実丸と皇我
「音魂の涙、姿無き神の使い
八雲に語りかける
浄土の道を引き返し、身を裂く痛みに耐え
八雲思いし妃乃瑠の元へ」
術韻を唱え
ロウソクの火が灯る術韻室に入って
3時間が経った
台の上に眠る妃乃瑠は力なく横たわり
開いた瞳孔と涙が私たちの目に入る
阿兎さんが舎羅登さんに気を送り続けるが
あんなに疲れてる阿兎さんを見て
私たちは妃乃瑠を諦めなくちゃいけない気がしてくる
「大丈夫だから…飛奈」
未来弥が私の背中に手を置き
横で術韻に乗せ念を送る
「……っクソ
ダメか…」
舎羅登さんが天を仰ぐ
「八雲が見当たらない」
「ハアハア…妃乃瑠ちゃんは…」
阿兎さんが息を切らしそう問いかけた
「阿兎、少し休め」
和兎さんが優しく手を阿兎さんの頭に翳し気を送る
騒ぎを聞きつけた
龍様や、藩登様、花屋敷家の親戚の方々も集まり総動員で念を送るが
一向に妃乃瑠の意識が戻ることはなかった
そう思えば思うほど
涙が溢れて手が震える
「八雲…お願い」
飛奈が小声で言えば
『おやめください』
『実丸様!』
屋敷の廊下が使用人の声で慌ただしくなる
バンっと開いた扉に実丸さんが居た
不思議と私はホッとした
妃乃瑠にはこの人しか居ないって…
「何しに来た実丸
…お前は来るなって」
舎羅登さんの言葉を無視して
実丸は台に眠る妃乃瑠の元へ向かい
忍服の上をずらし上半身だけ裸になり
妃乃瑠を跨いだ
「おい、実丸!」
舎羅登さんの言葉に顔を向けた
「俺が八雲も連れてきます」
そう言えば自分の胸に手を当て術韻を唱える
「おい、実丸、やめろ!」
ブワッと風が舞い上がり
力なく妃乃瑠の上に倒れ込む実丸さんの背中には2人を包み込む程の巨大な漆黒の狼の姿が見えた
「あれが…実丸の…」
阿兎さんが驚きながら狼を見つめた
「すげぇな」
和兎さんも息を呑む
『唱えろ、術師よ』
低い唸るような声に舎羅登さんがハッとして術韻唱え出す
天が輝き狼を包み込む
「名は!?」
舎羅登さんの声に
『皇我』
そう聞こえた時には狼の姿は消えていた
「みんな頼む、これがラストチャンスだ
俺の念に乗せてくれ」
舎羅登さんの術韻を詠むスピードと音が力を増していく
「音魂の元へ、神の使いし孤独の皇我
我神の名の元に道を造りて
八雲、皇我を導きたもう」
「左に流れし蒼き涙
右に流れし紅き血よ
我、全魂を込めて神の名の元に
銘を与える
花屋敷家術韻、藩登の術
俄空地道」
藩登様の術韻が空へ向かい道を作り上げる
『八雲…』
浄土の途中に小さく蹲る柴犬が震えながらこっちを向いた
『我主がすまない』
『妃乃瑠が泣いてるの』
そう言えばは震える瞳を合わせた
『お前の主を深く傷つけたな…
もう一度助けてやってくれないか?』
『実丸はどうして妃乃瑠を傷つけるの…?』
『…それは』
『これ以上傷つくくらいなら』
その声を聞き鼻先をゆっくり八雲に近づけてくる
『お前まで泣くな
約束しただろ。我が守る』
『皇我…』
『これ以上ここに居れば帰れなくなる』
皇我が優しく顔を寄せれば八雲は頬をすり寄せた
踏み出す2匹の足元に金の道が現れる
八雲を背中に乗せ急ぎ駆け降りた
「来るぞ!」
舎羅登さんの声にブワッとすごい風が吹き抜ければ皇我と八雲の姿が見えた
「皇我…」
舎羅登さんがそう言えば
皇我は優しく妃乃瑠の頬を舐め、八雲と頬を擦り合わせた
八雲はゆっくり妃乃瑠の横に座り
1回吠えて姿が消える
「神の名の元に厚く御礼申し上げます」
藩登様の声に皇我は目を瞑り実丸の中へ消えていった
「妃乃瑠!」
バッと起き上がった実丸は妃乃瑠を抱き起こす
瞳孔がゆっくり戻り
また瞳を閉じた
「妃乃瑠…」
「大丈夫だ、疲れてるみたいだからお薬処へ連れてく」
「舎羅登さん…」
「さっきは悪かったな。
助かったよ実丸」
「実丸、良くやった。
久しぶりに見たが皇我はやっぱり迫力があるな」
藩登様がそう言えば実丸は胸をなでおろした
「阿兎、和兎、飛奈、未来弥
巻き込んで悪かった」
実丸さんがそう言えば4人は優しく微笑み返した
「あとは妃乃瑠ちゃんに何も無かったらいいわね」
「っつか実丸。なんだよ、あの狼!」
「えっ和兎さん知らなかったんすか!?
実丸さん狼憑依型だって」
「実丸さん…ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
実丸さんはどこか観念したような
優しい笑顔に
妃乃瑠は救われるんだろうって思ってた
実丸さんの心の闇は
妃乃瑠によって救われていたことも
誰も知らなかった
2人が離れるとマイナスしかないとわかってるのに
お互いがお互いを必要としてるのに
それはダメなことなんだと
誰も知らなかった




