力の一端
ゼルシオが光を放つ。
そして彼は高揚する。
力を使うのは、数百年以来だった。
「クソッ!なんだよ!」
「何も見えねェ…!」
視界が白く塗り潰され、男達はひどく動揺していた。
発光源はゼルシオだった。太陽と見紛うほどの光を放ち、それは持ち主さえも動けなくした。
《さて、久しぶりに俺の声を、不特定多数に聞かせている訳だが…》
「誰だ!?」
「何処だァ!?」
どこからともなく聞こえる声に、男達は焦りを隠せずにいた。魔法で脳内に語りかけているために、方向など分かるはずもなく、いたずらに不安だけを募らせた。
「焦るな。所詮はガキの思いつくハッタリだ」
オヤジさんは、咄嗟に光を見ないようにしたのか、かなり落ち着いている様子だった。
《果たしてそうかな?ここに入った時から、魔力を放って威圧してるつもりだったが…この時代の人間は、全員が魔力を感じ取れるわけではないようだな。まるで効果が無かった》
「まさかこの声が魔法とでも?」
《その通り。さて、どんな魔法が見たい?お望みの物を見せてやろう》
ただでさえ嘘臭い挑発に挑発を重ね、あえて相手に余裕を持たせていく。ゼルシオは、魔法を知らない相手には、これが有効なのだという事を知っていた。
見えない視界の中で、俺自身の不安も大きくなっている。本当に大丈夫なのだろうか?
《黙って聞いてろ。視界が戻る頃には終わってるさ》
「ほう?随分と余裕じゃないか」
《お前ら如きの戦力は羽虫に等しいからな》
「そこまで言うなら見せてもらおうか、魔法とやらを……そうだな、上級魔道士でも扱いの難しいとされる、二重魔法でも見せてくれたら信じてやらんこともないな!」
ゼルシオは妙に間を持たせて、質問をした。
《…二重だけでいいのか?》
「…『だけ』、だと?」
《そんな低級魔法が、今や上級魔法とはな。すっかり魔法は廃れちまったらしい》
「そこまで言うなら見せてみろ…無理だろうがな」
あからさまな嘲笑を受けている。たとえ顔が見えなくとも、オヤジさんが呆れているのが分かる。
ゼルシオは、自分を伝説上の存在かのように語っていた。その実力を目の当たりにするいい機会だ…と思ったが、ゼルシオのせいで今は目が効かない。
《今から結構スゴいことするからな。うっかり相手の体もぶっ飛ばしかねないことも考えたら、お前にこういうのを見せるのはまだ早い、と思ってな》
「随分と手の込んだ芝居だな。さあ、二重魔法を使えるものなら使ってみろ!」
《はいはい、今見せるから待ってろって》
ゼルシオがそう言うと、握っている手には内側から圧が掛かり、体から何かが吸い込まれていく感覚があった。
何かをしようとしていることだけは分かるが、何が起こるのか、検討はつかない。
《良いようで悪いような事なんだが、お前と思ったより魔力の周波数が噛み合ってる。あんまり威力を抑えられんかもしれん…》
「おい、大丈夫なんだろうな!?」
『魔力の周波数』というのはよく分からないが、大事になるのは、なんとなく困る気がする。
《お前の魔力を借りれば、と言うか今現在借りてるが、六重ぐらいなら簡単に出来そうだ。やるか?》
六重魔法が実在するのか怪しいが…この状況を何とかできるのはお前だけだ。任せよう。
《よし分かった!数百年ぶりの攻撃型六重魔法だ!殺さねぇように当ててやるから安心しろ!》
ゼルシオは明らかに興奮している。さっきよりも手に掛かる圧は強くなっていて、握っているのが大変になってきていた。
必死で握っているのを気にする様子もなく、ゼルシオは興奮しながら六重魔法を構築している。
独り言のような声が聞こえるが、時間が掛かりすぎじゃないだろうか。
《今回お前らにぶっ放すのは、一番簡単な六重魔法でお馴染みの六元混合構築式だ!》
エルシオにはお馴染みで簡単と言えども、この時代の人間なら誰も知らないだろう。
「嘘くせぇ野郎だ、さっさとやってみろ!」
「「そうだそうだァ!」」
《ええい!何百年とやってない魔法式の構築が遅くたって文句なんか言うんじゃねぇ!》
相手が相手なら、もう俺は死んでいてもおかしくない。間抜けで助かった。
《…それもそうか、じゃあこんなもんで止めておこう》
「どんなもんだろうなぁ?期待外れじゃないといいがな!」
「「さっさと見せろ!」」
悪党はまるっきりエルシオのことを信じてはいないようだ。俺達にとってはかえって好都合なのだが、本当に六重魔法という規格外の魔法が使えるのか、という点については、疑わざるを得なかった。
《さて、持ち主様からご指摘があったため、六元混合型重複魔法式の中でも、1番簡単なやつにしておいた。まあそれでも、単元魔法よりは圧倒的に強いぜ。》
「こっちは随分と待たされたんだ!それは大層な物を見せてくれるんだろうな?」
《この時代なら何やっても驚かれそうだが…まあいい。目ん玉ひん剥いてよォく見やがれ!》
そう言うと、エルシオから伝わる力がふっ、と消えた。すると、今度は視界どころか、音さえ無くなった。
体が吹き飛ぶ感覚があった。故郷で馬に振り落とされた時と似たような感覚だった。
今回の物はそれより何倍も強かったが、確かに似ていた。
意識が戻った時には、外に放り出されていた。
目の前のクレオは跡形も無くなっていて、周りにオヤジさんと2人組が倒れていた。
それを見て、エルシオが彼らに直接の危害を加えなかったことを理解した。
もうすっかり夜であるにも関わらず、周りには人集りが出来ていて、かなり騒がしくなっていた。
(おう、起きたか)
頭が痛いが、とりあえず説明が欲しい。
(よし、俺の丁寧な解説で…)
そのくだりは要らない。
(…六重魔法を撃ったら思いのほか威力が出て、周りも…ちょっと…吹き飛んだ…)
「ちょっと…?」
周りを見てみると、隣の家屋の壁がない。まあ、偉大な魔族と言っていたから、この程度では「ちょっと」なのかもしれない。そうであって欲しくはないが。
(すまんな、ついはしゃぎすぎた)
謝られたところで何も起きやしないだろう。
「あーもう!どうにでもなれ!俺にはどうする事も出来ない!」
と、叫んで、地面に仰向けになり、事が運ぶのを待っていると、聖騎士団の一行が現れた。
仰々しく旗まで掲げている所を見ると、かなりの大事だ。
「そこのお前!動くんじゃないぞ!武器も捨てろ!」
「寝っ転がった状態でどうやって捨てるんだよ…」
(屁理屈を言う余裕はあるらしいな)
どうでもいい会話をしているうちにも、一行は近付いてくる。
「抵抗はするな!拘束する!」
(大人しくしとけよ。何されるか分からんぞ)
言われるがままに拘束されていると、一行の奥から、階級の高そうな人物が現れた。髭がよく似合っている、精悍な顔付きの中年男性といった感じで、胸には金と赤の糸で装飾を編んだ、勲章のような物が提げられている。
「いきなりの拘束の無礼は詫びる。簡単な状況の説明だけしておこう。」
勲章を付けた騎士がそう言って、後ろへ一瞥を送ると、部下らしき男が前に出て口を開いた。
「我ら聖騎士団が抱える魔導師が、この辺りで強大な魔力反応を検知した、と言うのだ。状況を見ても容疑者が不明だという事で、この場にいる全員を連行させてもらう。意識があるのはお前だけのようだな…よし、連れて行け!意識の無い者は慎重に運ぶのだ!」
(こりゃまた、めんどくさい事になったな)
手足を拘束され、目隠しも付けられ、どこかに向かって歩かされることになった。牢獄か?それとも聖騎士団の支部か?もしかすると、ギルドだろうか?
果たしてどこへ行くのだろうか。
遮られた視界の中では、何を考えても無意味だった。
二重魔法というのは、それぞれ別々の魔法と魔法を掛け合わせるものです。
六重では六つも違う魔法を掛け合わせるので、二重魔法と二重魔法と二重魔法を、掛け合わせることになります。
数字は三倍ですが、難易度はそうは行きません。そういうレベルのものです。
補足でした。




