序章:英雄のログイン、そして強制ログアウト
System << Log in "YU-MA 1998" ...>>
System << ...Log in succeeded >>
パソコンのシステムログが無機質なメッセージを吐き出し、そして画面にフィールドが広がる。
猛暑の中、とある一軒家に別世界が広がっていた。
VR画面の見せる戦場、そこに降り立った勇者に他のユーザーが感嘆のメッセージを送る。
・・・
Kirihito@abc2005 << YU-MA 1998さん!初めて見たwwwww >>
Jeff.B0112 << 「ロードナイツコロシアム」最多優勝者YU-MA 1998さんじゃないっすか!やべえ >>
Yokotaro << "FoC"で初めて最上級職の「錬金術師」にランクアップしたYU-MAさんオッスオッス >>
Akari-n << わぁい、ユーマさん!わたしユーマさん大好き! >>
・・・
ログインするたび驚愕する彼らを見て、常々彼らがNPCなんじゃないかと思う。
なにせ、誰もが俺の勝ち取った功績を知り、そして讃えてくれる。
この賞賛は優越感を覚えるが、毎度同じ調子だと辟易する。
最初の頃は彼らのコメントに応えてあげたが、いつからか無視をするようになった。
坂本優馬、俺は名前どおりの人生を歩んでいない。「優れた馬」のように、誰よりも先を行く人間になって欲しい。
親が与えた期待に、俺は全く違う形で応えるようになっていた。
どこにネトゲだけ優れた人間になって喜ぶ親がいるだろう?それで金を稼いでから初めて喜んでくれるのだろうが。
少なくとも、俺の親は違う。最近は口も利かなくなった。
学校にも行かずにネトゲ三昧の生活をしていれば、いつかは飽きて全うに生きてくれる。そんな淡い想いもあっただろう。
だが、今の俺は引き返せなくなっていた。「ここの世界」は心地が良い。
――この"Field of Conquest"(略称"FoC")というゲームではVR空間に形成された幾つかの国から、所属する国を選ぶ。
そして性別、ジョブ、パラメータなんかを自分で割り振って、自分のプレイヤーを作り上げる。
この分身を使って自国のために領土を広げ合うのが目的だ。
通常の戦場では広がる領土は突発的に発生した区域のみなので、今後の戦略を練りにくいのが難点。
ただ、もちろんランダムで勃発する紛争だけが領土拡大の手段ではない。
そこで、さっきのモブが言っていた「ロードナイツコロシアム」での一騎打ちが国盗り合戦のキモとなる。
総当たり戦で、最も勝利の多かった国が好きな領土を選んで――もちろん選択数に限りはあるが――自国のものにできる。
出場できるのは各国の当主直属のプレイヤー、即ちその国でナンバーワンの実力者のみになる。
俺は未だに誰もが到達していない最上級ジョブ「錬金術師」として、出場した大会はすべて優勝してきた。
そうした活躍の賜物で、俺が身を置く国は他の追随を許さない大国になっていた。
味方からは「英雄」と讃えられ、敵からは「鬼神」と畏れられる存在。
VRという仮想現実の中で、俺は確固たる地位に立っている。
いつも通り、どのプレイヤーでも比肩しない鬼神があっという間に領土を制圧していく。
また一つ、小国がさらに小さくなる。
「この国も、あと少しで全土制圧だな」
鬼神を演じ、呟いてみる。
――紛争に一段落ついたところで、ある違和感に気づいた。何かがおかしい。
呼吸をするたびに息が苦しくなる。
しかも部屋の冷房はスイッチが入っているはずなのに部屋が暑い、いや暑いどころではない。
体が焼けるように『熱い』。あわててVRゴーグルを外そうとすると、更に異常事態が発生した。
「っ!!ゴーグルが熱い。オーバーヒートしてるのか!」
突然の轟音とともに鼻腔、口腔に空気ではない何かが一気に入り込む。
息苦しさが増していく。
(これは、煙か……もしかして家が火事に!)
熱のせいでゴーグルが顔にへばりついているのか、VRヘッドセット外すことができない。VRの画面にはノイズが走り、やがて暗黒が支配した。
何も見えない世界で、体が炎で焼き尽くされる感覚。喉を煙で灼かれて助けも呼べない。
こうして俺、YU-MA 1998こと坂本優馬は現実と仮想現実から「強制ログアウト」されてしまったのだった。