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X'mas 〜聖なる夜の奇跡〜  作者: 高山 由宇
★☆★第3夜★☆★   2018年
7/15

泥棒少女イルマと失われた時計の力   〜前編〜

メリー・クリスマス!!


3話目です。

今年は、前・中・後と三部構成にしました。

少しでも温かい気持ちになって下されば幸いです♪


みなさんのもとにも、サンタクロースが訪れますように(#^.^#)




挿絵(By みてみん)




 アダは、咄嗟に身を縮こまらせた。


 連日降り続く雪で、辺りは一面に銀色の絨毯が敷きつめられている。しかし、アダがそうしたのは寒さのせいではない。通りの向こうから喧騒が聞こえてきたためだ。


「このガキっ……またやりやがった!」


 男の怒声が上がる。何事かと思っていると、一陣の風がアダの横を吹き抜けていった。それは、黒く、夜風のような冷たさをまとっていた。


「おい、お前!」


 しばらく風の通り過ぎた方を見つめていると、いかつい声が降ってくる。


「こっちにガキがこなかったか?」

「……ガキ……?」

「黒人の女のガキだ」

「……いいえ、見てないわ」


 そう答えると、男は途端にアダへの関心を失くしたように、黒人の子供が向かったであろう道の先へと走り去ったのだった。




 男が去って間もなく、今しがた吹き抜けていった風が、再びアダの隣に舞い降りてきた。

 風が舞い降りるというのは妙な表現だが、アダにはそう思えたのだ。なぜなら、アダが靴磨きの店を構えているところの背後の塀を越え、突然目の前に降り立ったのだから。


 それは、つい先程、アダの横を風のように走り去って行った少女だった。

 アダとはまるで違うその肌の色は、おそらくは黒色人種の血が入っているためだろう。その上、黒い上着に紺色のパンツという服装は、まるで夜の闇を連想させた。


「礼を言うつもりはないぜ」

 唐突に少女が言う。

「そんなもの、要らないわ」

 アダも言った。


「なんでかばうようなことをしたんだ」

「かばうつもりなんかなかったわ」

「あのおっさんに私のことを聞かれたんだろ?」

「あの人に聞かれたのは、黒人の女のガキがこなかったか、よ」

「だから、それが私だろ。どう見てもそうじゃねえか」

「……私には、人には見えなかったから」


 すると、少女はかっと目を見開いてアダにつめ寄った。

「てめえ。黒人が人じゃねえとでも言うのかよ!」

 そこでアダは、

「違う!」

 少女以上の大声を張り上げると、すぐさま続けた。

「風だと思ったの!」

 少女は、ぽかんとしてアダを見据える。

「私はあの時、まるで風が吹き抜けたようだなと思って……そう、見惚れてしまっていたのよ」

「……なに言ってんだ、お前」

 そう言った少女だったが、もうそこに怒りの色はなかった。


 ふとうつむいた少女は、ある一点を見つめたまま動きを止めた。

「ポケットから鎖が出てるぜ」

 言われてアダは、金色(こんじき)の鎖を小さなポケットの中へと押し込む。

「なんだ、それ?」

「懐中時計よ」

「……へえ」

「オルゴールもついているの」

「見せてみなよ」

 少しためらったものの、アダは少女に促されるままに金色(こんじき)の懐中時計を取り出して見せた。

「綺麗だな」

 少女がつぶやく。

「……金になるかな」

 その言葉とともに、少女はアダの手にした懐中時計を奪うと、風のような速さで駆け出したのである。


「……だめっ!」

 アダが叫んだ時には、ずっと先の方に黒い背中が見えた。

「だめ、返して! それは、ニコラからもらった大切なものなの!」

 その声が届いたのか、少女が立ち止まりこちらを振り返った。

「今日の売り上げを全部あげてもいいわ。だから、お願い。それを返して」

「ニコラってあんたの大切な人か?」

「そうよ」

「まさか、形見とか?」

「え……いいえ、違うわ」

「なんだ、ならまたもらえばいいじゃないか。こんな高そうな物を持っているなんて、金持ちなんだろ、そいつ」

「だめよ、それは特別なの。それが私とニコラを結びつけているのだもの」

「なんだよ、それ。ニコラって何者だ?」

「ニコラは、人がサンタクロースと呼ぶ存在よ」

 それを聞いた少女は、高らかな笑い声を上げた。

「あんた、相当な馬鹿だな! その年でサンタクロースなんか信じてるのか? いるわけないだろうが、そんなヤツ」

 吐き捨てるように言い放つと、少女は笑いながら路地の向こうへと走り去ってしまったのだった。


「どうしよう……」

 アダは、道端にへたりこむ。目尻には涙が浮かんだ。

「……まさか、今日、懐中時計を奪われるだなんて……」

 今日はクリスマス・イヴ。1年に1度、ニコラからもらった懐中時計の力を解放することができるという特別な日だった。懐中時計がなければ、願いを叶えることはできない。

「……お母さんに会いたかったのに」

 昨年のクリスマス・イヴで、アダは時空を超えるということを経験した。それならば、数年前に戻ることで、生きている母に会うことができるのではないかと考えていたのだ。

「……もう、会えないの……? これから先も、ずっと……」

 とめどなく流れる涙は、地に落ちる前にすべて凍りつき、アダの白い頬へと張りついた。


 どれほどそうしていたのだろうか。昼もとっくに回った頃だろう。これから、どんどん寒さが厳しくなる時刻だ。

 アダは重い腰を上げた。

 今日はもう商売をする気になどなれない。

 道具を片付けて帰ろうと思い顔を上げたところで、優しげなアイスブルーの瞳とぶつかった。


「呼んだ?」

 そう言ってにこやかに笑いかけるのは、アダよりもずっと年下に見える幼い少年だった。

「いいえ……」

 言いかけたアダだったが、少年の髪を見て息を呑む。少年は、絹糸のように細くしなやかな銀髪を靡かせていた。

「もしかして……ニコラ?」

 尋ねると、

「そうだよ」

 少年は屈託のない笑顔で答える。

「僕を知っているということは、君は僕に会ったことがあるんだね」

「ええ。一昨年の今日、私はあなたと会ったわ。その時は、もっと大人の姿だったけれど」

「そう」

「ねえ、コメットは元気?」

「元気だよ。そうか、コメットのことも知っているとなると、君が僕に会ったのは間違いないようだね」

 アダは、ニコラの含んだような物言いに首を傾げる。

「でも、なら、なんでかな」

 ニコラも首を傾げた。

「君からは、力が感じられないんだ」


 「力」と言われ、金色(こんじき)の懐中時計がアダの脳裏をよぎった。あの時計には、不思議な力が秘められていることをアダは知っていたからだ。

「ニコラ、私……」

「もしかして、失くしたの?」

「……盗まれたの」

「それは、たいへんだね」

「そうね。私の願いも、叶えられなくなってしまったわ」

 そう言って唇を噛みしめるアダに、ニコラは少しばかり緊張した面持ちで言った。

「ごめん、アダ。そうじゃないんだ。僕がたいへんだと言ったのはね、君の願いを叶えることができなくなるからじゃないんだよ」

「……どういうこと?」

「ねえ、アダ。誰が君から時計を奪ったんだい?」

「女の子よ。私よりも少し年上の、黒人の女の子」

「その子は、僕のことを知っているふうだった? もしくは、僕を信じているような子だったのかな」

 アダは思い返す。サンタクロースの名を出した途端に盛大に笑われたことを。

「ニコラのことは知らなそうだったし、サンタクロースのことも信じてないと思うわ。笑われて……馬鹿にされたもの」

 話を聞くうちに、ニコラの表情はしだいに悲哀を帯びたものへと変わっていった。


「あの子がニコラを信じなくたって、私はあなたを信じているわ。これからもずっと」

「駄目だよ、あの子が信じてくれないと」

 ニコラが続ける。

「僕を信じていない人がたくさんいることは知っているよ。でも、僕は、それは仕方がないことだと思っている。けれど、君から時計を奪った子が信じてくれないと、駄目なんだ」

「どういうこと?」

「僕を信じない人があの時計を持ってはいけない。時計が、狂ってしまう」

「時計が狂う……?」

「さっきね、歪んだ力の流れを感じたんだ。もう、狂ってしまったかもしれない」

「……狂ったら、どうなるの?」

「あの時計には時空を超える力も宿っている。けれど、狂った時計で超えようとしても超えられない」

「なら、それはただ、願いが叶わないというだけのことじゃない」

「それならいいけれどね。でも、力は使われた。僕には感じられたんだ」

「あの女の子が、時計を使って時空を超えようとしたということ?」

 ニコラがこくりとうなずく。

「でも、狂った時計では超えられない」

「……なら、ニコラ。あの子はどうなるの?」

「時空の(ひずみ)に閉じ込められてしまった。このままだと、あの子は永久に外の世界には出られない」

「そんな……」

「時空を超えるには、時計と僕を信じる心のふたつがそろわないといけないんだ。時空の扉を開く鍵は時計が持っている。そして、時空を超えて向こう側に行くための鍵は、僕を信じる心なんだ」

挿絵(By みてみん)

「……どうしたら、あの子を助けることができるの?」

「あの子を助けたいと思うのかい?」

 ニコラの問いかけに、アダは少し考えてから口を開いた。

「永久に外に出られないなんて、あんまりだわ。かわいそうよ」

「本当に、そう思うかい?」

「……ええ」

「アダ。君が本心からそう思うなら、あの子を外の世界に引き戻す方法があるよ」

 そう言うと、ニコラはアダの胸元を指差した。

「君が、時計の代わりになるんだ」

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