二節:もう一つの「賢者の石」
薄暗いタイル張りの部屋に置かれた手術台。そこで横になっていた俺は台から降り、違和感に気づく。
「……老師、俺の服は?」
「何を抜かしおる。焼けたに決まっておるじゃろ」
目覚める前の状況を思い返してみた。体中が焼かれたということは、身に着けていた服も焼けていたわけで……
「おっと、一つだけ無事なものがあった。ほれ」
エルガー老師が何かを投げつける。鈍い光を放つ青い石に、革の紐で括られたペンダントだ。
「『賢者の石』、こいつさえあれば良い。……あと着替えも」
「全裸で戦場を彷徨うのもオツなものではないかの?……冗談じゃ、怖い顔するでない。こいつを持ってけ」
フード付きのロングコートと、イタリアンカラー――ここにイタリアがあるはずないが――のシャツとジーンズを手渡された。
「感謝する。それにしても、これほどの業火でも賢者の石だけは消失しないとはな。しかもチェーンも燃え尽きていない」
「それを所持することは錬金術師の証。そしてただの飾りではないことはそなたも分かっておろう」
賢者の石は、ゲーム上キーアイテムとしても、装備アイテムとしても重要な役割を持つ。
これがなければ、装備条件が揃わなければ、ジョブチェンジで錬金術師になることができない。
装備したときの恩恵は、計り知れないものとなる。
「あぁ、『無から有を生み出す』。まさしく神の力だ。手にする人間も、神に近づいた人間でなければ装備するだけで身が持たない」
「儂でさえも、首に括ったが最後。魔力が放出を続けて、精根尽き果てることになるであろう。老いぼれとは言え魔法に覚えがある儂よりも、そなたの方が魔力があるのじゃろうな……」
「魔力の奔流、か。独特な放出をする魔力が空気と混ざり合い、様々な作用を引き起こす。金属を生み出したり、攻撃を守る障壁を作り出せたり。目に見えないものから万物を生み出す。賢者の石が『無から有を生み出す』と謳われる所以だ」
錬金術師になれる条件は、膨大な魔力だけではなく、魔力の放出を抑える力も必要とされる。
マスターウィザードが持つ豊富な魔力、バトルマスターが持つ屈強な精神、賢者が持つ不動の理性。
あらゆるジョブの頂点を極め、どこにあるのか分からない賢者の石を御することができて初めて錬金術師になることができる。
「全てを極めるというのは、必ずしも全てにおいて頂点に立っているわけでは無い。純粋な魔力では、エルガー老師。アンタには敵わないだろう」
「老人を買いかぶってくれるな。若いとは素晴らしい。若さがあれば、世界の広さを知り、どこへだって行ける」
「老師、それは違う。仮に老師が昔に戻ったとしても、きっと同じ道を突き進むだろう。いつだって人間は自分で選んだ道を正しいと信じる。それが間違いと気づくまではな」
すっかり体の調子が戻り、俺はエルガー老師の研究室から出ようとする。その前にやっておかねばならないことがあった。
「エルガー老師、もう一つお願いがある。……魔力の回復薬もくれないか?これでは錬金術も使えない」
戦闘不能になってから、MPが空っぽになっていた。気を失っている間に魔力が放出し続けていたのだろう。
「ファファファ。魔力がなければそなたも人の子よな、若き錬金術師よ」
特徴的な笑い声とともに、引き寄せ魔法で乱雑に積まれた魔法薬の瓶から回復薬が俺の手元に渡された。
「恩に着る」
「どうってことはない。儂の頼み事をいつも聞いてくれる礼じゃ」
一口で魔法薬を飲み、ゲームの世界では得られない不思議な感覚に包まれた。
(MPの回復はこんな感じなのか。試しに何か錬成してみよう)
魔力をなんとなく掌に集めるイメージを思い浮かべる。なるほど、イメージするだけで流れが操れるのか。
ほのかに掌の上に青い光がほとばしる。その勢いのまま、頭に作り出したいアイテムをイメージしてみた。
瞬間、光が勢いを増して、収束をしながら形作られていく。
「なんじゃ、それは」
掌に生み出された「それ」は、俺が持っているのとは全く色の違う、だが紛うこと無い「賢者の石」だった。