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魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません  作者: 卯堂 成隆
第二章 魔境は宝の山だった
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7

「まいどどうもー ハンネーレ第二王女からご紹介にあずかりました行商人で、トゥーリ・ムスタキッサともうしますニャ」

 俺を待っていたのは、仕立てのいい服に身を包んだ巨大な黒猫だった。

 身長はおよそ2メートル近いだろうか?


「二足歩行のデカい猫……ランペール族か」

「いかにもその通りでございますニャ」


 ランペール族とはネコ妖精の一種であるケットシーの上位種族で、巨大なネコの姿をしている。

 ネコ妖精と呼ばれる種族社会における貴族階級のようなもので、ケットシーたちは彼らを中心に小規模な都市を作ることがあるという。


 ただし基本的には一箇所にとどまることを良しとしない性格らしく、ケットシーたちを率いて大規模なキャラバンを結成し、国から国へと商売をする者が多いらしい。


 そしてアンナの紹介ということは、おそらく王族や高位の貴族を専門に相手している連中の一人だろう。

 なかなかの大物だ。


「ちなみに俺のことはどれぐらい知っている?」

 俺がかつて商人たちと揉めたのは、彼らの業界では有名な話である。

 ……なにせ、去り際にさぎスレスレの手口で多大な損害を与えてやったからな。


「よく知ってますニャー ケツの穴の小さい奴らに妬まれて、苦労なさったと」

「俺と組めば、そいつらを敵に回すぞ?」

「誰を敵に回したところで、利益のほうが大きければそれでいいだけの話ですニャー それが商人の正義ですので」

 なるほど、商人の正義か。

 まさにその通りだ。


「では、まずは商品を見てもらおうか。

 先ほど出来上がったばかりの試作品だ」

 最初に見せたのは、美容石鹸と工業用石鹸の二つである。


「ほぅ、これはこれは……石鹸でございますかニャ。

 一部の職人が製造技術を独占していると聞きますが、このようなところでお目にかかるとは。

 はて、この二つには何か違いがあるのですかニャ?」

「片方は肌を洗うためのもので、精油や美容液を混ぜてある。

 もう片方は肌への配慮がされていない代わりに汚れを落とす力が強い」

 そんな説明を加えると、ムスタキッサは目を見開いてその石鹸をまじまじと眺めた。


「そのようなコンセプトで作った石鹸は初めてですニャー

 いったいそのような技術をどこから?」

「残念ながら企業秘密だ」

 精霊から教えてもらっただなどといったところで、誰も信じたりはしないだろう。

 そもそも、精霊によっても知識に大きな格差があるし、守護精霊契約でも自由に使える力を契約者に与えるだけなので、このように彼らから知識の教授を受けた精霊使いもまず存在しないはずだ。


「にゃるほど。 ……香りもよいし、魔力を帯びている。

 魔法植物を使っているのは間違いないが、そんな貴重品をいったいどこから……?

 もしかすると、例のコ・コーアという植物ですかニャ?」

 探るような目を向けてくるが、そう簡単に手の内を明かすのはかえって信用を失ってしまう。


「ご推測にお任せしよう」

 そう告げながら、俺は数十種類にも渡る魔法植物から抽出した聖油をズラリとテーブルの上に並べた。

 そのゆらゆらとオーラの輝きが漂う美しい液体は、誰の目から見ても間違えようが無く魔力を帯びている。


「こ……これは……これほどのものをお持ちとは……これがこの地で作成できるとおっしゃるのですかニャ!?」

 そう呟くムスタキッサの声は興奮でうわずっていた。

 聖油は恐ろしく高価な品物であり、同じ重さの金よりも遥かに値段が高い。

 まさに宝石のような液体である。


「ご想像にお任せする……といいたいが、あえてできると言っておこう」

 俺の台詞に、ムスタキッサは思わず唾を飲み込んだ。

 そして、次の瞬間、彼の目がさらに大きく見開かれる。


「ところでこれは何ですかにゃ?」

「あぁ、見てのとおりの人形だ。 ただの気分転換に作ったものだが、どうかしたか?」

 ムスタキッサの視線の先にあったのは、エディスのふだん乗り回している人形だ。

 元は俺の作った木彫りの人形のはずなのだが、精霊であるエディスが乗り移ることで細かい部分がいろいろと魔力で無意識に修正されているらしく、もはや生きた人間と区別がつかない。


 なお、現在その中身は空っぽだ。

 話の邪魔をしないように本来の黄色い光の塊の姿にした上で、結界の中に閉じ込めてあるからな。


「まるで生きているみたいですニャ……

 いい趣味と技術をお持ちで。 ちなみにこれを売り物にする気はありませぬかニャ?」

 ふむ、それは考えてなかったな。

 俺のデザインが良いのか、人形に宿ったエディスは絶世の美幼女である。

 これを欲しがるものはいくらでもいるだろう。


「量産は無理だから、オークションに出すという形で売るのならば」

「奇遇ですニャ、わたしもそのように考えておりました」

「……世の中には高く売れるものをひたすら量産することが商売だと思っている輩がいるらしいが」

「それは見識が浅いというべきですニャ。 大量に出回るものは、すぐに飽きられてしまいます」

「同感だ。 商品の中には、希少であるがゆえに長く商品価値を保つものがある」

「流行を追いかけてそれらを大量に売りさばくのもひとつの商売の形ですが、貴族相手にそれは悪手というもの。

 ありふれたものに、彼らは興味を示してくれませんからニャ」

 さて、これは十分に手ごたえがあったと考えてよいだろう。


「ご覧のとおり、この領地には商品となるものは沢山あるが、あいにくと大量生産には向いていないんだ」

「ご安心を。

 このトゥーリ・ムスタキッサ、クラエス様のご期待に全力でお応えする所存ですニャ。

 さし当たって、この領地の商品をいくつか売っていただきたいのですが」

「是非もない」


 そして俺たちは握手かわし、ムスタキッサはケットシーたちを引き連れて王都へと戻っていった。


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