三節:焦る老人と鬼神
「そなた、突然何を錬成するのかと思えば、賢者の石を作り出しおった。血迷ったか」
MPの回復薬を飲むや否や、危険物を生み出す錬金術師は、誰が見たって気が触れたと思うしかないだろう。
「いや、こいつは俺が作り出したかったものではない。俺はただ、『今必要なもの』を漠然と思い浮かべただけだ。それに、賢者の石は錬成できる代物なんかじゃない」
「特別な力を持つとはいえ、理論上作り出せるものではないのだな?」
賢者の石を所持する人間が全くと言ってもいいほどいないのは、作り出される条件が奇跡に近いものによる。
「こいつは掌でちょちょいと作り出せるものじゃあない。初めに言っておくと、賢者の石は石であって石ではない」
「ややこしい物言いをするでない、若造」
「……賢者の石を構成しているのは、生体高分子をはじめとするあらゆる生体物質が結晶化したものだ」
賢者の石の構成物質はゲーム内のフレーバーテキストに記載されていて、そのことを俺は覚えていた。
「なんと。では、賢者の石は生きておるのか!」
「そういうことになる。万物を生み出す錬金術でも、さすがに生物の錬成は不可能だということだ」
神に近い人間は神ではない。ましてや神を冒涜することが赦されるわけがない。
「ならば、その石は賢者の石ではないのだな……?」
ローブに身を包むエルガー老師が次第に汗ばんでいるのは、研究室が決して暑いからではない。
「いや、間違いなく賢者の石だ。握っていると分かる。……微細だが、鼓動を感じる」
「処分するか?」
「装備する」
老師は開いた口が塞がらないようだった。
「やめておけ。死ぬつもりか?蘇生魔法は使わんぞ」
「一度は死んだ身だ。ここで死ぬなら、俺はそこまでの人間ということさ。悔いはない」
どの道、現実世界でも近々自ら命を絶ちたいという願いはあった。
月並だが、自分のやりたいことが見つからなかったし、人生の目標が見つかる気がしなかった。
"FoC"で数多くの功績を残し、優越感は覚える。
それでも、ゲームそのものが生きる原動力にはならない。
いつしか、この無気力は破滅願望へと変わっていった。
俺は俺の限界を超えた生き方を貫き通して死にたいと願うようになったのは、ゲーム内で錬金術師にランクアップしてからのことだ。
「これが、新たな賢者の石が生み出されたのは、俺の破滅願望の現れからなのだろうか」
生物を錬成した事実については、ここで結論は出せないだろう。
生み出された赤い賢者の石を、俺は躊躇いもなくペンダントに括りつけて首に掛けた。