五節:メインヒロインってどんな匂いするんだろ?
研究室を抜け、更に先の研究所出口に続く扉に向かう。
不思議なことに扉は開いたままだ。
普段は認証魔法によって、選ばれた人間でなければ通り抜けることができないはず。
急いで出口を抜けると、納得がいった。
研究所を見回る騎士が何やら話をしてから、一方が立ち去ったのが見えた。
(警備兵のシフト交替時間か)
この仕様はゲーム上では特段気にすることは無かった。些細なことでも"FoC"のNPCが「生きている」と思わせる演出に感心した。
「おや、錬金術師ユーマ殿。気が付かれましたか」
NPCから話しかけることは強制イベントだけのはずだ。
やはり、ここはゲームとしての"FoC"ではなく、一つの現実世界なのだと思わせる。
「ああ、これから謁見の間へ向かおうと思う」
「総統閣下にご報告ですな?でしたら、この回廊を直進すれば辿り着けますぞ。途中に部屋もこざいませんので、迷うことはありますまい」
「どうも、ご丁寧に」
謁見の間へと続く回廊を歩く。道行くNPCの配置は、ゲーム版と変わらなかった。
今更だが、VRヘッドセットの不快感が無いのは長年"FoC"をプレイした身としては嬉しい。
より精細になったグラフィック――俺にとってはここが現実世界となったのだから当たり前だが――はモニターの解像度では表現できない臨場感があった。
対面から一人の女性が歩いているのが遠目に見えた。胸元がハート型に空けられた特徴的な鎧は間違いない、一番人気のマリスだ。
男性プレイヤー人気投票第一位のNPC、マリス。
女性を強調させたスタイルとその反面、あどけない仕草が人気を呼んでいる。
吸い込まれるような緑色の瞳、人目を引く銀髪のセミロングヘア。何より公式設定でHカップのナイスバディ。
俺でなくてもマリスは男性プレイヤーは等しく皆がお世話になったに違いない。
事実、薄い本やイラストサイトでは「世界一エロ画像が存在するNPC」として定評がある。
マリスがこちらに気づいたようだ。小走りで近づいて来る。
なぜか鎧の胸部分はニット地なので、いかにも柔らかいのが振動する度縦に揺れる。エロい。時々迷走する"FoC"スタッフの歴史に残る功績がここにある。
「ユーマさんっ!無事ですか!?」
「マリス。し、心配ありがとう。大丈夫……っだよ」
途中噛んだり、胸がつっかえる心地がした。
現実の女の子に話すことさえ試練なのに、現実世界に顕現したエロの権化を相手に平静は保てない。
「なんだか会話するのがつらそう……まだ喉が痛みますか?」
下から俺の喉を覗き込むように、マリスは屈んだ。この時、視線を下にずらすのはルベンカ帝国に所属するプレイヤーの恒例行事だ。ハート型の桃源郷がそこにある。
マリスがプレイヤーを覗き込む仕草は、彼女絡みのイベントではほぼ全てと言っても良いくらい頻発する。
鬼神といえど、色んな意味で純情だ。何より人の子だ。
この役得を享受しない方がおかしい。