異世界チーレムの結果無限ループに足を踏み入れたかもしれない件
これまでのあらすじ。
例によって凶暴なトラックに襲われて命を落としてしまった俺は、トラックを制御できなかった責任を感じた運転手と一心同体となって異世界に転生した。
やはり例によってチートな勇者となり、魔法使い(女)、賢者(女)、戦士(女)などを加えたハーレムを築きつつその世界を脅かす魔王との最終決戦を控えていたが、ハーレムの一員である聖女が魔王に攫われてしまった。
世界の平和を守る為、聖女を救いだす為、俺たち勇者一行は今まさに、魔王と決戦の火ぶたを切ろうとしていた。
以上、説明終わり。
「フハハハハハッ! 我が居城へようこそ、勇者ご一行! 臆せずに来たことだけは褒めてやろう!」
眼前で高笑いを上げたるは、我らが怨敵魔王様だ。
黒衣の上に銀の甲冑、真紅のマントといかにも魔王らしい出で立ちでふんぞり返っている。
ただふんぞり返っているだけならばそれでもいい。
だが、玉座の間に踏み込んだ俺たちを待っていたのは魔王だけではない。その隣には巨大な十字架が屹立し、そしてそこに磔にされている聖女がいた。
鎖で雁字搦めにされて十字架に掛けられている聖女は、意識を失っているのか目を開かない。魔王はそんな彼女の頭を鷲掴みにして俺たちを睥睨していたのだ。
「貴様! 今すぐその薄汚い手を離せ!」
非道な行いに憤った俺は聖剣を魔王に突き付けて叫ぶが、魔王は臆することもなく皮肉げに笑う。
「おやおや、この手を離せと? いいのか、そんなことを言ってしまって?」
「何!?」
「今、この娘は見ての通り気を失っている。ここでこの私が手を放す事の意味、理解出来ないか?」
「っ、どういう事だ!」
魔王の意味を図りかねた俺は警戒しつつも切っ先は逸らさずに叫ぶ。背後に並ぶ魔法使い、賢者、戦士も同様に、様子を伺いつつすぐに攻撃に移れる体勢は崩していない。
「……どうやら、本当にわからんようだな。仕方ない、見せてやろう」
「ま……!」
邪悪な笑みから、何かしら聖女に悪い事が起こることを察し、俺は反射的に「待て」と叫びかける。
だが一瞬遅く、魔王の手は聖女の頭を解放していた。
「っ……!」
息を飲むのと同時、聖女がガックリと頭を垂れた。
「ククッ……」
後には魔王の笑い声、そして痛い程の沈黙。
「……ええと?」
俺は聖女を注意深く観察する。
銀色の美しい髪を背中に届く程度の長さに伸ばした愛らしい、幼さを残した少女。その無垢さを物語る様な白いローブを纏っているが、その上からでも華奢な体型だとわかる儚げな姿。
両手を大きく広げられ、無数の鎖で十字架に縛り付けられている姿は、痛ましくもどこか美しい。
「……えっ、と」
だが、一見したところで聖女に異常は見受けられない。
俺は振り向いて仲間たちに視線で問うが、彼女たちも俺と同様の見解らしく、小首を傾げたり、小さく首を横に振る程度の反応しか返ってこなかった。
「き、貴様ぁ! 聖女に何をした!?」
「見てわからないか? 手を放したのだ。この娘の頭を支えていた手をな」
「それが何だっていうんだ!」
こちらを小馬鹿にしたような返答しかしない魔王に苛立ちを覚えたが、どうやら魔王にとってそれは不服なようだった。
魔王は一瞬、呆れきった顔をしてため息を吐く。
「いいか、人間の頭は体重の十パーセント前後もの重量を持つ。無論、人間はそれを支えることが出来る生き物だ。だが、この娘は見ての通り気を失っている。頭を支えることが出来る程の力は身体に入っていない。つまりだ……」
固唾を飲んで聞き入る俺たちに、魔王はニヤつきを取り戻した顔で宣告する。
「一刻も早くこの娘を助け出さねば、この娘はこうして俯きの体勢で居続けることになる。寝違えは必至、しばらくはまともに横を向くことも叶わなくなろうな」
……どうしよう、まるで恐るべき罠を解説する悪の参謀みたいな(魔王だけど)感じで割としょうもない事をのたまってきた。
「あの、それだけですか?」
おずおず、と言った様子で魔法使いが尋ねた。
「ああ!?」
と、魔王が突然声を荒げる。
「え、え!?」
「小娘、貴様寝違えを何と心得ている!?」
先程までの人を食った態度とはまるで違う、怒気を孕んだ声で魔王はダンッ、と片足で床を思い切り叩いた。
「今すぐ俯け! 自分の顎を胸に着けてみろ!」
「はっ!? あ、あの……!?」
「いいから今すぐ自分の足元に視線を向けろ! 一瞬たりとも胸から顎を離すな!」
「はっ、ハイ!」
凄まじい剣幕に気圧され、魔法使いは首を前に垂れ、顎を胸にピタリと着けた。
「よし、そのまましばし待つがいい。さて、勇者よ……」
すっかり蚊帳の外にいた俺に、魔王がやはり呆れた顔を向けた。
同時に、また聖女の頭を掌で掴み、ぐっと持ち上げる。本来ならもう一度「離せ」と叫びたい所だが、ここまで話の流れからそうも言えなくなっていた。
「勇者、貴様は重い荷物を持ち上げる時、どうする?」
「え?」
「そうさな、そこの阿呆な魔法使いの隣にいる……えーと、貴様は何者だ?」
「私の事を言っているなら、賢者だ」
冷静沈着な賢者は、この状況にも困惑を見せることなく魔王に答えた。
「ふむ。勇者、そこの賢者を抱きかかえてみろ」
「「「「えっ!?」」」」
俺も含め、全員が驚きの視線を魔王に向ける。
「阿呆使い! もとい魔法使い! 貴様は下を向いとれ! 胸から顎を離すなあ!」
「はいいいい!」
魔王に怒鳴りつけられた魔法使いは慌てて再度下を向く。
だが、俺はまったくそれどころではなかった。何故、いきなり賢者を抱きかかえるという展開になるのか全く理解できない。ただ賢者と魔王の顔を交互に見やるだけ。なんて無力な俺。
「そら、さっさとせんか」
「いや、いきなりそんなこと言われても、何故だよ……?」
「出来んのか」
「え?」
「聖剣を託された勇者様は、そこの賢者一人抱きかかえられんのか? 重い物とは言ったが、そやつとて細身の小娘ではないか。胸も貧しいようだし人間としては軽かろうが」
「な、何を馬鹿な……」
「ならやってみろ、ほれ」
魔王の指さす先、賢者に視線を向ける。
確かに、魔王の言う通りスレンダーな体格だ。どちらかと言えば小柄であり、勇者筋力的な意味では抱きかかえるのは容易だろう。
「……」
「……」
とはいえ、精神的にはこれは難題だ。
賢者もこのハーレムの一員、俺にそういう感情を向けている事はこちらも理解している。今もクールな表情にその感情を隠しているのだが、何しろ顔色は真っ赤だ。何かもう頭から湯気が立ち上りそうな勢いで赤い。
生憎とウチは健全なハーレムだ。寄ってくる女、みな俺のモノみたいなそんな爛れた集団ではない。故に、このシチュエーションは割と、その……。
「……もういい」
と、魔王は心底呆れ果てたと言わんばかりに天を仰ぎ、腰に下げた剣に手を掛けた。
「我が魔剣、〈サタナイヴァー〉だ。剣としては非常識極まる重さだが、人間に比べれば軽い。まあ、そんなザマでは持てんかもしれんが、試してみるか?」
などと言いつつ、その非常識極まる重さの剣とやらを片手でひょいと投げて寄越す。
「馬鹿にするな、それくらい……!」
反射的に、頭上を飛び越そうとした剣を両手で受け止める。
「ぐおおっ!?」
危うく潰されるところだった。
剣としては非常識極まる重さとか言っていたが、成程、偽りなしだ。というか桁が違う。鞘越しに見ても幅が広いわけでも刃が分厚いわけでもないそれは、凄まじい重量を秘めていた。剣と言うか、武器として非常識な重さだ。頭上に落ちてきそうな剣を勇者筋力で慌てて支えるが、あと少しでその重量が脳天に落下して来ていただろう。
「お、重っ……!」
「だが支えきれぬ重量ではないだろう」
それはそうだ。
空の灯油缶を持ち上げようとしたら中身が満タンだった時と同じで、予想とのギャップが大きく、身体に入った力とつり合いが取れていなかったに過ぎない。一度重さを理解すれば支えることは簡単だ。確かに非常識な重さの剣だが、魔王の言う通り人間一人抱えるよりは楽だ。
「では、片手で持ってみろ」
何故勇者が魔王に指図されなければいけないのか、という点は不満に思ったが、話の流れからすれば仕方ないようにも思えた。
右手一本でも、勇者である俺からすれば構えられない重量ではない。言われるがままに顔の前で剣を垂直に掲げる。
「そのままその手を前に伸ばせ。ゆっくりとだ」
魔王の意図を図りかねながらも、言われるままに剣を身体から離していく……。
「うっ」
ガンッ、という音と共に、剣の刃先が床にめり込んでいた。
「それが答えだ。持ち上げる物の重心と自分の重心が離れれば離れる程、それを支えることは困難になる。自分の頭も同じこと」
成程、流石は魔王と言われるだけあると思う程には威厳ある声で魔王は言った。
内容の方は、寝違えの話だが。
「そうは言っても、そうそう簡単に寝違えるかよ」
「あ、あのー……」
と、魔法使いが俯いたまま声を発した。
「すいません、そろそろこの姿勢、きつくなってきたんですけど……」
「え……」
「寝違えと言っても、直立姿勢だからな。首に体重の十パーセントの重量が集中するのだぞ? 長く耐えられるものではない。筋や筋肉の凝り、損傷も覚悟せねばなるまいよ」
魔王はしみじみと噛み締めるように言う。
どうしてこいつは寝違えをこれだけ重々しく語るのだかさっぱりわからない。
「えーと、それでもう頭を上げてもいいですか……?」
「まあよかろう、今後寝違えを軽く考えぬよう、努々忘れるな」
「は、はい。すみませんでした……」
魔王の許しを得た魔法使いはうなじを手で押さえ、グリグリと首を回したり伸ばしたり、右を向いたり左を向いたりして「クーッ!」とか言っている。
可愛らしい顔して何てオヤジくさいリアクションだろう。
「ああ、本格的に寝違えた場合、自己流のマッサージはむしろ悪化させる危険があるからな。その時は医者に頼るがいい」
「そうします、あいたた……」
何か和んでるし……。
「で、何の話だったっけ?」
「ああ、そうだったな。まあ要するに貴様は一刻も早く、この娘を救い出さねばならん。見よ、この細い首を……」
魔王は指先で聖女の首筋を指した。
「もうそこそこ時間も過ぎた。首には相当に負担が掛かっている。首だけではないぞ、そこにつながる肩や背中の筋肉も酷使されている。さあ、急げ勇者共。仮に私を倒せたところで、時間を掛ければ手遅れ。全てが終わった後、残るのは首を寝違えた聖女だ。それが嫌なら倒して見せろ! 私を見事に討ち取って見せろ!」
魔王は両手を広げ、扇動するように、俺たちを懐に招き入れるように叫ぶ。
「畜生、何て締まらない決戦のゴングだ!」
何かもうグダグダになった空気のまま、俺たちは駆け出した。
「ふ……やりおったか……」
仰向けに倒れた魔王は、血の混じった咳と共に呟いた。
「終わりだ、魔王」
俺は聖剣を魔王の喉元に突き付けて宣告する。
これで決着だ。こいつを倒せば、全て終わる。この世界に平穏が戻り、俺たちも少しはゆっくり出来る。
「なら、さっさとあの聖女を下ろしてやるがいい。あれからもう随分と時間が経っている。このままでは寝違えは不可避」
「……言われるまでもない」
仲間たちに魔王への警戒を任せ、俺は急いで十字架の下に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ」
未だ目を覚まさない聖女の身体に絡みつく鎖を解き、細い肢体を抱き下ろす。
その瞬間
「フッ、フフッ……フハァハハハハハハハハアッ!」
「なっ……」
突然の哄笑に振り向くと、倒れたままの魔王が狂ったような笑顔をこちらに向けていた。
周囲を取り巻く仲間たちも慌てて数歩跳び退いて身構えている。
「な、何だ!?」
「ハッ、ハハハ! アーーーーッハッハッハッハア!」
完全にイッてしまった笑い声だった。引き攣り、裏返った声で爆笑しながらこちらを見る魔王の顔に、背筋が冷たくなる。
こんな不気味な顔、そうそう見れるものじゃないだろう。
「クククッ、残念だったなあ勇者!」
「何だ、何を言ってる!」
「貴様が今聖女を下ろしたことで、私はおまえ達に呪いを残したのだ……!」
「どういうことだ!?」
問い掛ける俺に、魔王は肩を笑いで震わせながら指さしてきた。
「わからんか、今おまえたちがどんな姿を晒しているか?」
「え……」
自分の姿を見下ろす。
まだ意識を失っている聖女、片膝をついて彼女を抱きかかえている俺の身体。
別段、おかしなところは……。
「あっ……」
「む」
「……くっ」
ふと、妙な声が聞こえた。
顔を上げると、魔王を取り囲みながらも、視線をこちらに向けている魔法使い、賢者、戦士の姿。
皆それぞれ、驚きと困惑とが混ざった、どこか苦い顔をしている。
「考えてもみろ、勇者。魔王との最終決戦、囚われながらもおまえに助けられたその聖女。フフ、まるで……」
魔王の言葉を理解し、愕然とする。
「メ、メインヒロイン……」
そうだ、まさしくその通りだ。
このシチュエーション、どう見たってラスボス戦後に救い出された囚われのヒロインと救い出した主人公の図じゃないか!
「さあ、困ったなあ勇者よ! 貴様は、まだこの娘共の誰とも一線を越えていない! 甘ったるい馴れ合いとラッキースケベ程度しか交わしていない仲! おまけにその聖女は一番の新参! それがどうだ!? どこからどう見ても、おまえとくっつくのはそいつしか有りえない構図になってしまったなあ!」
「ばっ、バカな!」
「さあさあどうする!? こ奴らも貴様もグダグダとした馴れ合いばかりで一歩踏み出せん腰抜け揃いだが、こうなった以上はそうもいかんなあ! 例え聖女が意識を失っていても、この娘共の中には間違いなく嫉妬の種が撒かれた! さらに貴様の中にも、聖女がメインヒロインと言うイメージが刷り込まれてしまったぞ!? 何なら生き残った部下たちを使って、事の一部始終を後程、聖女に伝えてやっても良いが!?」
「うるさいんだよ、黙ってな!」
嫉妬、の一言に三人とも顔を真っ赤にするが、代表して戦士が魔王の顔に拳を叩き付けた。
「グフゥ……だが安心しろ! 私は必ず蘇る! そしてまた同じようなイベントを貴様らにプレゼントしてやろうぞ! さあ、次に十字架に掛かる希望者は誰だ!? 先着順だぞ!」
二発目を打ち下ろすべく構えていた戦士の動きが止まる。
互いをけん制し合うように、魔法使い、賢者、戦士の視線が火花を散らした。
おいおい、勘弁してくれよ……先着『順』とか言ってるし、公平を期すならあと三回魔王討伐の旅に出ないといけなくなるんだが!?
「さらにその中にランダムで爆弾を追加してやろう! 『ヒロインの足元に設置された爆弾を命がけで解除』イベント、精々頑張るのだなあ! 成功すれば好感度はうなぎ上り! 弾かれた者からは嫉妬の嵐! アハハハハハッ!」
「こ、コノヤロウ! 面倒なイベントを予言すんなバカーっ!」
「赤いコードと青いコード、どっちがいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
その言葉を最後に、魔王は爆散する。
後に残ったのは、今後修羅場が確定しつつある俺たち一行のみ。
結局、戦いとは、歴史とは繰り返すものなのだろうか。
俺たちの戦いは、一体何だったのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はただ、このハーレムの中から、誰か一人を選ぶのか、それとも全員幸せにするのか、そんな選択を強いられる未来にどう立ち向かうか。
それだけを考え、俺は牽制し合う仲間たちの下へ、聖女を背負って恐る恐る歩を進めるしかなかった。
(もしまた異世界転生したら、ヒロインは某スパイ映画形式で行こう……)
割とクズな事を考えながら、ひとまず今回の旅は終わりを迎えた。