活気
喋る剣による過酷な訓練。
カイはとにかく、がむしゃらだった。
無茶な鍛錬が始まって5日が経った。
筋肉痛の嵐に見舞われ、剣…ゼルシオを持ち上げるのもやっとな状態で、今日も素振り一万回からこなしている。
(まだ半分も行ってないぞー。拍を崩すなよー)
気の抜けた声で指導が入る。振るのさえ結構辛いのに、一定の速度で振らなければならない。しかもゼルシオは普通の剣より重いのだ。
声にならない声を出しながら、俺の鍛錬は続いた。
(よし、今日の分は終わったな)
「お前…ちょっと…厳しす…すぎないか…」
(仕方ない。今日から二日は休め。依頼も受けるなよ?)
「分かった…とにかく…休ませて、くれ」
まだ夕食も済ませないうちに、倒れるように眠った。とにかく眠った。自分が声を出して話している事には、全く気付かなかった。
起きたのは翌日の昼前だった。宿の店主が心配して、起こしに来たらしかった。
昨日の夕食と、今日の朝食も摂っておらず、昼食だけでは足りなかった。
「チクショー、腹減ったな…」
(ここ最近鍛錬で宿に篭りっきりだったろ。外に出て飯でも食えばいいじゃないか)
確かに。たまにはいい事を言うらしい。
という訳で、街へと繰り出してきた。
こんな機会でもなければ、普段は顔を見られたくないため外には出ない。宿の主人も大層驚いていた。
「飯屋か…何年か行ってないな…」
(そんな貧相な暮らしでよく生きてたな、お前)
貧相で悪かったな。階級が低いから報酬も少ないんだ。
(何はともあれ、外食できる生活にしてやった俺に感謝するんだな)
感謝ならしてるさ。鬱陶しいヤツを助けたせいで、気持ち半分、形半分だが。
取り留めのない話をしながら、この街に来て間もない頃、よく通っていた店へ向かった。
少しだけ古びた看板には、洒落た字体で「クレオ」と書かれている。
扉を開けると、気持ちのいい鐘の音が鳴る。それが懐かしい音だと思うほど、長らくここに来ていなかった。
("クレオ"か…いい店だ)
以前と変わらず、飯時は多くの客で賑わっている。
「いらっしゃい!」
軽く会釈をして、店主の声に応えた。もう何年も来ていないので、忘れられているだろうと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
「おお?兄ちゃん久しぶりだな!顔を出さなくなった時ゃ心配したぜ!ほら、座んなよ!」
と、まくし立てられるままに席に座らされた。出している料理に変わりはないようで、馴染みの料理も残っていた。
「いつものだろ?すぐ作ってやるよ!ちょっと待ってな!」
と、俺が声を発することも無いまま奥へ行ってしまった。相変わらず嵐のような、太陽のような、眩しい笑顔と大きすぎる声だ。
(俺が昔仲良くしてたヤツに似てるな。ああいう人間は嫌いじゃないぜ)
誰にでも優しく、明るい人。とてもいい人なのだ。
(こういうヤツとは、何があっても関わりを断っちゃいけないぜ。損得勘定じゃなく、お前自身の心のために)
ここへ来れなくなった時、とても辛い思いをした。二度とあんな思いだけはしたくない。
(金欠か?)
その通り。空腹感と、罪悪感でいっぱいだった。
「よーし!お待ちどうさん!今日は再会の記念だ、超大盛りだぜ!」
「ありがとう、オヤジさん」
「いいってことよ!久しぶりにお前の顔が見れて、俺ァ心底安心したんだ…」
「金が無くってさ…生活が厳しくて、来れなかったんだ」
「んなもん、稼いできた時に払えばいいんだよ。ウチはツケ払いでもいいんだぞ?」
『おやっさん!酒二杯くれ!』
「あいよ!ちょっと待ってな!」
会話の途中だが、あくまで店だ。酒を取りに再び奥へ消えていく。
「ツケ払いできる余裕があったら良かったんだけどな…」
(そんなにデカい度胸も財布もなかったってか)
以前より味付けに繊細さが増して、料理の腕を上げているのが分かる。
(お前…間違えて声に出したな?)
誤魔化しても、ゼルシオにはすぐ分かるようだ。
超大盛り飯を食べ終わり、会計を済ませると、店主に呼び止められた。
「積もる話もあるんだろ?今日の七度目の鐘が鳴ったらまた来な。話し相手になるからさ」
「え、いいんですか?」
「おう、じゃあ待ってるぜ!」
(…何事もないといいが)
どういう事だ?
(いいや、なんでもない)
店主に見送られながら店を後にして、七度目の鐘までは時間が有り余っていたので、少し遠くの武具店に足を運ぶことにした。
「聞いた限り、いい感じの距離だな」
(なんか買う物でもあるのか?)
「お前の代わりになる剣と、今までのよりちょっと重くて頑丈な防具だな」
(防具は分かるが、なんで俺の代わりがいるんだよ)
「お前が多少なりとも派手だからだ」
(そんなに派手かなァ…)
「派手だと誰かに見られた時に困るだろ」
(まあ、それはそうだな。ところで…普通に声出して会話してて大丈夫か?)
「大丈夫さ、街の喧騒で大して目立っちゃいない」
(どうだか…)
組合での冷たい視線に慣れすぎて、少し見られるぐらいでは全く気にしないだけなのだが。
街の人々に道を聞きながら、武具店へと向かった。
カイの生活水準は結構低いです。弱いので。




