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X'mas 〜聖なる夜の奇跡〜  作者: 高山 由宇
★☆★第5夜★☆★   2020年
14/15

イルマの初恋 ~中編~




挿絵(By みてみん)




「ねえ、イルマ」


 アダがそう切り出したのは、夕食を終えてからのことだ。


「もしかして……」

「え……?」

「お金……」

「……」

「……お金、渡したの?」


 一瞬、イルマの空気が変わった。


「あの、男の人に」

「……あの、って……誰のことだよ」

「金髪で白い肌をした、背の高い人。青い目をした……」

「……なんで……」

「偶然、見えたの」

「……偶然?」

「うん。偶然。イルマが……その人に、抱きしめられているのが……」

「……」


 ふうっと、息を吐き出す声が聞こえた。イルマが、天井を仰ぎ見る。


「イルマ……」

「……ん?」

「好き……なの?」

「……」

「その人のこと」

「あ……まあ、そう、言うのかな。こういうの」

「……」

「わからないんだよ、私。こんな気持ち? こんな、感覚? なんていうか……初めてだからさ」

「そう……」

「うん……」

「でも、どうして、お金を?」

「……ごめん」

「……べつに、責めているわけじゃないわ。でも、理由を聞いておきたいの」


 アダがそう言うと、イルマは静かに青年について話し出した。




 いつものように街に出てきたアダは、仕事の準備をしながら昨夜のことを考えていた。

 イルマと青年は、何日か前に偶然に出会ったらしい。

 青年の名前は、クラウス。

 イルマがスリに間違えられて責められているところを、彼がかばってくれたのだと言っていた。

 そして、何回か会ううちに、クラウスが病気の妹を抱えていることを知ったのだ。

 クラウスは、お金に困っているらしかった。

 クラウスからお金を要求されたわけではない、とイルマは言った。ただ、イルマが、彼の力になってあげたかったのだ。


『……本当かしら……』


 イルマの話を、アダは信じきることができなかった。

 もちろん、イルマが嘘を言っているとは思わない。

 ただ、お金に困窮しているというわりに、クラウスの身なりは決してみすぼらしくはなかった。アダやイルマでは到底得ることができないような、上等な物を着ているようにアダには思えたのだ。


 準備を終えたが、まだお客さんは来ない。

 かじかむ手を少しでも温めようと、アダはポケットに手を入れた。

 チャリン……と、金属のこすれる音がする。

 それを指先で手繰り寄せ、ポケットから引っ張り出す。

 金色に輝く懐中時計が顔をのぞかせた。


「クリスマス・イヴ……」


 白い息とともに漏れ出た言葉。

 今夜はどんなことを願おうかしら……。

 そんなことを考えていると、一人目のお客さんがアダに靴を差し出してきたのだった。




 めっきり客足が遠のき、アダもそろそろ店じまいをする。

 腰を屈めると、また、ポケットから音がした。

 空を見上げる。そこには、闇の中に、緑色のカーテンがゆらゆらと靡いていた。


『イルマ……。また、彼に会っているのかしら』


 ふと、思った。もしも会っているのだとしたなら、彼にまたお金を渡したのだろうか。


『イルマの恋なら応援したい。でも、これは、応援してもいいの……?』


 アダは、クラウスに対して不信感を抱いていた。

 会った直後に自分を抱きしめ、「チャーミングだ」と語ったクラウスに嫌な感情を持った。


『軽薄な人……』


 そう思ってしまったのだ。


「ニコラ……」


 思わずつぶやく。握り締めた金時計が、わずかに熱を持った。


「……」


 見上げた夜空。

 満天の星々。

 ゆらゆらと、色を変えて揺れるオーロラ。

 瞼にひとつ、白いものがあたった。


『……冷たい……』


 思わず目を閉じる。すぐにそれは溶けて、水滴だけが瞼に残った。

 そっと目を開ける。

 次の瞬間、アダは目を一杯に見開いた。


「メリー・クリスマス!」


 いつの間にか、少年が立っていた。

 アダよりも少し年上だろうか。少年と言うよりは青年と言った方がいいのかもしれない。

 見たことのない人物だった。

 けれども、すぐに彼が何者なのかわかった。

 目の前の青年には心当たりはないけれど、その姿は、きっと彼だと思った。

 なぜなら、青年は、銀色の髪にアイスブルーの瞳をしていたから。


「ニコラウス!」


 今日のこの日に現れるのは、彼しかいない。

 そう確信したアダは、自信を持って彼の名を呼んだ。


「うん、そうだよ」


 青年がこくりとうなずく。


「君が僕を呼んだから」


 来てみたんだ、と彼は笑った。


「ねえ、ニコラ。今日はクリスマス・イヴよ」

「そうだね」

「願いごと、叶えてくれるんでしょう?」


 アダが懐中時計を見せる。二コラは目を細めた。


「なるほどね。だから、僕は君に呼ばれたのか」

「お願い、ニコラ。私、叶えて欲しい願いがあるの」

「なにを?」

「……イルマの恋を、実らせてあげたいの」


 すると、ニコラは夜空を見上げた。冷たい風が吹き抜け、舞った雪がアダの頬をかすめる。

 そして……。


「それは、できない」


 ニコラは、はっきりとそう言った。


「それを叶えることは、誰かの心を操作するということだから。僕の力は、すべての人の幸福に繋がることに使われなくてはいけないんだ」


 アダは、驚いた。

 ニコラがアダの願いを断ったことにではない。

 ニコラに断られて、どこかほっとしている自分自身に驚いたのだ。

 そんなアダを見て、ニコラがくすりと笑う。


「君だって、それが正しいことだとは思っていないんだろう?」


 アダはうつむいた。

 確かに、その通りだと思ったから。


「ねえ、ニコラ」

「なんだい?」

「イルマの想い人のことなんだけれど、あなたは彼のことをどう思う?」

「どうって?」

「いい人? それとも、悪い人?」

「さあ?」

「二コラになら、わかるでしょう? 彼がどんな人か」

「あのね、アダ。いい人か悪い人かなんて、誰のことも断定はできないものだよ。どんなに素晴らしく見える人にだって、悪いところがまったくないわけではないんだからね。悪人に見える人にだって、優しい面があったりするものだよ」

「……」

「だから、彼がどんな人なのか、君が確かめてきたらいいじゃないか」

「……私が、確かめる?」

「そう。君の友人にとって、その人はいい人なのか悪い人なのか。その恋を応援してもいいのか。友人として、君がその目で見て判断したらいい」

「私の、目で……」

「うん」


 ニコラが、そっとアダの両手を包み込む。指の間から、まばゆいばかりの光が溢れ出てきた。

 懐中時計だ。

 金色の懐中時計が、アダの手の中で光を放っている。


「ただ、忘れないで」


 アダが顔を上げた。


「透明な心で、正しく判断するということを」

「透明な、心……?」

「そうでないと、間違った見方はみんなを不幸にする。君の友人も、その想い人も、それから君自身もね」

「……わかったわ」


 チチチチチチチチ……。


 音に導かれるように、手の中の懐中時計に目を落とす。針が、高速に時を巻き戻していた。

 そして、闇の中、光の扉が現れた。

 扉に手をかけながら、ふと振り返る。

 ニコラが笑っていた。

 その朗らかな笑顔に見送られるように、アダは今年も、その扉を潜ったのだった。

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