寮前の思い出
「泣いたのか?」
「あ…その…少しだけ」
「そうか
色々溜めてたんだろうな」
「そうみたいでした
慣れない世界に慣れない日常
平和な中界では経験しようのない事ですから」
「そうだな」
少し前を歩く実丸さん
「お前は?」
「え?」
「もらい泣き?」
少し足を遅めた実丸さんと視線が重なった
「……はい」
「昼間の事覚えてる?」
「お昼…ですか?」
重ねれば消えてく
近づいてももう距離ができるだけ
「いや…何でもない」
再び歩き出した実丸さんに私も足を進めた
『おにぎり食べたよ』
心の中で八雲がそう語りかけてきた
『おにぎり?』
心で返せば
その映像が流れ込んでくる
八雲が見てた私達…
『皇我に頼まれたの
後から違う術韻をかけられてる、舎羅登がかけたヤツじゃないって』
「え?!」
思わず声に出た
「どうした?」
『実丸に助けてもらえって』
「妃乃瑠?」
「私…術韻かかってますよね?」
「?」
不思議そうな顔をする実丸さんに近づいておでこを見せる
「違う術韻もかかってるって八雲が…」
「違う術韻…輪廻回廊の事か?」
頷いた妃乃瑠は
「舎羅登さんじゃない人にかけられてるって」
「違う人?」
「実丸さんなら解けますか?」
「………」
黙り込む実丸さんは私と視線を離して歩き出した
「かかってる方がいい」
「…実丸さん?」
「その方が忘れられるだろ」
忘れることを望んだのは誰でもない私で
でもどうして実丸さんはこんなに遠いんだろ…
前の私もこんなふうに思ってた?
「実丸さんとの記憶が増えるとダメなんですね…」
ゆっくり足を止めて実丸さんが寮を見上げた
寮の前は電灯で明るく、
照らされる実丸さんがまたかっこよかった
「懐かしいな」
「……」
「ここで」
「え?」
「妃乃瑠と教官に怒られた」
寮の扉は大きな両開きで中が見えるようにガラスになってる
その中を見つめて実丸さんはそう言った
「…私と実丸さんが?」
「おう」
私の知らない記憶
思い出そうとしても何も出てこない
「そんな顔すんな」
「…ごめんなさい
覚えてないです」
「そもそも、護衛付きになってから妃乃瑠は俺の事、実丸って呼んでたぞ」
「え!?本当ですか?」
「敬語も使ってない」
「そんな…失礼な事…」
恥じらうような、焦るようなオドオドする妃乃瑠
「怒られた時も…
妃乃瑠が八雲を自分の部屋で出してた時に俺が任務帰りにここで教官と話してたら、猛ダッシュしてきた八雲がこの玄関のガラス割って俺に飛びついてきたんだ」
「玄関を八雲が割ったんですか?」
「ああ。今日みたいな夜で静かだったからすげぇ響いて
みんな何事だって騒ぎになったんだ
俺も戦闘の任務帰りだったから、八雲の匂いに皇我が興奮して中に抑えるのすげぇ大変だった
その時はまだ舎羅登さんと藩登様以外皇我を知らなかったから外に出さない約束だったから」
「…そんな事があったんですか
…八雲がガラス割るなんて」
「妃乃瑠が八雲と話したいからって自分の気を念で送ったんだぞ?」
「え?」
「そりゃいきなり八雲みたいな小さいのにあれだけの念送ったら暴走するだろって鬼みたいに怖い顔した爺教官に怒られてたぞ」
優しく笑う実丸さんの忍服の袖を掴んだ
「…妃乃瑠?」
俺を見上げる瞳は涙をためいた
「思い出したい…」
「…」
「私バカですよね…
全部が全部、辛い思い出じゃないのに…
その時の感情だけで…
好きだけじゃない大切な思い出まで忘れるなんて…」
妃乃瑠の泣き顔は
いつもどうにかしてやりたくなる
俺が原因で俺が割り切らなきゃいけないのに
手放すなんて無理だって
忘れられて突きつけられて
気づいた
「きゃっ///」
ギュッと、妃乃瑠を力強く抱きしめる
「実丸さん?」
見上げる妃乃瑠の頬に手を置いて涙を親指で拭う
「そんな辛いなら思い出せよ」
「実丸さん…」
ゆっくり目を瞑った妃乃瑠の首を優しく引き寄せて
唇が触れそうになった瞬間
ガタガタ
っと音がして2人で玄関に目をやった
『やばい』
『見つかった』
妃乃瑠のクラスの子達数人が寮の中で隠れながら俺たちを見つめていた
「嘘…また…
早く部屋で寝なさい!」
妃乃瑠は顔を赤らめて生徒達の方へ行こうと体を向けた
「妃乃瑠」
「ンンッ////!」
手を引き抱き寄せ唇を塞げば
驚いた声をだす妃乃瑠
『きゃー//』
『やばい///』
『カッコイイ』
生徒達の悲鳴にも似た声に暗かった廊下の奥の部屋の電気がどんどんついて行く
「実丸さん?」
「解いてやるよ」
「ンンッ///」
再び唇を塞いで妃乃瑠の中を俺でいっぱいにする
バンッと突かれれば
頭を押さえる妃乃瑠
「痛っ」
『先生?』
『なんかおかしくない?』
「悲しき音の言霊 伝えし韻の理
かかりし術韻の誠よ、現れし」
寮の中が騒がしくなる
俺の術韻に妃乃瑠の額に浮かぶ睡蓮の花の痣が飛び出してくる
妃乃瑠はそのまま意識をなくし地面に倒れ込んだ
「やや…?」
俺の声にその飛び出して来たややは
『キャー///
実丸ってあんなキスするんだね
もうすっごい恥ずかしくて八雲の事ギューッて抱きしめちゃった』
っと言って笑った
「ふざけんなよ、そこで何してる?
お前お薬処に運ばれただろ」
『そんな怖い顔しないでよ
少しだけ妃乃瑠ちゃんを借りただけ』
「借りただけ?」
『そう、光愛さんの念を感じてたから気になって』
「だからって輪廻回廊かけるか?」
『それは、私じゃない
しかも、私お礼言って欲しいくらいなんだけど?』
「どういう意味だ?」
『この術韻、
本当はかかる度その対象の人を全て忘れるのよ?
お昼に実丸の記憶をどんどん壊してる妃乃瑠ちゃんがいたから中に入って止めてあげたの。今もね』
「じゃあ誰が…」
『解いていいなら解いてあげる』
「…その変わり…だろ?」
『さすが実丸。話が早いね
さっきお薬処から逃げてきたの
もう少し妃乃瑠ちゃんの中に居させて』
「……」
『負担かけるのも解ってる
でも危ない目には合わせないから』
「無理だろ。
ややが待ってるのは黄泉の死者になれ果てた光愛だろ?」
『……うん』
「妃乃瑠を傷つけたら」
『解ってる
実丸に怒られるのは前の下着事件で懲り懲りよ』
「その話はやめろ
…何かあったら先に俺に言え
絶対だ」
『…うん。ありがとう』
「じゃあその輪廻回廊解いてくれるか?」
『もちろん、あっ
実丸。これをかけたのは、紅月って子よ…
私が居る間はいいけど、釘さしておきなよ』
「紅月が?」
『じゃあね、実丸』
「ありがとう」
笑うややが妃乃瑠の中に戻っていく
かがみ込み妃乃瑠の顔を見れば
睡蓮の痣が薄くなってた
「実丸さん?」
「うん、大丈夫か?」
「//////////」
突然顔を赤らめて勢いよく立ち上がる妃乃瑠
「危ねっ」
「お、お、おおおやすみなさい!!」
バンッと寮に逃げ入り
「早く寝なさい!」
っと生徒達に声をかけながら走っていく妃乃瑠の背中を見つめた
「可愛いやつ…」
生徒達数人が俺を見つめていた
「早く寝ろよ」
っと手をあげれば騒ぎながら部屋に帰って行った
「はあ…」
「ため息か実丸」
振り向いて少し血の気が引く
「爺教官…お久しぶりです」
「お前がこんな面前で手を出すやつだったとはな」
「見てたんすか?」
「ああ、見てみろ」
杖で上を指せば何十人という生徒達が窓から顔を出して見てた
「最悪…」
「明日の妃乃瑠の授業が楽しみだな」
笑いながら寮へ入ってく爺教官に頭を下げた




