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X'mas 〜聖なる夜の奇跡〜  作者: 高山 由宇
★☆★第1夜★☆★   2016年
2/15

靴磨きの少女アダ   ~前編~

毎年、クリスマスの日に1話ずつ更新していきます。


第1話目です(o^―^o)




挿絵(By みてみん)




 昔、フィンランドの田舎町に、小さくて痩せ細った少女がいた。名をアダという。彼女の家は貧しく、毎朝夜明け前には家を出る。その小さな手には、仕事道具と、手のひらに収まるほどの大きさの木製の置物がいくつかと、かたい黒パンが2つにミルクとが入った籠を携えていた。

挿絵(By みてみん)


 アダは、毎朝2時間かけて都会まで出てくる。街に着く頃には、太陽はすっかり顔をのぞかせていた。アダは、雪の積もった路地の一角を借りて仕事道具を広げた。

「靴を磨きます。お勤め前に綺麗な靴で出かけられてはいかがですか?」

 そう声を上げると、ひとり、ふたりと、アダの方に寄ってくる。

「やあ、アダ。おはよう」

「おはようございます」

「今日も頼むよ」

「はい」

 アダは早速、男性の高価そうな革靴に手を伸ばす。そして、それを隅々まで丁寧に磨き上げた。

「うん、綺麗になった。これなら、今日の商談もうまくいきそうだ」

 そう言いながら、男性はアダの手の中にいくつかのコインを握らせた。

「え……あの、少し多いですよ」

「いいさ、今日はクリスマス・イブだからね」

「……ありがとうございます」

「ところで、その籠に入っている木彫りの人形はなんだい?」

「あ、これは母が彫った置物です」

「売り物かな?」

「はい」

「それはいい。ひとつおくれ。その馬型のがいいな。娘はお馬さんが大好きなんだよ」

 そう言うと、男性はアダに向け、

「メリー・クリスマス」

との言葉を残し、賑わう街の中へと消えて行った。


 その次にやって来た男性も、最初の男性と同じように多めに料金を払い、母が作った木彫りの置物を買ってくれた。

 この2人は常連の客だった。見るからに裕福そうな格好の彼らは、本来ならばアダの靴磨きなど必要とはしていないだろう。だから、これは同情心に他ならない。彼らは、幼いアダが朝から晩まで寒空の下で働く姿を見て、同情していたのだ。

 当のアダはといえば、それに気づいていた。アダは、同情されて喜ぶような性質(たち)ではない。だが、彼らは数少ない常連客だ。彼らの機嫌を損ねる言動をとるのは得策でないことくらい、幼いアダにもよくわかっていた。


 2人の常連客のあと、ちらほらと訪れる何人かの靴を磨いた。だが、太陽が真上に差しかかろうとするあたりから、ぴたりと客足が途絶えてしまった。そこでアダは、靴磨きの道具を籠の中にしまうと、入れ替えに木彫りの置物を路上に並べはじめた。そして、持ってきたパンをかじり、ミルクをひと口飲む。その時、雪煙を上げて風が吹き抜けていった。アダは思わず首を竦める。両手を合わせてぎゅっと握りしめると、息を吹きかけた。一瞬だけは温まったものの、次の瞬間にはまた氷のように冷たくなった。寒さに食欲も失せたアダは、膝を抱えてしばらくうずくまる。

 ふと、声が聞こえた気がした。

 顔を上げて見渡してみるが、どこから聞こえたのかまるで見当もつかない。きょろきょろとしていると、またも聞こえてくる。人の声ではないようだった。

 アダは、パンとミルクを籠に入れ、置物も全部しまい込む。そうして籠を持ち上げると、声の主を探して歩き出した。


 どれほど歩いたのだろう。

 アダは、汗ばんだ額を拭い、肩で息をする。気がつけば完全に街中から外れ、小高い丘の上にいた。

「なんで……?」

 確かに声は聞こえ続けているのだ。だが、なぜか姿は見えない。

「どこにいるの……?」

 白い息を吐きながらつぶやいた時、その声が耳元で聞こえた。反射的に振り向くと、そこには1頭のトナカイが立っていた。

挿絵(By みてみん)

「え……?」

 先ほどまで誰もいなかったはずだ。突然の出現に驚きを隠せないでいると、トナカイがひと声鳴いた。それは、アダがずっと追ってきた声に違いなかった。


「あなた、だったの?」

 尋ねると、トナカイはまたも鳴いた。

 アダはトナカイを珍しがり、その頭に触れようと手を伸ばす。トナカイはおとなしく、目を細めてそれを受け入れた。アダは喜び、優しく頭を撫でてやる。その時、トナカイが俄に目を伏せた。そして、項垂れるように頭を下げたのだ。

「どうしたの?」

 アダは、様子のおかしいトナカイが心配になり、その体を見て回った。

「あっ……」

 アダは思わず声を上げる。トナカイの後ろ足からは血が滴り落ち、雪の上に赤い染みを作っていたのである。

「たいへん! 早く手当てしないと……」

 アダは、首に巻いていた薄い布を外す。その瞬間、体から一気に熱が失われていくのを感じた。ひとつ身震いをすると、アダは唇を噛みしめ、小さな拳を握りしめた。そうして、凍えるような寒さに耐えながら、怪我をしているトナカイの足に布を巻き付けてやったのだった。


 トナカイは、ぐうっぐうっと鳴きながら、鼻の頭をアダに擦り付けてくる。

「もしかして、お礼を言ってるの?」

 尋ねると、トナカイはまたもぐうっと鳴いた。アダは嬉しくなって、トナカイの首に抱きつく。布を失って冷えていた首筋に温もりが戻ってくるようだった。

「私はアダよ。あなたは何ていう名前なのかしら?」

 そう口にした時、


「コメット」


 人の声が聞こえた。そして、その声に反応するようにトナカイが首をもたげる。

「コメット、いるのかい?」

 だんだん近づいてくる声に答えるように、トナカイがぐうっと鳴いた。

「コメット?」

 そうして顔をのぞかせたその人は、まだ20歳にもなっていないだろうと思われる若い青年であった。

「コメット、怪我をしているのかい?」

 青年は、トナカイの後ろ足に巻かれた布を見て言った。

「君がコメットの手当てを?」

 突然の来訪者に固まったままのアダに尋ねる。アダは、ただこくりとうなずいた。すると、青年は実に朗らかな笑顔を見せる。そして、かぶっていた赤い毛糸で編まれた帽子を脱いだ。美しい銀色の髪の毛が風になびく。


「コメットを助けてくれてありがとう」

「この子、コメットっていうのね」

 コメットがアダに擦り寄った。

「随分と懐いたものだね」

「人懐っこいのね」

「いや、そうじゃないよ。コメットは生来気位が高くてね。僕以外には、なかなか心を許したりしないんだ」

「へえ、そうなの?」

「うん。君のことがよほど気に入ったみたいだね」

 それを聞いて、アダは嬉しさに頬を赤く染めた。

「私もコメットのことが大好きよ」

 そう言って、アダはコメットの首に抱きついた。

「それじゃあ、君に何かお礼をしないとね」

 青年の言葉に、アダは首を傾げる。


「何がいいかな?」

「私、別に何もいらないわ」

「そうはいかないよ。だって、君はコメットにそのスカーフをくれたじゃないか」

「それはスカーフなんかじゃないわ。ただの布切れを首に巻いていただけだもの」

「首に巻いていたなら、それは立派なスカーフさ。それに、人に与えるのが僕の仕事だもの。君から貰いっぱなしにはできないよ」

「人に与える……? あなたはお金持ちなの?」

「どうかな? まあ、お金には困ってないけどね」

「ふうん。裕福な家の人なのね。趣味でボランティアでもしているのかしら?」

 少し嫌味だったかと思い直し、訂正しようとアダが口を開きかけた時、

「僕の名前はニコラウス」

と青年が言った。

「ニコ……?」

「ニコラウス。言いづらかったらニコラでいいよ」

「ニコラ……」

「うん。僕はボランティアをしているわけじゃない。みんながサンタクロースと呼ぶ存在、それが僕なんだ」

 ああ、この青年は頭のネジがどこかに行ってしまったに違いない……アダはそう思った。

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