CHAPTER 9
CAPTER 9:「まだ、死にたくない。」
それは突然であった。
まだ早朝であるにも関わらず、那倉家のチャイムが鳴ったのである。まだ朝の七時にもなっていないというのにだ。
「ごめん陽太、出てくれない?」
台所から作業をしている母の声が聞こえ、陽太はしぶしぶ立ち上がった。せっかく、支度を済ませあとは登校時刻(珠希の迎え)を待つだけのゆっくりとした一時を過ごしていたのに……。
「私が出ようか?」
同じく居間でくつろいでいたルナが気を利かせて彼に声をかけた。彼女は学校には通っていないが、毎朝陽太と一緒に起きているのだった。
「いや、いいよ」
彼は廊下に出るとドアの方を見た。擦りガラスの向こうに人影が見える。その人物は彼を急かす様にもう一度ドアホンを鳴らした。
「はいはい……」
外で待つ誰かに聞こえない様に声を出し、陽太はがらがらと戸を開けた。
「……?」
そこに立っていたのは見た事の無い男だった。年齢は三十代半ばから四十代前半くらいだろうか。緑色のミリタリージャケットにベージュのパンツ。頭に載るベレー帽からは銀色のぼさぼさとした髪が飛び出ている。顔には無精ひげが蓄えられていた。彼は気だるそうな目で陽太と見つめ合うと一言喋った。
「お宅の兵器を引き取りに来ました」
「……え?」
どくん、と陽太の心臓が胸の中で跳ねた。今、この人何て言った……?
兵器、って言わなかったか?
「……何を言ってるんですか?」
陽太は訳がわからなかった。よく見ると彼の後ろには他に十名ほどの男達もいた。全員目の前の男と同じ服装をしている。この人達は、ルナがここにいる事を知っている……? というか、ルナの正体を知っている……どうして? ルナが自分の事を他の誰かに喋ったのか? いや、珠希が? 剣が? だが、どうもそれは考えづらい。
まさか、この人達……!
「……ああ、言い方が悪かったですかね? それは兵器といっても、多分君が想像している様なミサイルや戦車とか、そういった類の物じゃないんです」
男は淡々と続けた。
「人間なんですよ、どっからどう見てもね。ちょうど君と同い年くらいの……女の子だ。水色の髪に青い瞳。髪はセミロング。名前は……」
ごくりと陽太は唾を飲み込んだ。冷や汗がたらりと垂れているのがわかった。
「LUNA」
「……!」
男の口から発せられた馴染みのある名前を聞き陽太は目を見開いた。この人達は……!
「……だから、何の事だかさっぱりわかんないですね……すいませんけど、間違いじゃないですか?」
そう言って立ち去ろうとした時、男は素早くドアに手をかけ陽太の行動を制した。
「とぼけるんじゃねえよ。もう調べはとっくについてんだよ」
「……!」
逃げられない……! 今この人は「調べ」と言った。調べていたんだ。何を? ルナの居場所をだ。という事は、やっぱりこの人達は……。
ルナがいた星の人達だ……!
「……ルナを……どうする気ですか」
「決まってんだろ? 兵器はもういらねえ。処分すんだよ」
「……! 彼女は、この星では兵器じゃない……!」
「はあ?」
男はあからさまに顔を歪めた。苛立ちが表れている。
「何言ってんだお前。兵器はどこ行っても兵器なんだよ」
「違うっ……! ルナは……!」
「出さねえんなら、上がらせてもらうぞ」
「ちょっ……ちょっと待って!」
強引に家に入って来ようとする男を陽太は全身で止める。
「……ちょっと待ってて下さい……!」
彼は焦りの色を浮かべて居間に戻った。手は汗ばんでいた。
「ルナ……!」
「? 何?」
「ドウシタンダヨ、血相変エテ」
「君を追ってきた人達だ……!」
「え?」
「……何?」
ルナの顔が曇った。ガルダもメカではあるが表情が変わったのがわかる。
「……そっか。見付かっちゃったんだ、私達」
「……どうしよう……!」
「……何て言ってるの?」
「ルナを出せって」
「……わかった」
彼女はすぐに腰を上げた。
「ルナ! 出て行くつもり!?」
「だって、私を呼んでるんでしょ?」
「そんな事したら君、処分……死んじゃうんだよ!」
「……」
「おーい、まだかーい、少年。おじさんそんなに我慢強くないぞー……」
玄関で男が催促してくる。相変わらず気の抜けた声だが、先ほどドアを止めた時その顔は恐ろしいほど冷酷に見えた。あの男は必要とあらば何をするにも厭わない。陽太は彼にそういう印象を持った。
「時間はもう無いみたいだよ」
「ハア~ア」
ガルダがわざとらしく大きな溜め息をつき、ぱたぱたと羽ばたき廊下へと向かっていく。
「セッカク逃ゲテキタッテノニ、コンナアッサリ見付カッチマウトハナ」
「ガルダ!」
「これ以上ここにいたら、陽太達に迷惑かけちゃう」
ルナも続いて居間を出ていく。
「ちょ、ちょっと!」
「! ……へえ~え……案外さっぱり出て来やがったな……LUNA」
彼女が家の奥から現れたのを確認した男は意地の悪い笑みを浮かべた。
「私に用があるみたいで……ええと……」
「カミヤだ。階級は大佐。以後お見知りおきを、殺戮兵器ちゃん。つっても、お前はもうすぐに処分されるんだけどな」
「……私を処理するためにこの星にやって来たと、そういう事でいいんですね?」
「ああ。わかったならとっとと付いて来い。その鳥野郎もな」
「ガルダダ馬鹿野郎」
「わかりました」
ルナは平然とした様子でカミヤの指示に従い外へと出た。抵抗する素振りは全く見えない。
「ルナ!」
陽太は思わず彼女の名を呼んだ。
「嘘だろ!? 何でそんな簡単に付いてっちゃうんだよ!」
「坊主、何でお前はそんなにこれを引き止めようとする? これは兵器だ。お前もその内これに殺されるんだぞ。いや、お前だけじゃねえ」
カミヤは門から出た所で陽太に向き直る。
「この国の奴ら、この星の奴らみんな殺されるんだぞ。星が壊れるんだ。お前、これがそんだけ恐ろしい存在だってのがわかってねーんだろ」
彼の声には今までとは違い強い感情がこもっていた。表情にも力が入っているのが見て取れる。その迫力に陽太は一瞬気圧された。
「……わかってないのはそっちだろ!」
「あ? ……まあいい。行くぞ」
「はい」
カミヤの合図にルナはまた歩き出す。その歩みに躊躇いは感じられない。
「ルナ! 何でそんな簡単に自分から死にに行くんだよ!」
「死なねーよ。これは生物じゃねーからな。処分だ処分。言葉を学べ」
「せっかくこの星に辿り着いたんだろ!? あの時……あの時君は言ったじゃないか! 兵器の自分が嫌だって!」
「……」
彼女は何も答えなかった。振り向きもしなかった。
「はっ!? 何お前、そんな事言ったの? 笑わせてくれるね~、兵器のくせにさ。人殺す事しか能が無いくせにさ」
「君は優しいから、いっつも俺達の事を考えてくれてる! だけど、自分の事だって考えろよ! 君のあの決意は何だったんだよ! そんなに簡単に諦められるのかよ!」
その時、道に出たルナの足がぴたりと止まった。
「……おい、何してる。さっさと歩け」
「君はあの時、生きると決めたんだろ!? だったら生きる道を選べよ! 簡単に死ぬ方に進むなよ!」
「…………陽太……私……」
彼女の右腕が瞬時にマシンガンに変形した。そして……。
弾丸が朝の静けさを突き破った。ルナは威嚇する様に腕を動かしながら周囲を射撃していた。カミヤは直前それに気付きすぐに道路に飛び込んで弾をかわした。他の軍人達も皆逃げる様に退いたり、電信柱の陰に隠れたりしていた。
二十秒ほどの後音がやんだ。陽太の耳にはまだ甲高い音が鳴り続けていた。硝煙の中にひとり佇んでいた少女は、ようやくその顔を彼に見せてくれた。
「私、まだ……死にたくない……!」
「……!」
陽太は衝動的に駆け出し玄関のそばに停められていた母の自転車を押して門の外に出る。
「ルナ! 乗って! 後ろ!」
「え? え?」
「ガルダも早くルナの肩に乗れ!」
「俺ニ命令スンナ!」
慣れない様子で荷台に彼女が座ったのを確認すると、彼は急いでペダルを漕いだ。
「まっ! 待て!」
軍人達の動きは一歩遅く、間に合わなかった。ふたりと一羽を乗せた自転車はどんどん遠くの方へと離れていく。カミヤは部下に迅速に指示を出した。
「ケース2に切り替え! 各班に伝達急げ!」
「はっ!」
「……ちっ、あのガキ……! まあいい……どうせ逃げられはしねー……」