昇級へ
カイは「鉄」への昇級のため、組合へと足を運んだ。
その自信が確かな物と信じて、歩みを進めた。
かれこれ、冒険者組合に来るのは二ヶ月ぶりだった。
俺の姿を見た冒険者達は、驚きの表情を隠せずにいた。
アインスさんから聞いた話では、既に支部長には事情が伝わっているはずなのだが、どうやらその支部長から告知は行われなかったらしい。
この中央支部の冒険者達は、聖騎士団第一師団長が「青銅」の冒険者の面倒をほぼ直接的に見ていたのだ、という話を信じる様な面々では無いのだ。
まるで階級の高い冒険者を見る時の様な、稀有な物を見る視線が体に刺さる。
蔑む様な目を向ける者もいたが、彼らは「鉄」だ。
いずれ越えていかねばならない相手に尻込みしてしまう様な、弱々しい自分はもういなかった。
ゼルシオによる鍛錬の日々は、自分の心に自信を持たせてくれていた。
受付へと向かい、「鉄」の昇級任務を探す。
中央支部は、「鉄」を厚く抱える支部なので、昇級任務もそれだけ多く舞い込んでくる。
…だが、運がいいのか悪いのか、張り出されていた任務は「緑飛竜」と呼ばれる魔物の討伐任務だけだった。
緑飛竜とは、主に森に住む飛竜の事を指す。
保護色として、体色が深緑色になっている事が名前の由来だ。
緑飛竜は、他の飛竜と違って群の単位が大きくなる特性がある。
森林帯に棲む生物や魔物は、一体で強力な種か、群が大きな種が殆どである為、それに対抗して群が大きくなると言われている。
つまり、今回の俺の様に単独行動で討伐するのはかなり難しい。
普通の昇級任務の様な小規模隊ではまず敵わないので、数ヶ月前の俺ならやり過ごしていた任務だろう。
しかし、今の俺には魔法を扱うだけの体力がある。
一体だけ討伐するのは難しいだろうが、なんなら魔法で数体落としてしまえばいいだろう。
(そんなに上手くいくといいがな)
任務の張り紙を剥がし、人数欄には「一人」と書き記した。
受付は、いつもの冷ややかな表情では無く、驚きの表情を見せていた。
「本当に一人で行かれるのですか?」
「ああ。近いうちに『銅』にまで上がらないと行けないから、これぐらい一人でこなせなきゃな」
と言うと、案の定笑いが巻き起こる。
「青銅」なので仕方ないのだが。
「お前な、久しぶりに顔出したと思ったら緑飛竜を一人でなんてよ…おかしくって酒吹いちまったぜ」
「…やらなきゃいけないからやるだけなんだ。こんな序盤の通過点には、いちいち立ち止まって居られなくなったのさ」
「お前!『青銅』ごときが何を…」
「やめろ。結果は見るまで分からなそうだ」
「で、でも…」
「いいから黙ってろ」
一人の「鉄」の冒険者の意外な態度に、俺も周りも、静寂に包まれていた。
「ありがとう、ございます」
「そう堅苦しくならなくてもいいだろ。お前の顔付きが、以前とまるで違うからな。野次を飛ばすのは野暮ってもんだ」
(優しい奴も居るもんなんだな)
受注を済ませ、陸竜の到着を待つ事になった。
それなりに遠い場所なので、程度のいい陸竜が必要になったのだ。
陸竜が居ないのは、この任務を誰も受けなかったという事だろう。
確かに、報酬が少な過ぎるとは思う。
一匹に銀貨一枚、これでは誰も寄り付かない。
誰がこの額面を考えたのか、その顔を見てみたいものだ。
一人座って待っていると、先程の冒険者が向かいに座った。
お供は連れていない様だ。
「お前、一体何があったらそんなに変わる?あの見るからに自信の無い顔をしてた奴と同じ人間とは、到底思えねぇな」
「色々あったんだ。言えない事ばっかりだけどさ」
「お前なりに修羅場を潜って来たんだな」
「そんな物騒な物でも…いや、あるな…あの時は殺されるかと思ったし…」
「…なぁ、お前の任務に俺も同行していいか?」
「え?でも、アンタ『鉄』だろ?来る必要は…」
「曲がりなりにも熟練と言われる身だ。新しく上がって来る奴の心配を、しない訳では無い」
「まあ、いいんだけどさ。人が多ければ心強いからな」
「以前のお前なら、きっと断ってただろうな」
「ハハ…きっとそうだ」
そんな訳で、『鉄』に身を置く熟練冒険者である─「ライアック」と共に、任務へ向かう事になったのだ。
陸竜が到着する前に、人数変更の手続きを行った。
二人で向かう事になったが、到着した陸竜が思いのほか大きいので、そちらの変更は無かったようだ。
鉄級以上になると、任務の現場が遠くなりがちだ。
その際、質のいい陸竜を使う必要があるのだが、そういう陸竜は大抵の店では卸さない。
わざわざ借りに行く必要があるので、そのおかげで人数変更が間に合ったのだ。
「よし、行こう!」
「ああ」
二人で陸竜車へと乗り込んだ。
お共達は、最後まで不安そうな顔をしていた。
陸竜が引く車が、ゆっくりと歩き出した。
「一応言っておくが、無理はするなよ」
「こう言う時に無理をしない為の無理をして来たんだ。ぶっ倒れる事は無いさ」
「フッ、そこまで言っていると楽しみになって来るな」
「一人で討伐する為の特訓をしたからな。心の余裕も出来るってもんだよ」
「飛竜を一人で…?そんな事が可能なのか?」
「さあ…ただ、これなら行ける、って感触はあった」
「まあ、俺がいる以上は、死なせはしないさ」
「お言葉に甘えて、背中は任せようかな」
「その程度、幾らでもやってやるさ」
二人を乗せた陸竜車は、森の中へと入って行く。
少し開けた場所に、野営地を設営した。
最悪長引いても、ここに戻って来ればいいと言う事だ。
「さて、準備はいいか?」
「ああ、ばっちりだ!」
「よし、着いてこい。奴らの住処はいつも同じ様な場所だ…俺が先導する」
「分かった」
そうして、森の中へと歩き出した。
辺りを見回すと、ところどころ、人の手によって傷付けられた木々がある。
ライアックによるものらしく、緑飛竜の住処への道標の様だった。
「よし、着いたぞ。あそこだ」
そう言われて指差す方を見ると、確かに緑飛竜がいた。
「群れが少し大きいな…軽く見積って二十はいる。何体か誘導した方が良さそうだ」
「いや、いいよ。一人で行ってくる」
「何?背中を任せると言ったのはお前だぞ!」
「ああ、別の魔物が来てたら追っ払ってくれ。緑飛竜は俺がやるから」
「さすがに自惚れ過ぎだ。一旦頭を冷やせ!」
「こんな事言うのも何だけど、鉄級の魔物如きに手こずる事は出来ないんだ。魔法だって使えるようになったんだからさ、信じて見守っててくれよ」
「剣士のお前が魔法だと?…もういい、好きにしろ」
あまりにも突拍子も無い事を言い過ぎたかもしれないが、これぐらい出来なくては、ゼルシオの持ち主として相応しく無い。
少しずつ、飛竜達の住処へ歩み寄って行く。
その足取りは、過去の自分にとっては、嘘のように軽かった。
「じゃあ、この辺りで待っててくれ」
「危険だと思ったら加勢する。もう一度言っておく、無理はするな」
「信用ならないかもしれないけど…任せてくれよ」
「お前のやりたい事は尊重してやるが、正気とは思えんな…」
やはり、つい最近まで『青銅』でも底辺だった為か、まるで信用されていない様だ。
仕方ない事だが、そこまで気にする様な事でも無かった。
「さてと、アイツが見張りだな。手始めに、魔法で一体仕留めるか」
足元にあった手頃な大きさの石を拾い上げ、古代言語を詠唱する。
「『風』!『岩』!『吹き飛べ』!」
「ゴゲッ…」
一体の頭が砕け散る。
当然、周りに大勢集まって来たが…森の中で戦えば楽になる。
「一体ずつ、確実に仕留める!」
(ここからが本番だぞォ)
「うおっ、びっくりした。寝てるのかと思ってた」
(そりゃ起きてるさ。しかし、止まっているとは言え、しっかり頭の骨を砕くとは…成果は上々だな)
森の中へと駆け込んで行くと、後ろで待っていたライアックが叫んでいた。
「お前なんて事を!纏めてやってしまえばいい物を、何故?」
「まあ見ててくれって。森の中なら、数の有利は無いような物…だそうだ」
「俺も着いて行く!あまり遠くへ行くんじゃない!」
「心配要らない!一度に多くは相手しないからな!」
「ちょっと待て…待てよ…ど、どういう事だ…?」
ライアックは、すっかり置いて行かれてしまった。
「さてと…この辺が良さそうだな」
(集まってるなァ…十はこっちに来てる)
「全部やれるかな?」
(そればっかりは、お前次第だろうなァ)
緑飛竜は賢いが…それは人間ほどでは無い。
こう言った状況になると、一体ずつの波状攻撃で被害を抑えつつ戦う習性があるらしい。
そうなれば勝ち目しかない。
それを狙って、見張りを先に仕留めたのだ。
「さーて、来い来い…!」
(頑張れよォ)
「ギャーッ!」
威嚇と共に、一体が仕掛けて来た!
だが、その動きは直線的で…今の俺にとっては、只々魔法の的だ。
「『風』!『岩』!『吹き飛べ』!」
また一つの石塊を飛ばすと、それは翼に当たって、そのまま墜落した。
「これで、二体目!」
「ギャッ…」
二体目は、首を落とした。
木々の枝が折れる音に振り返ると、三体目は目の前に迫っていた。
「間に合えっ!」
縦に一振り、重い感触を押し退けた。
声を出す事も無く、飛竜は頭から真っ二つになった。
そしてまた一体、二体と死骸の数を増やしていく。
七、八は切り落とした時だった。
まだ上に居た飛竜の甲高い声が聞こえると、遠くへ飛んで行ったのが見えた。
群れが集まって飛んで行き、やがて黒い点の集まりになった。
飛竜達は、この住処を諦めた様だ。
「終わった…かな?」
(辺りにはもういねェ。間違い無く、お前が勝ったな)
「ふぅ、どうなる事かと思ったぜ」
(全くだ。奴らが慎重な群れじゃ無かったら、お前は死んでたかもしれんぞ)
「もし全部が一度に来てたと思うと、危ないなんてもんじゃ無かったなぁ…」
(まあ、一先ず昇級だな。めでたい事だ)
「そうだな。ようやく『鉄』になれたんだ…」
(感傷に浸ってる暇は無いぜ。これからは任務と鍛錬の繰り返しだ。さっさと『銅』に上がるんだ、これぐらい着いてこれるだろ?)
「当たり前だ。まあ…一年以内には上がれるといいけど」
(そんな短い間隔で上がれたら、記録に残るんじゃねェか?)
「そんな事は無いぞ。唯一現役の『白金』の冒険者は、半年毎に上がって行ったんだからな」
(随分と早いんだな。ところで、『白金』はどれくらい強いんだ?)
「聖騎士団長並には強いって言われてるぞ。要するに、一人で一国を支えられるレベルだな」
(そいつはすげェ。アインスよりは強いって事だな)
「当てつけみたいな言い方してるのは癪に障るけど…そういう事だ」
談笑していると、アイラックが駆け寄って来た。
「おい!大丈夫…か…」
「ああ、何とかなったぜ」
「お前、これを一人で…?」
「ああ。危なかったけど、一人でやれたよ」
「凄いじゃないか!これなら今すぐにでも『銅』への昇級任務を受けるべきだ!」
「…そんなにか?」
「そんなにだ!組合へ戻ったら、俺が推薦状を書いてやる!そうとなったら、さっさと討伐の証明になる物を集めるぞ!急げ!」
「ああ、分かった…」
(お前よりもはしゃいじゃって、まァ…)
「(俺も困ってるよ…)」
討伐の証明の際は、基本的に討伐した魔物の頭部を持ち帰る事になる。
数えて七体分の頭部を袋詰めにして、急いで陸竜車へと乗り込んだ。
ここからが、俺の新たな人生の始まりだった。
カイは体力だけなら銀級剣士並にありますが、ゼルシオの足元にも及びません。
そして銀貨一枚は、それ自体はそこまで安いという事では無いのですが、危険度に全然見合ってません。




