頼み事
アインスに連れられ、彼の部屋へと向かう。
再会を喜び合う中、アインスは自らの思いを打ち明ける。
思ったよりも、長く待つ事になっていた。
お茶を何度か飲み干してしまった頃、アインスさんが待合室へ顔を見せた。
「やあ、随分と待たせてしまって、すまない。色々と業務が立て込んでいてね…君の件もあるが、最近魔物の活動が活発化しているのもあって、報告書が山のように積まれているんだ…さて、着いてきてくれるかい?」
「はい!」
(やけにデカい返事だ…)
言われるがままに待合室を出て、アインスさんの後ろを歩く。
お互いの近況を話しながら歩いている時、とても嬉しそうな顔を見せてくれていたのが、また自分にとっても嬉しかった。
「さあ、もうすぐ着くよ。師団長になった事で、この本部に寝泊まりする部屋が与えられたんだ。まあ、仕事が多いせいでもあるから、良し悪し、と言ったところかな…どうぞ、入ってくれたまえ」
「失礼します…」
やけに緊張しながら、アインスさんの部屋へ入ると、団長の部屋ほど地味でもなく、また派手過ぎず、高級感のある空間が広がっていた。
「すごい部屋だ…1人で住むには大きそうですね」
「ああ、奥にも部屋があるのだが、私には使いきれなくてね。物置になってしまっているよ」
(偉くなると、やっぱこういうのがあるもんなんだな)
部屋を眺めていると、アインスさんはお茶を淹れに、奥へと向かっていった。
(師団長ともあろう者がわざわざ部屋に招くなんて、まるで国賓みたいだな)
「(あんまりにも身の丈に合ってない。そんな事が、最近多すぎやしないか?)」
「カイくん、そこの長椅子に座っていてくれて構わないよ。ゆっくりしていてくれたまえ」
「あ、はい。ありがとうございます」
(優しい奴だなァ、お前には勿体ない)
「(いちいち癪に障るような言い方するなよ。さっきの話で、よほど機嫌を損ねたみたいだな)」
(そんな事はない、断じて。うん)
たとえ誤魔化しても、機嫌を損ねている事だけは明らかだった。
「やあ、待たせたね。待合室のお茶とは違う種類の物だよ。どうにもこれが無いと落ち着かないので、家にあったのを、全て持ってきたんだ」
「…そんな事して大丈夫なんですか?」
「さあね…父上方が怒っていようと、関係ないからいいのさ。元々、レインフォードの事業における茶葉の仕入れは私が管理していたのだから、私がその茶葉をどうしようと問題ないはずさ」
「それ、職権濫用なんじゃ…」
「はは、言えている。しかし、仕入れについてのあれこれは、書き置きで残しておいた。今は困っていないだろうね。文句の手紙は、ひとつも来ていないから」
「それならいいんでしょうけど…じゃあ、頂きます」
「私のこだわりが詰まった配合だ。でも、率直な意見を言ってくれて構わないよ」
一口含むと、香草のような味と香りの中から、果実感のある甘みと香りが弾けるような、体験した事の無い味わいが広がった。
そして、これはとても…
「美味しい…こんなお茶は初めて飲みました」
「ああ、良かった。飲んだ事が無いのも仕方ないだろうね。それは、貴族家に納めるための品なのだから」
「そんな物を、俺が飲んでいいんですか!?」
「君だからいいのさ。今この場では、君は客人ではあるが、私は君を家族のように思っている。本当さ」
そうして屈託のない微笑みを向けられると、俺はこの人に大切にされていると、改めて実感させられる。
(随分とお前にだけは優しいヤツだ。呆れるぐらいに)
やたらと不機嫌だ。こいつはこっちの心を見ているので、会話をしようとしなくても、会話が成り立ってしまうのが非常に面倒だ。
「ところで、カイくん?」
「なんですか?」
「ウルティモア卿はやけに静かだが、寝ているのかい?」
「ああ、コイツなら、さっき待合室で話してたら機嫌悪くなったみたいで…」
《余計な事は言わんでいい》
「おっと、念話には余り慣れていないのでね…やる時は、カイくんの方からも言ってもらいたい」
「すみません、気まぐれなヤツなので…なんだ、さっきまでずーっと拗ねてたじゃないか。どうしたんだよ?」
《アインスとやらが、随分俺と話したそうにしてるもんだから出てきたのさ》
「素直じゃないやつだな。2人だけで喋ってるのが嫌だったんじゃないのか?」
《余計な事は言わんでいいと言ったはずだぞ》
「2人は仲がいいようだね。お互いに信頼しているようだ」
《信頼なんて出来るもんかよ…こんなへっぽこには…》
「俺しか使い手が居ないんじゃ無かったのか?」
《性格の問題だ。なんなら、アインスに変わってやってもいいんだぞ?》
「なっ、お前…」
《なんだよ。自分の力で強くなりたいなら、俺は要らないだろうが》
「フフッ、私の為と言いながら、私はそっちのけですね。ウルティモア卿?」
《ぐぬ…》
「まあ、ここで喧嘩してもアインスさんに失礼だよな…すみません。コイツがこんなんで」
「いいのさ。君が生き生きとしているのを見ると、私はとても嬉しいものだ」
《まあ、なんだ、アインスに免じて引いてやるよ》
と、喧嘩は終息し、俺とアインスさんはお茶を啜る。
「ところで、アインスさんの話したい事ってなんですか?」
「ああ、その事なんだが…君に頼みたい事があるのだが、とりあえず話を聞いてもらえるかい?」
「はい。俺に出来る事ならなんでもします」
《コイツになら何頼んだっていいぜ。青銅級だしな》
「ウルティモア卿にも関わる話ですので、貴方にも聞いて頂きたい」
《ム、そうか。分かった》
「では、話をさせて頂こう」
私は今、率直に言うと、聖騎士団長の座を目指している。
その為には大きな功績が欠かせない。現団長、ガリア殿ならば、他国の謀略による魔物の襲撃を、ほぼ単騎で食い止めた上、その後の和平協定において、相手を押さえ付けること無く、円満な関係を築いた事が挙げられている。
功績を第一とするこの国の聖騎士団において、師団長である事は既に大きな要素ではある。
しかし、団長がいつか引退なさる時、私がその座を次ぐに相応しい功績が欲しい。
詰まるところ、ライティエール卿の魔剣を手にし、魔族との戦いに参加したいのだ。
私は、ガリア殿のように民を守り、悪しきを挫き、人を正しく導く人間になりたい。
「その為に、2人の協力を仰ぎたい。頼めるだろうか?」
「俺は構いませんけど…ゼルシオ、お前は?」
《別にいいぜ。それに、寝坊してやがるラクリオサを、シバいてやらんといかんしな…》
「2人の協力が確保出来て、とても安心したよ。私は、師団の一部を率いて、国防作戦の一貫としてライティエール卿の探索を行いたい。それにあたってなのだが…」
少し間を置いて、アインスさんはこう告げた。
「カイくん、我々にも体裁という物がある。君には、早急に銅級冒険者へと昇級してもらいたいのだ」
「2階級も、ですか…」
「ああ。苦しいだろうが、頑張ってもらいたい」
《俺が居りゃあ楽勝よ。なァ?》
「うーん…そうだな…」
いくら急ぎとはいえ、ゼルシオの力を一方的に借りるのだけは嫌だ。しかし、それならば…
「よし、ゼルシオ。頼まれてくれ」
《なんだよ?》
「俺に、魔法を教えてくれるか?」
我ながら、これは名案だと思った。
アインスのキャラ付けが難しいのなんの。




