生存確認
失踪した冒険者の手掛かりを探すべく、冒険者組合の各支部長を集合させた中央支部。
そこに舞い込んできたのはひとつの手紙─
冒険者組合中央支部は、ある話題で持ち切りになっていた。
その話題と言うのも、青銅級冒険者「カイ・ステイルス」が、ここ二週間は姿を見せていない事だった。
階級の低い冒険者は、任務の達成報酬の額面が少ないので、数日を生きていくにも苦労する。
そうであるにも関わらず、彼は顔も見せず、任務を受けた形跡もない。
他の支部に確認をとっても、彼はこの二週間でたったひとつの任務も受けてはいないと言う。
通常、この事実を前に考えられる事は、生きる事を放棄したか、裏の世界へ堕ちたか、その二つである。
しかし、彼だけでなくこの国の冒険者組合において、誰も例外無く、金銭的な利益を得る可能性があった出来事が一つだけある。
聖騎士団からの依頼であった、とある洞窟…もとい、遺跡の探索任務だ。
ほとんど何も見つからなかったが、協力料として、多数の冒険者に現金で報酬が支払われている。
そこで誰もが疑った点が、彼だけは一日遅れて、国内へ戻ってきていたという事だった。
何かを見つけ、独占し、金銭を得て雲隠れしたのだと、まことしやかに囁かれた。
そして、青銅級冒険者「カイ=ステイルス」の処分について、中央支部の会議室にて、冒険者組合の会合が行われていた。
「件の冒険者の生死に関する処分だが…我々中央支部の調査では、確実な情報は得られていない。何か、情報があれば伝えて欲しい。彼が中央所属である以上、情報を得る権利はある」
冒険者の失踪、及び死亡などの状況判断を正確に行わなかった場合、国から厳重処分が行われる様になっている。
処分が重ければ数年間活動停止となり、所属冒険者は他の支部へ流れて行く事になる。
ましてや可愛がっている冒険者ともなれば、中央支部長の焦りが隠れる事は無かった。
「そうは言われても、こっちにも情報はないね」
「同じく」
「こちらも同じく」
北部、東部、西部支部長はそれぞれ答える。
南部支部長は、欠席していた。
「これだけ情報が見つからないのなら、もう生きてると考えるのは諦めた方が良いんじゃないのか?」
「軽率な発言は慎め。だから北部は荒いんだ」
「初心冒険者の集まりだけあって、東部は緩いんだな?そんなんじゃ、ウチで人は纏められないな」
「まあまあ、今はそんな話をしている場合ではないんですから…ね?中央さん?」
冒険者組合は、所属冒険者の任務達成などによる功績に伴って、国から活動支援金が割り振られている。
そのせいか、お互いの仲は険悪であった。
「そうだ。こちらは急を要する話をしている。お前達のつまらない喧嘩に付き合っている時間は無い」
「とは言ってもよ、情報が無いんじゃ話が始まらないぜ?」
「またの機会に南部支部にも話を聞くとして、今日は解散しましょう。情報が無くては、それこそ時間の無駄になる」
ふと、部屋の扉が勢い良く開いた。
中央支部の職員が、慌てた様子で駆け込んで来たのだ。
「支部長!例の冒険者の居所が分かりました!」
「何だと!?一体どこに?」
「そ、それが…聖騎士団本部だと…しかも、第一師団長からの情報です。聖騎士団長の署名もあり、確かな情報かと思われます」
「第一師団長からの直々の情報か…ともすれば、すぐに確認に向かう必要があるな」
「すぐにでも、陸竜を手配します」
「ああ、頼むぞ」
職員は頷くと、部屋を後にした。
「と、言う訳なら…俺達は帰っていいんだな?」
「情報が入ったのなら、我々は必要ないだろう」
「とにかく、見つかって良かったですね」
「ああ、時間を取らせてすまなかった。幾つか、階級の高い任務を各支部へ回そう。協力に感謝する」
そうして会合が終わり、支部長達はそれぞれ帰っていった。
「一体あの少年に、第一師団長とどんな関係があるのだ?ただの冒険者に、そこまでの者との接点があるとは思えないが…」
「第一師団長とコネのある奴か…階級が低くても、こっちに引っ張りゃ得があるな」
「全く…中央は早とちりが多い。こちらは新人の育成に手一杯だと言うのに」
「中央支部との提携を結ぶ為には、こういう会合には参加しておかないとね。それにしても、どうでもいい会合だったわ…」
4人はそれぞれの思惑を抱いて、竜車へと乗り込んだ。
その頃、エリストル共和国聖騎士団本部では、第一師団長にまつわる噂が飛び交っていた。
と言うのも、第一師団長が個人的に訓練所を借用している事と、その場所を使っているのが本人でない事が、噂を広めるのに拍車をかけていた。
第一師団長が借りたのは、解体された第七師団が使用していた、それ故に、今は使用されていない訓練所だった。
その近くに残っていた兵舎の一部屋も借りており、訓練所を利用する者と同一の人物が利用していた。
そして、そこでたった一人訓練に励む男は、聖騎士団員でさえ身を引く様な、恐ろしい量と質の訓練を行っていた。
第一師団長が様子を見に来る事はあまり無く、三日置きに一度程度といった頻度であった。
その為、あれは第一師団長の隠し子だとか、直々に招待した実力者だとか、または兄弟だとか…
憶測の域を出ない、しようもない噂ばかりが広がっていた。
そんな聖騎士団本部に、冒険者組合中央支部長が、失踪していた冒険者の所在について詳しく知る為、己の足を運んでいた。
「ここに来るのも、あまり気が乗らなかったが…彼の為だ。行ってくる」
「支部長。くれぐれも無礼の無いように気を付けて下さい」
その言葉を背に、中央支部長は脚を踏み入れた。
まずは、玄関広間の正面にいる受付に、送られてきた手紙を見せた。
少し待たされてから奥へと案内されていくと、二階へ登った所にある、訓練所が見える廊下に、聖騎士団第一師団長が立っていた。
少し微笑んだ様な顔で、訓練所の方を見ている。
「師団長!冒険者組合の者をお連れ致しました!」
「ああ、彼が…忙しい中ありがとう。持ち場へ戻りたまえ」
「はっ!」
案内役が戻っていく。
その様子を見てから、こちらへと視線を戻し、第一師団長は話を始めた。
「初めまして。聖騎士団第一師団長を務めている、アインス=シグ=レインフォードです」
「冒険者組合中央支部長、クライグ=ランバルドだ。こちらこそ、初めまして」
挨拶の握手を交わす。
そしてすぐに、冒険者の話が始まった。
「貴方の探している冒険者と言うのは、彼で間違いないでしょうか?ほら、そこで訓練を続けている…」
そう言われ、訓練所へと目を向けると、確かにそこに居たのは、「カイ=ステイルス」だった。
「ああ!彼だ!良かった、生きていたか…」
凄まじい気迫で剣を振るっている姿は、以前とはまるで別人の様だったが、息子と瓜二つのその顔を、見紛うはずも無かった。
「私と彼は、浅からぬ縁がありまして…彼の強い希望に応えて、この様に訓練所を貸し出しているのです」
「二人は、一体どこで出会ったのですか?青銅の冒険者では、貴方の様な人とは会う事は無いはずだ」
「彼の実家は名のある農耕一族でしてね。私の実家の事業の一端を担っていたのですよ。家ぐるみの付き合いがあり、彼とは特に仲良くしているのです」
「ほう…そんな話は、彼からは聞いた事が無い…」
「なるべく、私を頼りたくは無かったのでしょう。彼は、自尊心を高く持てる人間です。それ故に、つまづく事も多いでしょうが…」
「なるほど。確かに彼には、そういう嫌いはある。…ところで、彼は一体どんな訓練をしているのですか?しかも、たった一人で」
「まずは夜明けに起きて、準備運動にはこの訓練所の外周を50周走っています。その後は肉体の鍛錬、実践的な動きを意識した素振りなど…日が暮れるまで行っている様です」
「それなら、以前と比べて体付きが見違える程変わる訳だ。しかし一体、どんな切っ掛けで、そこまで厳しい訓練を行っているのだろうか?」
「それについては、少し説明しづらいですが…今の所、彼は鉄級どころか、銅級まで上がる事を目標にしていますよ」
「銅級へ?彼の実力では、二階級も上げるのは決して楽な道では無いが…」
「今までの彼とは違うと、そう考えた方が良いと思います。彼は変わろうとしている。変わり始めている」
「ああ。それだけは私にも分かる。何より、以前より活き活きとしている…」
「貴方にそう見えるのなら、間違いないのでしょう。…今日は、わざわざ足を運んで頂きありがとうございます。しかし本来なら、我々が陸竜を用意すべきでした」
「構いませんよ。私はこの目で、彼が生きているのを見れただけでも満足なのですから」
ふと、鐘が鳴った。
今日の六度目の鐘だった。
「では、私も業務に戻ります。お忙しい中、ありがとうございました」
「こちらこそ」
握手をして、二人はそれぞれ訓練所の傍を離れた。
件の冒険者「カイ=ステイルス」はと言うと、鐘が鳴っても訓練を止める事は無く、八度目の鐘が鳴るまで訓練を続けていた。
陸竜は、馬みたいなものだと考えてもらえれば良いです。
人間が長年かけて飼育に成功させました。




