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魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません  作者: 卯堂 成隆
第六章 快楽(けらく)からの呼び声
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「クラエスぅ、なんかすごい状況だね」

 仕事机の上に積み重ねられた収支報告書を眺めながら、エーディスは何も考えずにそんな言葉をもらした。

 数字の読めない奴だから、売り上げについてでは無くて単に書類の枚数が多いことに驚いているのだろう。


「あぁ、すでに予約は三年先まで一杯だ。 予約料金だけで、今年おさめなきゃいけない税を軽く上回るほどの収入になるぞ」

 この国の第二王女のお気に入りという評判とともに始まったスパの経営は、熱狂とともに貴族たちへと受け入れられた。


 特にブタ伯爵の変貌は話題となり、初めて見たときはあの政治の権化のような公爵ですら驚いて椅子からズリ落ちたという。

 ……実に愉快だ。


 さらに俺が宣伝もかねてケーユカイネンの新しい街を舞台にした恋愛小説『パイヴァーサルミの懲りない亭主』を世に出すと、貴族のみならず暮らしに余裕のある富裕層の人間たちが物語の舞台を見てみたいと言ってなだれ込んできた。


 なお、当然のことながら俺の読者の大半は知識階級であり、そこに属している人間は主に富裕層か貴族である。

 庶民は本を読んだり買ったりする前に、文字を読むことができないからだ。


 ちなみに本の売れ行きは好調で、今はそれを舞台の台本に書き直すという作業に入っている。

 なお、劇団は初めて仕事をともにするところだが、劇場曲の作曲者は今までにも何度か組んだことのある奴だ。

 コメディである今回の話とは非常に相性がいい。

 初演には呼ばれることになるだろうから、今から舞台を見に行くのが楽しみである。


 なお、残念ながら低所得層を想定した事業は一切行っていない。

 ――意味が無いからだ。


 そもそも……旅行を楽しむという習慣のほとんど無い彼らはこんな遠方まで足を伸ばすだけの資金が無いし、この領地の名物も裕福な人間にしか手が出せない類のものである。

 おまけに食材は輸出するのに問題のあるものばかりだし、人手不足のため安く大量に工業製品を作るような事業は出来ない。


 ゆえに、必然的に我がケーユカイネンは高級感を売りにするほかはなかったのである。


「でもさー、できればえらそうな人ばかりじゃなくて普通の人にも来て欲しいよね」

「残念だが、それは当分かなわないだろう」

「なんで?」

「それは……戦争が起きるからだ」

 風の精霊たちに集めてもらった情報によると、第一王子と第二王子の反目はますます激化しているらしい。

 悪いことに両者の戦力は拮抗しており、戦いになれば内乱はかなり長引くだろう。

 そして、その凄惨な未来は確実に近づいてきている。


 なによりも、第二王子の血のつながった妹であるアンナの身が心配だった。

 もしも戦争になれば、彼女はその軍事的な能力を見込まれて戦いの地へとつれて行かれるはずだ。


 さすがに知り合いが戦争に行くのは気持ちの良い話しではなく、俺としてはできるだけこのろくでもない争いをやめさせたいとは思っている。

 ……思ってはいるのだが、そのために必要なことを考えると、どうしても気が引けてしまうのだ。


「ねぇ、パイヴァーサルミから何か連絡が来ているみたいだよ?」

 その声に振り向くと、机の上においてある朝顔の花のような形の魔道具がかすかに震えていた。


 パイヴァーサルミは、南の入り口に新しく作った街の名前である。

 俺が寝泊りしている代官の屋敷とは距離がかなりあるため、こうして風の精霊に頼んで魔術的な伝声管を引いてあるのだ。


「こちらクラエス。 どうした、何があった?」

 すると、伝声管の向こうから、困り果てたゴブリンがなにやら怒涛のように喚き立てている。

 やや支離滅裂なその内容を要約すると、すなわちこういうことだ。


「なに? うちの工房に弟子入りしたいと言って来たやつがいる?」

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