大賢者の過去
マシス=オディニス=グランチャード。
それがこの爺さん、転生した俺の名前だ。
魔導を極めし者、全てを知る者、王国の守護者、大賢者なんて呼ばれているらしい。が、今に至るまで道のりが壮絶すぎる。
マシスは貴族の第一子、マシス=グランチャードとして期待と歓喜に迎えられて生まれてきた。
5歳になるまでに様々な厳しい英才教育を受けて成長してきた。しかし6歳の誕生日に悲劇が起きた。
魔法適性検査。異世界ものでよくある検査でマシスは全てにおいて平均だった。良くも悪くもないため本来なら問題はないのだが、マシスの家系は魔法を得意とするものだった。そこに平均の子供が生まれたため、両親はマシスを処分した。
無垢な幼い頃ならまだ良かっただろう。だが、英才教育もあり、自我がある程度はっきりとしてきた6歳だ。
マシスは両親が好きだった。だから領地から遠く離れた山奥に捨てられたと理解した時、悲しくて寂しくて絶望した。
救いだったのは、マシスの世話を担当していたメイド、アニシアがともにいてくれて慰めてくれたことだろう。
アニシアに連れられてどこにあるかもわからない街や村を目指して歩く。
薄暗い森の中、絶望を抱えて歩くマシスをアニシアは励ますことはせず、生き残る術を教えた。
たった二人でのサバイバル生活にマシスも慣れてきて、絶望が和らいできたある日のこと。
隣を歩いていたはずのアニシアがいなくなった。振り返ると仰向けに倒れていた。
食料は木の実や野草、川魚、そのほとんどをマシスに与え。夜に魔物を警戒していたため連日睡眠時間を削り、朝になれば回復していない体力で移動する。
マシスには優しく声をかけ、辛そうな言葉など一度も口にしなかった。
アニシアの身体は限界を迎えていた。それでもマシスを人のいるところに送り届けるまではと、気力を振り絞っていたがそれも潰えた。
動けなくなったアニシアにマシスは縋りつく。
『……すみません、マシス様。最後まで送り届けることができ…ません、でした。……どうか、ご両親を恨まな…で』
とても小さな声にマシスは、山奥に捨てられて初めてアニシアの顔を見た。
肉はほとんどなく乾いた皮膚が骨に張り付いたように痩せこけていた。
マシスはどれだけ負担をかけていたのか知り、それがもう遅いことを知った。
『……この先に……御方に……。どうか、生き…て…』
その言葉を最後にアニシアは動かなくなった。
マシスは一人になった。隣を歩く者もいない、完全な孤独。
薄れていた寂しさに、アニシアがいなくなった悲しみとその原因が自分が何もしなかったからだという後悔が重くのしかかる。