるようになったらしい。


 『操水術』については詳しいことは分からない。だが、『操闇術』はスキルレベルがマックスになっているので、完全な知識があった。


 『操闇術』は【影空間】という能力が便利だ。心臓石から作ったシャドウバッグがあれば、影空間に荷物を収納できる。これは車などの運搬手段をなくした人々にとって非常に有益だった。


 それにスキルレベル4で使えるようになる【気配遮断】と【闇纏やみまとい】を使えば、敵を奇襲できるようになる。そればかりではなく、他にも役に立つ能力がある。


 スキルレベル5で使えるようになる【影渡り】だ。これは影の中に直線的な通路ようなものを造り、その通路を走って移動できる能力である。どんな地形でも影の通路は造れるので非常に便利だった。ただ影の中では呼吸ができないので長距離の移動はできない。


 『操闇術』は直接的に敵を攻撃する能力や技は少ないが、便利な能力が多い。俺は『操闇術』を勧めた。

「なるほど、【影空間】は便利ですもんね」

 エレナは『操闇術』を選択した。四〇リットルほどの収容能力があるシャドウバッグをプレゼントすると、エレナが喜んでくれた。


 子供たちの声が聞こえた。保育園の庭の一部を家庭菜園にして、水やりを行っているのだ。

 保育園で所有する農地は、吉野から譲られたビニールハウスと庭の一部を家庭菜園にしたものだけ。これだけの農地では、一年分の食料を確保するのは無理だ。


 季節は春になり、作物を育て始める時期になった。俺とエレナ、土居園長は、どうにかして農地を手に入れなければならないと話し合った。


「空き家になっている宅地を、農地にするのは時間がかかりそうなんだ」

 俺が言うと、二人も察したようだ。家を取り壊すことは簡単なのだが、家は鉄筋コンクリート製の土台の上に建っている。その土台を取り除くのが大変なのだ。


「困ったわね。どうしたらいいかしら?」

「俺は小鬼区の農地を使うことを考えている」

「でも、それだと探索者じゃない人は、その農地に行けないじゃないの?」


 俺はゴブリン護符について説明した。

「ゴブリンから襲われなくなる護符……それだったら、中園さんたちも農地に行ける?」

「他にもバッドラットなどが居るから、それくらいは倒せるようにならないとダメだけど」


 保育士である中園と石神の二人は、一匹の異獣も倒したことがない。なので、『毒耐性』のスキルを持っていなかった。土居園長は二人を説得して、『毒耐性』のスキルを得ることを同意させている。


 但し、医者の加藤が万一のために控えてくれるのなら、という条件付きであった。

 探索者のリーダーである武藤は、農地で働いている人々にも呼びかけて『毒耐性』のスキルを所有させることを勧めた。


 これにより保育園の二人の他に、十二人の人々が手を挙げた。

 その日、下条砦に行くと、初めて異獣を殺すことになる人々が緊張した面持ちで用意が終わるのを待っていた。用意とは、武藤たちが捕まえたバッドラットと除細動器の準備である。


「コジロー、お前も協力しているのか?」

 誰かと思えば、逃げ足の速い悪友の河井だ。

「ニゲカワ、お前も参加していたのか」


 ひょろりとした体格の河井は、ちょっと軽い感じのする青年だった。

「河井だ。そんなことより、自分の時は一緒に行ってくれないか。頼むよ」

「ビビっているのか?」


 河井が怒った顔をする。

「馬鹿を言うな。怖くはないけど、死ぬほど痛いって言うじゃないか」

「大丈夫だ。心臓に病気を持っていないんだろ」

「ないけど、痛いのは嫌いだ」

 まあ、そうだろう。好きなのはMの人だけである。


 用意が整い、中園が最初にバッドラットを殺した。痛みで悲鳴を上げる声が聞こえる。横を見ると、河井が耳を塞いでいた。


 河井の順番が来て、俺は一緒に砦の外へ出た。武藤が俺の顔を見て声を上げる。

「おや、どうしたんだ?」

「この河井は、俺の知り合いなんですよ」

「友人の河井道春です。気軽にミチハルと呼んでください」


「へえ、コジローの友達か。活きがいい奴を用意してやるよ」

 河井が複雑な表情を浮かべた。これから殺すのに、活きが良いのとは……とでも思っているのだろう。


 武藤が重そうな金槌を渡した。その目の前にバッドラットが入れられている麻袋が置かれている。

「さあ、思いっきり振り下ろせ」

 河井は少しためらってから金槌を振り下ろした。


 一撃でバッドラットが死に、麻袋の膨らみが消えた。バッドラットが心臓石に変わったのだ。

 次の瞬間、河井が倒れ苦しみ始めた。


 しばらくすると静になる。俺は枯れ枝を拾い上げ、その先端で河井の身体をツンツンと突いた。

「生きてるか?」

「……」


 もう一度枯れ枝でツンツンと突く。

「生きてるか?」

「生きてるに決まってるだろ。少しは心配しろよ」


 俺は河井を助け起こした。それからスキルの選び方を教える。河井は『毒耐性』『逃げ足』『投擲とうてき術』のスキルを選択したらしい。


「よし、これで自分も探索者だ。コジローのチームに入れてくれよ」

 俺は思わず渋い顔をする。

「何だよ。嫌なのか?」


 正直に言うと嫌だった。今さらド素人をチームに入れたくはなかったからだ。だが、河井は昔からしつこい性格なのを知っていた。俺が『うん』と言うまでしつこく言ってくるだろう。


「俺たちは危険な場所にも行くんだ。個体レベルの低いお前だと、危険なんだよ」

「だったら、小鬼区に行く時だけでも連れて行ってくれよ」


 俺は嫌々承諾した。河井がエレナに質問する。

「今日は、これからどうするんです?」

「小鬼区の調査に行きます」


 河井がニコッと笑った。

「もしかして、今日から付いてくる気なのか?」

「いいだろ。何事も初めてはあるんだ」


 全員の初回異獣討伐が終わった。誰も重大な危険には陥らなかった。やはり心臓などに持病を持つ者でないと大丈夫なようだ。スキルを手に入れた人々は、嬉しそうな顔をしている。やはり毒で死ぬ危険がなくなったのは、嬉しいらしい。


 今回は十数人だったが、この結果を聞いた人々は自分もと言い出すだろう。そして、半数以上が初回異獣討伐を終えたら、持病持ちと子供以外の全員が雪崩式に初回異獣討伐を希望するに違いない。


 それが他人と異なることを嫌う日本人の特質だからだ。まあ、中にはへそ曲がりも居るだろうから、最後まで初回異獣討伐をしないという人物も居るかもしれないが、それは個人の自由である。


 俺とエレナ、それに河井が小鬼区へ出た。小鬼区の調査というのは、小鬼区に残っている農地の調査である。小鬼区は住宅街だったので、ほとんど農地は残っていない。だが、全く残っていないわけではなく、宅地にするには不便な場所は農地として残っているのだ。


「へえー、農地を探しているんだ。見つけて耕すのか?」

「ああ、貴重な農地だからな。他の人には言うなよ。俺たちだけの秘密だからな」

「分かっているよ」


 俺とエレナは小鬼区の地図を調べて、農地がありそうな場所を調べていた。持っていた地図では農地なのか林なのか分からないので、チェックする必要があるのだ。


 候補は五箇所あった。南側から調べ始め、最初の二箇所は空振りだった。建設工事中の場所だったのだ。三箇所目は小さな農地になっていた。


 調査している間、偶にゴブリンと遭遇する。ゴブリン護符を持っている俺とエレナは、当然襲われない。つまり河井だけに襲いかかったのだ。


 河井は俺が貸した鋼鉄製戦棍を使って戦い、何とか倒した。

「何で自分だけ襲われるんだ?」

「一番弱いからじゃないか。戦えばレベルが上がるんだから、いいだろ」


 河井は納得できないという顔で戦い続けた。そのおかげで個体レベルが『03』まで上がったようだ。

「それより、ここの農地は確保だな」

「広さは一〇アールほどですね。ジャガイモとか栽培するのがいいかも」


 一アールは縦横一〇メートルの広さなので、一〇アールは大体一(たん)という広さになる。昔は一反の農地があれば、一家族が生活できると言われたらしい。


 四箇所目は空振りだった。農地ではなく竹林だったのだ。最後の場所は、小さな山の上である。

「はあはあ、まだ登るのか?」

 河井が情けない声を上げた。


「もうちょっとだ。頑張れ」

 俺とエレナは平気な顔をして登っている。エレナも個体レベルが『10』以上になり、平均的な人の倍以上もタフになっているのだ。


 山道を登り切った場所は、平らな畑になっていた。広さは一五〇アールほどだろう。

「やったぜ、大発見だ。ここを使えば、保育園の食料問題は解決する」


 俺は喜んだ。だが、これだけの広さを三人で管理するのは大変だ。農業に専念するなら可能だろうが、探索者を続けながら兼業で農業を行うつもりなので、武藤たちの助けを借りなければならないだろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ