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魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません  作者: 卯堂 成隆
第四章 移住者たち、来たる
34/117

1

 この領地に新たな住人たちがやってきて、すでに二週間が過ぎた。

 その間の出来事は、まさに驚きの連続だったといっておこう。


 彼らがこの領地住み始めて判ったことだが、ケットシーやランペール族は恐ろしく不器用だった。

 ……確かにあの丸っこい肉球のついた短い指では仕方が無いだろう。

 俺は理解した。 彼らは行商人を好むのではない。 行商人しか出来ないのだと。


 その逆にゴブリンたちは恐ろしく指先が器用であり、精霊たちも彼らにいくつもの仕事を依頼するほどである。

 今は料理人を中心に、風の精霊と協力して音楽家になったり、あとは火の精霊と協力して陶芸やガラス細工に挑戦するものまで現れており、移住者たちのなかでももっとも活動の幅が広い。


 なお、俺がもっとも驚いたのは、オークたちだった。

 彼らは身長2m前後の筋骨隆々とした姿をしており、緑色の肌と低くて上向きの鼻、そして眉毛が生えていないという厳つい姿をしているのだが、嗅覚に優れる彼らは、その無骨な外見にもかかわらず調香師としての才能に恵まれていたのである。


 その太くて長い指で繊細なガラスのピペットを操る姿はユーモラスだが、彼らは紛れも無く芸術家であった。

 そのセンスはそれぞれのオークごとに非常に個性的でかつ質が高く、今では精霊たちが自分たちで調香することがなくなったほどである。

 ムスタキッサは、それぞれのオークごとにブランドを作る事を考えており、絵心のあるゴブリンを捕まえてボトルのデザインやラベルのデザインの作成に余念が無い。


 そんな感じでケーユカイネンは思いがけず順調な成長をはじめたのだが、ここにきて問題が発覚した。


「なに……食料が足りない?」

「そうですニャ。 正確には、乳製品と肉類……特にナマモノ系の乳製品が足りてないですニャァ」

 ムスタキッサの言葉に、この領地で生産している食料が大きく野菜に偏っていることに気づいて愕然とした。

 今までは俺一人だから飼っているひと(つがい)のヤギと持ち込んだソーセージの類でまったく問題がなかったが、人が増えればその手の食料も増産しなければいけなかったのである。


「当面は外からの輸入に頼るとして、この領内で家畜の放牧を始めるとなるとどのぐらいの予算が必要になる?」

「ふむぅ……牛の相場がこのぐらいで、ブタやヤギはこのぐらい、鶏はこのぐらいですかニャァ」

 ムスタキッサがおおよその相場を書き記し、秘書役の風の精霊がそれを元におおよそ必要な数とその予算をはじき出す。

 ニワトリならばまだいいが、牛の相場が俺の予想より遥かに高い。

 そして導き出された数字は……。


「完全に予算オーバーだな」

「我々の資金から出しますかニャ?」

「いや、それは最後の手段だ」

 まさかここに着て予算不足になるとは思ってもいなかった。

 ここの経営はほぼ開拓に近いのだが、これほど予算がかかるものだとは思ってもいなかったぞ。


 そして俺が答えを出す前に更なる騒動がやってきた。


「くーらーえーすぅー! アーロンさんが牛を捕まえたってさぁ!!」

「……牛?」

 飛び込んできたエディスの声に、俺とムスタキッサが首をかしげる。

 野生の牛がいないわけではないが、少なくともこのあたりに住んでいるという話は聞いていない。


「んで、出来るだけ急いでクラエスを呼んできてくれって」

「わかった。 場所はどこだ?」

 そして現場に駆けつけた俺が見たものは、牛ではなく牛の角と尻尾が生えた少女だった。


「……ミノタウロスの雌か」

 ミノタウロスといえば牛の頭を持つ巨人だが、現在ではさまざまな亜種が存在している。

 だが、総じて雌は人の因子が強くでる傾向にあり、この少女のように人の顔に牛の角や耳がついているだけという姿をしていることが多い。


「ミノタウロスといえば、この領地の東の山脈を越えたあたりにある海に面した草原に住んでいるはずですニャ」

「つまり、この少女はその山脈を一人で超えてきたということか?」

 見れば、その足の蹄は土に汚れてところどころ蹄が欠けている。


 俺たちがそんな事を考えると、ミノタウロスの少女が小さくうめき声をあげ、その目をそっと開いた。

 そして彼女は呟いたのである。


「……た、助けてください。 私たちの村を……誰か……」

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