鍛錬、再び
銅級へと昇級するため、まずは鉄級になる必要があった。
鍛錬に次ぐ鍛錬。
その先に待つのは確かな疲労と確かな成果だった。
魔法を使う為の体力鍛錬を初めて、一ヶ月は経過していた。
最初は二十周だった外周走も、気付けば六十周にまで増やされ、剣を振る回数も同様に三倍になった。
それこそ、初めはとてつもない筋肉痛に襲われていたが、毎日鍛錬を続けていると、それも少なくなっていた。
未だに魔法を教えてはくれない様だが、ゼルシオがまだ不十分だと判断しているのなら、仕方無いだろうと割り切っていた。
当面の目標は「銅級にまで昇級する」という事だが、その際にゼルシオの力を借りては実力が伴わない。
その為に、自分が強くなりたいと思って始めた鍛錬だが、一ヶ月が経過して体力が明らかに向上しているのにも関わらず、まるで次の過程へ進まないので、内心焦りを覚えていた。
今日の八度目の鐘が鳴った。
最後は決まって、実戦的な型の練習だった。
気合いを入れて、最後のひと振りを振り抜く。
「フッ!…はぁ」
今日の鍛錬は終わりだろう。
ゼルシオは何も言わないが、いつもの事だ。
鍛錬の間はずっと無口で、せいぜい喝を入れられる時ぐらいしか喋らない。
見ているのか、それとも聞いているのかは分からないが、監視されている感覚だけはあった。
「今日は、これで終わりだろ?」
息を切らしながら、ゼルシオに問いかける。
(そうだな…今日は、と言わず、しばらくこれだけの鍛錬は必要ない。外周と少しの素振りでいい)
「…それって」
(明日からは魔法を教えてやる。理解度が低けりゃ、二度とやってやらんがな)
遂に…遂に魔法を教わる事が出来る。
その喜びは、到底抑え切れる物では無かった。
「やっ……たーっ!」
(おいおい、喜ぶのはまだ早いぞ。これからがもっとキツいんだからな)
「そうなのか?」
(魔法は体が慣れるまでは、かなり体力を消耗するからな。つまり、そうなるまで魔法の修練をさせるって事だな)
「それは…時間にして、どれぐらいかかるんだ?」
(お前の覚えの良さ悪さにも寄るが…魔族では一ヶ月、人間なら二ヶ月と言った所か?)
「その時間を縮めるにはどうすればいい?」
(慌てるな。まあ、毎日詰め込むやり方は普通はやらんからな…半分以下になると思っていいだろう)
「そうか、それなら安心だな」
(魔法に関しては、お前にも無理はさせられん。ぶっ倒れそうになったら、そこで終わりだ)
「そんなに危険なのか?精神を使う魔法ってのは…」
(危険なんてもんじゃないさ。制御は効かないし、使い手の精神が無事である保証も出来ない。いくら俺が六重魔法を撃てると言っても、精神が作用するだけで、単元魔法ですら俺の魔法を打ち消しかねない)
「それは…考えただけでも恐ろしいな…」
(そういう訳だ。明日から少しずつやってくから、今日はとりあえず休め)
「分かった。じゃあ、戻るか」
(おうよ)
宿舎に戻って来ると、いつも大量の食事が用意されている。
アインスさんの計らいらしいのだが、五人前にも匹敵する量を食べ切って吐かない様になるには、二週間程かかった。
風呂に入り、食事が終わって、ふと気になった事を聞いてみた。
「そう言えばこの間、人に教えるの苦手って言ってたよな。ちゃんと分かるように教えてくれるんだよな?」
(まあ、魔法は感覚的な所もあるから…なんとかなるだろ)
「本当に大丈夫なのか?」
(もし困ったら、アインスを呼ぶさ)
「聖騎士団の第一師団長だぞ?そう簡単に呼ぶなよ…」
(お前にしては、マトモな事言うじゃねェか)
「お前よりかはずっとマトモだっての」
明日から魔法の鍛錬が始まる。
その鍛錬に不安を残したまま、一日が終わってしまった…
そして翌日、夜明けの頃には訓練所へ赴き、外周と素振りを済ませた。
魔法を教わる事への高揚感から、外周はいつもより早く終わった。
(さて、これから魔法を教えていく訳だが…)
「何度も言うけど、ちゃんと分かるように教えてくれよな」
(頭捻って考えて、出来るだけ分かりやすく教えてやろう)
「捻る頭なんてどこにも無いだろ。剣なんだから」
(言うようになったじゃねェか。まあ、ムカついたからと言って無理はさせん。そんな事したら、アインスに顔が上がらねェからな)
「まあ、よろしく頼むよ」
まずは、基本的な事の復習からだった。
魔元素と人間、魔族などの生物との関係、性質等、色々と言われたが、よく分からなかった。
(まあとりあえず、魔法を使うには古代言語を喋れないとな)
「古代言語?」
(魔族が頑張って解読した、古代文明に生きた者達が使用していた言語だ。簡単な単語の羅列みたいな言語体型だから、お前でも覚えられるだろうな)
「軽くバカにされた様な気がするが、まあいいや…で、どんな言語なんだ?」
(とりあえず、飛竜族を地面に叩き落とせそうな魔法がいいよな?それの発音だけ覚えておいてくれ)
「ずいぶんと雑だな…」
(難しく教えるよりはマシだろ。分かりやすくていい)
「そうだけどさぁ…」
(よし、とりあえず聞いて真似しろ。いいな?)
「…分かったよ」
(よォく聞けよ。…『風』、『岩』、『吹き飛べ』)
「『し』…『め』…『さけ』…?なんだって?」
(…初めてならそんなもんだろ。慣れないと発音すら出来ないからな。まあ、どれぐらい発音能力があるか知るために、一気に聞かせてやったんだが)
「どうせなら、最初から一個ずつ教えてくれよ」
(それもそうだな。じゃあまず、『風』からだな)
「それはなんて言ってるんだ?」
(風とか空気とか、そんな物を意味する単語だ。これひとつで、空気の操作をする様な魔法はあらかた組める)
「ふーん、便利なんだな」
(コイツは、舌先を口腔の上の方に当てるような感じで発音するんだ。歯じゃなくて、舌で空気を鳴らせ)
「なかなか難しい事言うな…」
(これぐらい出来なきゃ、一人で飛竜は仕留められんぞ)
「よし。ス、スー…」
(そんな力んだ顔されると、笑っちまうからやめろよ)
「なんだと?俺は真剣なんだぞ!」
(そんなに怒るなよ。力むと発音しづらいから、もっと体から力を抜くんだ)
「わ、分かった…」
そうしてゆっくりと、発音の練習を行った。
それだけで半日を費やしたが、それぞれの発音は出来る様になっていた。
(よし、一通りちゃんと声に出せる様にはなったな。風で石塊を飛ばす事を、頭の中でしっかり思い浮かべるんだ。そうすれば、魔法が発動する)
「言葉を理解して、起こる事を想像する頭が必要なのか…思ったより疲れそうだ」
(まずは一回やってみろ。そしたら、何となくコツが分かるはずだ)
「よし、やるか!」
自分で魔法を使うのは初めてだったが、この時は何故か、初めてゼルシオの力を借りた時の感覚を思い出していた。
「『風』!『岩』!『吹き飛べ』!」
そう叫ぶと、体力がズルッと抜け落ちる様な感覚と共に、確かに魔法が発動した。
向かって立っていた木製の壁に、拳大の石がいくつか飛んで行き、壁がひしゃげて、一部は折れたり割れたりしていた。
達成感のある光景だった。
しかし、突然膝が崩れた。
「た、立っていられない…なんでだ…?」
(ちょっと威力が強すぎるな。あれだと、飛竜ぐらいなら普通に殺せちまう。いい事ではあるんだが、お前の体に合った威力じゃないってこった)
「こ、こんなに疲れるもんなのか…」
(剣士上がりの魔法はだいたい大雑把になって、体力を使いすぎるもんだ。その様子だと、今日はもう止めた方がいいな…立てるか?)
「剣を杖の代わりに使えば、何とか…」
(よし、戻ってさっさと寝ろ。そんでまた明日からだな)
その日は倒れるように眠り、翌朝まで起きる事は無かった。
そして魔法の鍛錬は、それから一ヶ月は続いただろう。
体力増強、魔法に使う体力の配分法、戦闘の中で魔法を撃つ練習等…昇級に向けて色々な事をした。
例の事件から二ヶ月以上経って、俺は聖騎士団本部を発った。
その足の向かう先は勿論、冒険者組合だ。
鉄級への昇級任務を受ける為に、忌まわしい大扉を開いた。
外周はだいたい200mぐらいのイメージですので、12kmは軽く走れるぐらいの体力があります。
慣れてないのもありますが、それが一回の魔法使用で溶けるので、威力の高い魔法を使える人はそれだけの体力がある、という事なのです。
六重魔法をカイが撃とうとすると、今の体力の10倍は必要です。
ゼルシオは特殊なのでポンと撃てますが、だからといって他の魔族に出来る訳でもないのです。




