暇(いとま)
ゼルシオの本当の名前が明かされた。
「ゼル・シオール・ウルティモア」…
これは、間違いなく人間を救った英雄の名。
しかし、人間はその名を知らない。
ゼルシオの名を耳にして、聖騎士団長とアインスさんは目を合わせ、驚いた様子でゼルシオに語りかけた。
「ウルティモア…数百年前とも数千年前とも言われる、かつての大戦期の英雄が宿った剣だと…?にわかに信じ難いが…」
「それに、封印されたという文献や書物は、現存していません。それに、『禁忌の魔剣』と言うのも全く聞いた事のない情報だ…」
2人とも、俺をそっちのけで難しい話を始めた。歴史とかそういうものには疎いので、何を言っているのかさっぱりだ。
しかも本当の名前が…ゼル…シオールなんとか…?
《敵対派閥の魔族共には、知られたくなかったからな…俺もラクリオサも、封印されたという資料は、恐らくないだろう》
知らない名前のような単語がまた出てきた。しかしこれも、2人は知っている様子だった。
「ラクリオサ…まさか、魔族と人類間の休戦協定を締結させたという、あの伝説の名将の…ライティエール卿か?」
《ああ、そうさ》
「団長、これを…信じるべきでしょうか?」
「さあな…それが真実なら、いずれ始まる戦いに備えて、魔剣になっていると思われるライティエール卿を、探し出さねばならんだろう」
小難しいどころか、全く分からない話が続いていて、俺はすっかりそっぽを向いていた。
しばらく話を聞き流していると、話題は突然、こちらへ向けられた。
「ところで、今回の事件の原因についてだが…」
《まあ分かりきっていることだろうが、俺の仕業だよ》
「一体どのような魔法式を構築すれば、あのような現象が起こるのでしょうか?」
アインスさんは、エルシオに対して敬語を使うようになっていた。そんなに高貴な存在なのだろうか?
《あれは六重魔法だよ。ただ火水地空光闇の六元素を合わせただけの、簡単なやつ》
「六元素融合魔法!?」
「そんな常軌を逸した魔法を、簡単だと言うのですか!?」
2人とも声を荒らげて驚いた。聖騎士団長に至っては、思わず立ち上がってしまったようだ。
《何を驚くことがある?本当に分からないのか?》
「分かるわけがないでしょう。原理不明の公式さえあるのだから、再現など出来ようはずもない…」
《ただ単に、万能融合式を使ってるだけなんだがな…使うだけだと威力が下がるが、上手く組むとそれぞれの上級魔法同士やら、はたまた終焉魔法さえも融合させられるぞ》
「その万能魔法式が重要になる、と言うことか…」
「魔法学者が聞けば卒倒するような言葉ですね…」
また分からない話を始めたので、小さくため息をついて、再び部屋を眺め始める。
しばらく待つと、聖騎士団長から声を掛けられた。
「さて、カイ君と言ったな。…君のしでかした事は、本来なら3年は牢に入ってもらう事になるのだが、話にあった状況やウルティモア卿の存在を考慮して、君に悪意はなく、偶発的な爆発だったという事にする」
「…と、言われますと?」
「今回の件については不問だ。だが、懸賞金については渡せない。事故である以上、君の功績と言う訳にも行かないのでな…すまない」
「そんな…謝ることではないでしょう」
そう答えると、聖騎士団長は顔を上げ、ありがとう、と微笑んだ。
横で話を聞いていたアインスさんが、あとで2人で話をしたい、と言うので、聖騎士団長の計らいで、この本部の中で待たせてもらう事になった。
大きな待合室でたった1人、高級そうなお茶を頂きながら、これからどうなるのか、漠然とした不安を抱えていた。
「ところでゼルシオ…」
(聞きたいことが山ほどある、ってか?)
当たり前だ。聞かされてもいない話をズラリと並べられて、随分困惑しているのだから。
(まあ追追、話そうとは思ってた事なんだが…長くなるし、お前には小難しい話なもんで…)
随分と勿体ぶるじゃないか。
(まだ話すべき時期じゃないだけだ。そのうち話すさ、ホントだって)
除け者にされている気分だ。俺はお前に隠し事は出来ないのに、お前はするんだな…分かった。
よっぽどの事情なんだろうから、許してやろう。
(ぐぬ…お前に上から物を言われるとは…仕方ないが…)
少しでも必要な情報があればすぐ伝えてくれよ。
俺の身に何かあったら困るのは、俺だけじゃないんだからな。
(分かったよ…じゃあ、俺とラクリオサの事について話そう)
話にも出てきてたな。ライ…なんとかってやつ。
(ライティエールだ。まあお前はまだ、その辺の家の名は知らなくてもいい。覚えなくてもいい)
で、どんな話なんだ?
(そうだな…掻い摘んで話すか)
話に出てきた単語に、「大戦期」ってのもあったろう?
その時、俺とラクリオサは魔族共を率いてバリバリ戦争をやってたって訳だ。
魔族には大きく分けて五つの派閥があった。そのうちの二派と三派が、あんまりにも意見が合わなかったもんで、戦争になったんだ。
意見ってのがまたお前ら人間の存亡に関わってたんだ。なんせ、滅ぼすか、手を組むか。
その二択だったからだ。
俺は、人間は害になるような存在には成り得ないし、手を組んだ方がお互いの利益になると考えた。ラクリオサも、まあ似たような考えだった。
それで、他の三派の統率者は真反対だったんだ。誇り高き魔族以外の種族は要らない…とかなんとか。
そうして戦争をして、膠着状態になった隙に、人間と手を組んだ。内密にな…
その時に、人間の方で聖騎士団が出来た。要するに、魔族と戦う為の騎士団なのさ。
人間に魔法を教え、魔族との戦いに参加させた。充分戦力になってくれたし、手を組んで正解だったと思う。
三派側の軍を半壊させて、俺達二派は防衛線を張った。今後数百年は持つように…ってな。
そして、とりあえず安全になったから、人間との和解の印として、統率者だった俺とラクリオサは魔剣になった。
文献は決して残さないようにした。口で伝え続けるようには言っておいたから、当然聖騎士団上層部は知ってた訳だな。
しかし、魔剣になったって話を知らなかったし、魔法もロクに教えちゃいなかったようだな。
万能魔法式も人間には教えたはずなんだが、どうやらこれも、知らないようだったし…
(…ってのが、今回の話に関するあらましだな)
なるほど、よく分からないが…ラクリオサってのを見つけるのが、聖騎士団にとって最優先になるのか?
(さあな、そこんとこはアイツら次第だろ)
しかし、こんなおちゃらけたのが魔族の統率者とは…人は、会話だけでは読み取れない物が多いな。
(馬鹿にしてるのか?)
してないさ。驚いたってだけ。
(ま、この程度の知識があれば、しばらくは話す事はないか…)
なんだ。家とか何とかの話があるから、てっきりお前の家の話ぐらいはしてくれるもんだと思った。
(俺は、ああいう堅苦しい話をする時しか、家の名前は使わねェんだ。個人的に嫌なんだよ、落ちこぼれだからな)
お前が落ちこぼれ?家の中でってことだよな?
(そうさ、俺の家は、とんでもない戦闘力を持ったのしかいない。俺は魔族の中では強い方だが、家の中じゃ最弱もいいとこだったよ)
とんでもない話だ。それが本当なら、人間は一晩あれば滅びてしまいそうだ。
(まあそうなるだろうな…ただ、アイツらは戦うのが好きじゃなかった。だから余計に、俺は家の名前を出したくはないんだ)
なるほどな…赤子の手をひねるようにやられるわけだ。
(ケッ、嫌な事思い出したから、もう話は終わりだ)
そうか…まあ、ありがとう。
(どうも)
何やら拗ねてしまったようだ。
これからこの沈黙の中を待ち続けると思うと、気が遠くなってきた。
まあ、ウルティモアはヤバいです。
なんなら、ライティエールもヤバいです。
魔族はそういう世界に生きているのです。




