四節:チートバグアイテム
青と赤の賢者の石が連なり、長い目眩が続いた。思わず地に両膝をついてしまった。
目眩が収まり、視界が元に戻る。不思議な光景が浮かび上がっていた。
(これは……インターフェースか?しかも"FoC"のそれと同じ構成だ)
ネトゲ版"FoC"で見慣れたユーザーインターフェースが宙に浮かんでいる。現在のHP、MP、システムウィンドウからアイテム欄やパラメーターへのアクセスも可能だ。
「達者か、錬金術師。ひどい立ち眩みに苛まれていたと見るが」
「ああ、大丈夫だ。老師、俺の目の前に何かがあるのが見えるか?」
いきなり湧き上がったユーザーインターフェースが他者からも見えるか、気になった。
「ふむ、幻覚か?儂にはそなたが四肢を這いつくばらせ、頭を垂れていたようにしか見えんかった」
「幻覚じゃない。恐らく赤い賢者の石がもたらした新しい力だ」
アイテム欄を見る。体は焼けてもアイテムは無事なようだ。
試しに、先ほど使ったMP回復薬を10個呼び出して手術台に置いてみた。
「今のは、錬金術か?だが、魔光が放たれたようには見えなかったがの」
「新しい賢者の石の能力さ。どうやら無尽蔵にアイテムを保有して呼び出すことができるらしい」
この能力があれば、錬金術を使うときの隙をなるべく省くことができるだろう。
次にパラメーター欄へアクセスしてみた。思わず息を呑んだ。
「これは……」
ゲームプレイ時のレベルは99、いわゆるカンストだったはずだ。
それが今はカンストを超え、198レベルになっていた。
「錬金術師、そなたからとてつもない力が溢れている。かのイヴァン大帝をも凌ぐ力だ。賢者の石を過信するでないぞ」
「いや、今でもイヴァン大帝には勝てそうにはなさそうだ。老師が一番大帝の時代を知っているだろう」
「まぁの。錬金術師が神に近い存在ならば、まさしくイヴァン大帝は闘いの『神』じゃ」
イヴァン大帝はルベンカ帝国最盛期の国家元首だ。圧倒的な武力と知略により、彼の代で初めてルベンカ帝国は全世界の統一を果たした。
ルベンカ帝国正門を抜けた大広場の中心には、彼を神として祀った神像が城下町を見守っている。
ちなみにネトゲ版のイベントでは何かの拍子で過去に飛ばされる魔法によって、なぜかイヴァン大帝と一騎打ちをするものがあった。
あまりの強さに"FoC"史上稀に見るクソイベとして一時ネット掲示板では大炎上。錬金術師ではなかった当時の俺も彼には敵わなかった。
しかし大帝が崩御した後、帝国は没落の一途を辿ることとなる。"FoC"の時代は、ルベンカ帝国が没落して数百年後、イヴァン大帝の子孫であるイヴァン二世総統閣下が治世をするなかで物語が始まる。
この二世、総統の器には相応しくないと陰口を叩かれるほどうだつの上がらない温厚な人物として知られている。
普通この様な悪言は発覚次第、不敬罪として処断やむなしと言いたいが温厚な性格ゆえ未だかつて彼への罵倒で命を落とした人間はいない。
こうしてエルガー老師と話していると、もう一つの疑問が浮かんだ。
「ところでエルガー老師、俺の名前を知っているか?さっきから俺の名前を呼ばれた試しがないのだが」
「以前そなたは名乗ったが、覚えないようにしておる」
「めんどくさいから?」
「ファファファ、いや人一倍長生きをしておるとだな、死んでいった仲間を思い出すことが多くなる。ルベンカ建国に命を燃やしたあの日々、この時代に取り残されたのは儂ひとり。魔法の力で長生きをすれば、その分だけ悲しみを背負うものだ」
齢600歳から数えなくなったマスターウィザードは、一人取り残された世界のように寂しげだった。
「老いぼれの話は終わりじゃ。そろそろ総統閣下に謁見してはどうかな。そなたの事をとても気にかけておったぞ」
「少し長話をしてしまったな。賢者の石のこともあるし、行ってこよう。また用があったら声を掛けてくれ、老師」
踵を返し、研究室を出ようとした。
「……どんな人間も後ろめたい感情から目を背けることはできぬ。ルベンカは、何かが変わろうとしている。何を恐れているのかは分からぬがな」
歩みを止めて、老師の方へ振り返る。
「いきなりどうしたんだ、老師」
「お主を急かした手前ですまぬが、妙な胸騒ぎがしおった。くれぐれも気をつけるのだぞ」
「分かった。だが安心してくれ、身の危険には回避できる自信がある」
今度は振り返らず、謁見の間へと俺は向かった。