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「しかし、俺がしばらくいない間にだいぶ畑が整ってきたな」

 山から戻る帰り道、眼下に広がる景色を見下ろして俺は感慨深く呟いた。


『ほんと、色々とかわっちゃったねー』

 ここに来た当初はあれほど荒れ果てていた田畑の跡地だが、今はその一部が丁寧に耕されて黒々とした土がむき出しになっている。


 むろん、人の手によるものではない。

 土地の開発を任せた地の精霊さんたちの手による作業だ。


 今現在もその作業は続行中であり、俺たちの目の前では石ころだらけの地面がバキバキ音を立てて粉砕されつつ、一筋の焦げ茶の線となってまっすぐな(うね)となってゆく。

 まるで地面の下を地竜が掘り進んでいるかのような光景は、遠くから見ていてもなかなかの迫力だ。

 このスピードならば、一週間もかからずにこの領地のほとんどが農地として活用可能になるだろう。


 もっとも、思考と理論をつかさどる風の精霊たちからすると人間の土地開発計画はかなり杜撰(ずさん)に映るようで、水路と道をまっすぐに整備して、歪な形の田畑はすべてその形を修正することが決まっている。

 今手をつけているのは、その計画の邪魔にならない部分だけだ。


「お疲れ様。 ちょっとこれを見てくれないか?」

 ちょうど畑を耕しているところを通りかかったので、俺は精霊のいるであろう方向に声をかけた。

 そして山で採取してきたばかりの豆をいくつか差し出す。


「前に豆の仲間の作物が欲しいって言っていたらしいな? これを山で見つけたのだが、何かの役に立たないだろうか?」

 地の精霊たちから教えられた話だが、なんでも豆には大気中にある栄養素を取り込んで地中に貯蔵する性質があるらしい。


 すると、柔らかな風が吹いてきて、差し出した俺の手をなでる。

 おそらくは、風の精霊がやってきて、豆に分析をかけたのだろう。

 そしてその結果を解析した地の精霊が、結論を出すのだ。

 実に羨ましい研究スタイルである。


『あ、特に問題ないから育ててみようって言ってる』

 すると、エディスの言葉とともに強い風が吹いて、俺の手から豆をさらっていった。


『あ、ちょっと離れてって』

「……なに?」

 慌てて後ろに跳び退ると、畑の土からボコッと大きな音が響き、緑の芽が勢いよく飛び出した。

 そして、まるで緑の絨毯を転がすようにして豆の(つる)が畑の上を覆いつくしてゆく。


 おそらく、先日エディスがオオイヌノフグリの花を咲かせた魔術の上位版だ。

 こうして本格的な魔術を見るのは実に感慨深い。

 ……というより、エディスが使えなさ過ぎる。


「すばらしい力だな。 この魔術があれば、一年にどれだけの作物が育つだろうか……」

 思わず呟いた言葉だったが、ふいに地面がゴゴッと音を立てた。


『あ、クラエス。 おじさんから注意があるみたいだよぉ?

 えーっとねぇ、とりあえずこの魔術は土への負担が大きいからぁ、できるだけ使わないほうがいいんだってぇ。

 制限因子? ドベネックの要素樽? なんかよくわからないことを言ってるよぉ』

 あぁ、俺としたことが……先日地の精霊から教わったことをすっかり失念していたぞ。


 地中に含まれる栄養素は大まかに窒素、リン、カリウム、カルシウム、二酸化炭素、水、光の七つの要素が必要であるらしい。

 そして必要な因子のうち1つでも不足するものがあれば、他の因子が十分にあっても作物の生育は制限される。


 そのため、植物の育成はもっとも足りない栄養素によって左右される……というのが、制限因子というものの考え方だ。

 そしてドベネックの要素樽とは、その考え方を図としてわかりやすくしたものである。


 実際には足りない栄養素をほかの栄養素で間に合わせたりもするらしいのだが、地の精霊が植物を育てる際の基礎理論として伝えられているものらしい。


「では、この豆を一気に成長させたことで、地中の栄養素も一気に減少したということになるな。

 何か肥料を追加したほうがいいのだろうか?」

『ううん。 肥料を後から追加するとぉ、豆の類は葉っぱばかりが大きくなってぇ、実をほとんどつけないらしいよぉ』

 なるほど、農業とは奥が深い。

 色々と知識を身につけたつもりではいたが、まだまだ精霊たちから学ぶことは多いようだ。


 俺は今日学んだことを感慨深く頭の中で繰り返しながら、家路をゆっくりと歩くのだった。

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