到着
宝を持って貰いながら、カイは明日からの予定を立てていた。
それが崩れてしまうことも知らずに。
カイは、エリストルの壁門の前にいた。
高くそびえるその壁には、四方に門が存在する。
そのうちの一つは、警備が薄い事で知られていて、壁の補修も荒く、隠れて入るならこの門、という訳だ。
門から少し離れた所に、屈めば入れるような穴が空いている。
不法出入国を許している、という事になるのだが、これを利用する多くは冒険者である為に、黙認されていた。
というのも、冒険者がこの国の聖騎士団にとって最大の下請けだからである。
このカイ=ステイルスも、こうして不正に出入国を何度か行っている一人だった。
今の彼は、大量の金銀財宝を持っている。
つまる所、誰にも見つかる訳には行かなかった。
「(ふう...何とか入れたな)」
(オイオイ、こんな場所がある国なのか?)
「(門の近くは詰所と農村ばかりだからな...ザルなんだよ)」
(この時代にも辺境伯が居るとしたら、相当な怠け者だな)
農村地域を突っ切り、市街地まで一直線に向かう。
その間に、深夜の時鐘が一度鳴っていた。
「急がないと夜が明けるな...」
慎重に、かつ出来るだけ早く市街地へと向かって行く一人の影を、誰も見ていなかった。
市街地に辿り着くなり、裏路地へと入って行く。
右、右、左、右、左、右、左、左...と曲がり、妙に開けた場所に出ると、そこにカイの言う「ワケありの店」が、煌々と店の前を照らしながら佇んでいた。
「よし、着いたぞ」
(...!これは...凄いな)
「(一体何の話だ?)」
(いや、何でもない)
「(...そうか)」
真っ暗な裏路地に突然現れたこの空間に、ゼルシオは困惑した。
単純な驚きではなく、もっと別の要因があった。
が、今は急を要する事態なので、特に触れる事は無かった。
「失礼しまーす」
(そんな雑な感じでいいのか...)
店の奥から主人が現れる。
老人男性で、小綺麗な格好をしていた。
「おや、またやって来ましたか」
「何日かぶりですね。でも、今日はいい物があるんだ」
(どこまで金に困ってんだか)
ここに入る前に、事前に袋詰めにしていた財宝を差し出す。
店主は、明らかに驚いた。
「こんな物を一体どこで...いや、私がそれを聞くのは野暮でしょうな」
「いつも悪いですね。多少安くてもいいから、いい感じの値段を付けて欲しい。あと、急いで」
「ふむ...この質...重量...素晴らしい...」
店主はいつの間にか手袋をはめ、慎重に手に取って財宝を眺めている。
「芸術的価値もさることながら、歴史的価値の高い物しかありませんな。ますます、出処が知りたい所です」
「いや...俺もよく分からないんだ。いつの物とか、どこで作られたとか、なんにも」
「左様ですか...さて、こちらの品々、全て引っ括めて...」
「...」
「白金貨三枚で買わせて頂きます」
「さ、三枚!?」
意味の分からない金額を提示されて、頭が回らなくなった。
冒険者を続ける必要が無いどころか、遊んで暮らしても余裕が生まれるぐらいには、高すぎる額だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな大金貰えないぞ?」
「高い事はありません。適正な価格で取引させて頂いて、この値段が妥当かと...」
「本当にいいのか?店は大丈夫なのか?」
「問題ありません。私の店は、この国の政治資金と聖騎士団の運用資金を合わせた額を凌駕する程の財力を有しておりますので」
(ただの店じゃない、って訳だな)
「...分かった。有難く頂くよ。出来れば、一枚は崩して持っておきたい。金貨と銀貨に変えてくれ 」
「かしこまりました。直ぐにご用意致します」
「(一体どうなってんだ?こんな上手い話があるのかよ)」
カイは、聞いた事も無い金額を一人で手にする事、それが直ぐに出せる店である事、その他諸々、驚きの連続で困惑していた。
「お客様、こちらが白金貨二枚と、金貨四十五枚、残りは全て銀貨にさせて頂いた物です。どれも本物ですので、ご心配なく...」
「あ、ああ...ありがとう。じゃあ、また」
「またの御来店、お待ちしております」
店を後にして、再び門の外へ向かう。
鐘がまた一度、これで恐らく三度目の鐘だろう。
もうすぐ夜明けが訪れてしまう。
そうなれば、カイはたちまち犯罪者だ。
不法侵入をしている以上な、既にそうなのだが。
「ゼッ...ハァッ...オエッ」
(おいおい、このぐらいで疲れるなよ)
「長い距離...走る事なんて...滅多にない...ゲホッ!」
(遠くに門が見えてるぞ、周りも明るくなり始めたがな)
夜が明ければ、詰所の警備は多少厚くなる。
そうなればあの穴から出る事は出来ないし、誰にも見つからないように、一日待つ事になってしまう。
そして、もう一度鐘が鳴った。
胃液が喉の上まで来ているのを無理矢理飲み込んで、死力を尽くして駆け抜ける。
倒れ込むように穴へと飛び込み、門の外へ出た。
「ハァ...ハァ...うっぷ」
息が切れたまま、仰向けになっていた。
焦りや恐怖は、疲れをも勝る物だ。
カイはこの日、身をもって痛感した。
その後、正式な手続きを経て外壁の中へ入り直した。
宿に着いた頃はまだ夕方だったので、組合へ顔を出しに行く事にした。
大扉の軋む音。俺を見て冷ややかな目を送る者。いつもの光景だ…
(なんだなんだ、随分嫌われてるなぁ)
(五年かかって一回しか昇級してないからな…)
(それは…ご愁傷様)
そんな念話をしながら受付へ向かう。
「生きてらしたんですね」
「はは…まあね」
「カイさんは「青銅」なので、今回の報酬は銀貨十枚です」
『お前にはもったいねぇぐれぇだな!』
野次が飛ぶ。「鉄」の冒険者だった。
周りもそれに同調してか、施設内の喧騒は増していく。
「…早く受け取って帰ってくださいね」
「わかったよ…」
はした金を持って、組合を後にした。
白金貨三枚も手に入れたのだから、少ない報酬と野次に心が痛むはずもないのだが、それでも俺の心は痛んだ。
宿への足取りは、いつも通り重かった。
「…カイが来てたのか」
「組合長。…ええ、ちゃんと来ましたよ」
「死んでないようで何よりだ」
「どうして?」
「気をかけるのかって?」
「ええ、ただのダメ冒険者じゃないですか」
「…死んだ息子に似てるんだ。それだけだ」
「随分女々しい理由ですね」
「子どもを失えば、こういう心境も分かるかもな…」
「分かりたくもありません。私の子供には、危険な目に会わせたくはありませんから」
「お前は愛想がないなぁ…ウチの看板娘なのに…」
「余計なお世話です」
施設内の喧騒の中、二人は静かな会話をした。
そして、受付が冷たい態度を取っているのはカイだけではないという事を、当の本人は知る由もない。
宿へ再び戻ってきた。早めに夕食を済ませて部屋へ入り、宿代で減った報酬を机に乱雑に放った。
「…はぁ」
(やけに疲れてるな。そんなにあの場所が嫌いか?)
組合の連中が苦手なのだ。妙に自尊心が高く、排他的な思想…彼らとは色々あったのだ。
(なるほど。ま、俺を使えば階級なんてあっという間に上がるさ…)
他人の力に頼って戦うのは好きじゃない。それは自分が追い求めたい強さとは違うのだ。
(お前かなりめんどくさいヤツだな…そう言ってる割にはあんまり基礎鍛錬すらやってなさそうだが?)
鍛錬自体は続けているのだが、なにぶん効果が現れた試しがない。
(量がお前の体に合ってないんだろ。どれくらいやってる?)
1日かけて剣の素振りを1000回、他にも筋力鍛錬を1000回ずつやっているが、あまり効果がない。
(それだけやってなんで弱いんだよ…まさか、お前1個やったら休憩挟んでたり…しないよな?)
それがダメなのだろうか?
(そんなもんはダメもダメ、大ダメだ!怠けやがって…内容十倍で毎日やらせてやる。覚悟しろよ)
「…マジか」
地獄の日々の幕開けだった。
文章追加版です。




