CHAPTER 8
「え? 買い物?」
「そうなのルナちゃん。ちょっとスーパーに行って欲しくて。お願い出来る?」
とある休日の午後。那倉家。ルナは突然陽太の母にお使いを頼まれていた。
「いいですけど……何を買ってくればいいんですか?」
「珠希ちゃんが知ってるから」
「はあ……」
「よし、じゃあ行こっか、ルナ」
話がまとまると彼女は珠希に手を引かれて玄関へと移動させられる。
「あ……行って来ます」
「行ってらっしゃーい」
出て行く女の子ふたりを残された陽太、剣、陽太の母の三人は笑顔で見送った。
「……じゃあ、始めますか」
CHAPTER 8:「笑うんだよ。」
ルナと珠希は少し遠出をして、バスに乗り郊外のショッピングモールへとやって来ていた。つい三年ほど前にオープンしたばかりで内装、外見共に新しく、土曜日という事もあり大勢の人々で賑わっている。
「……ここは? スーパーじゃないの?」
「さ、お買い物するわよ、ルナ」
「え?」
珠希に連れて行かれ、ルナは彼女と一緒にアパレル・ショップに入った。
「ん~……これは……何かちょっと違うなあ……」
彼女は洋服を次から次へと手に取り品定めをしていく。前に掲げて全体を見てみたり、首を傾げて考えてみたり……ひとりでぶつぶつと呟いたりしていた。
「……珠希? いいの? こんな事して。お使いしないといけないんじゃあ……」
「いいのいいの。これもその中に入ってるから」
「?」
「……あ、これなんていいんじゃないかな」
心配するルナをよそに珠希は服選びを続ける。気に入ったの物を見付けたらしい。
「あー……うん、似合ってるんじゃないかな」
ルナが感想を述べると、彼女はにやりと笑ってみせるのであった。
「私にじゃないよ、ルナにだよ」
「え?」
「おばさんに言われたの。ルナの服を買って来てって」
「……あ」
そう言われてルナはつい目を見開く。陽太の家で暮らし始めてから何度か、洋服を買う様に言われた事があったからだ。だがその度に彼女は悪いと言って断っていた。結果、陽太の物や、彼の母が適当に買って来てくれた物を着用していた。それでも申し訳無いとは思っているのだが。
「やっぱり、自分で選んで可愛いのを着て欲しいってさ」
「……そんな、気を遣ってもらわなくても……」
「もう遅いよ。来ちゃったんだから」
「……」
彼女はどうしようかと戸惑った。
「もう、いいからほら! 早くこれ着なさい!」
「わっ……ちょっと珠希!」
するとぐいと強引に珠希に試着室まで引っ張られて行き、
「きゃーーーーっ!」
カーテンをシャッと閉められると無理矢理服を脱がされた。
「よ~し買った買った」
およそニ時間後、珠希は両手に紙袋を提げて満足気に人々が行き交うフロアーを歩いていた。
「……」
買った洋服は四着。それに下着を七着。こんなに買ってもらっていいものなのか、居候の身なのに、とルナはなおも顔を曇らせている。ちなみに、今は下着は陽太の母の物を借りているのである。別に着なくてもいいのだが。
「ちょっと、どうしてルナがそんなに暗い顔してるのよ。服買ったんだから、もっと喜ばないと」
「そういう珠希は嬉しそうだね」
「そうね……どうしてだろ」
彼女は足を止めた。
「私も……見たいのかもしれない。ルナが人になる所」
「……可愛い服を着れば、確かにそれっぽく見えるかもしれないけど……」
「ちーがーう。そんな単純な事じゃなくて。女の子はね、自分を可愛く飾らせたいんだよ」
「……飾る……か。兵装ならいくらでもあるけど」
「それ何だか笑えないから!」
「……ごめん、まだあんまりわかんないや」
ルナはファッションなど生み出されてこの方全く興味を持った事など無い。それどころか着衣行為ですら彼女にとってはさほど意味は無かった。別に裸体を晒しても恥ずかしさなど感じないし、戦闘ではあんな薄い布だ、すぐに破れてしまう事など度々ある事であった。
「……もーう、何で笑わないのよ、ルナは」
ルナに近付くと、珠希は彼女の顔を見つめてきた。
「その……慣れてなくって、まだ、こういうの」
「……じゃあさ、とりあえず笑いなさい」
「……」
促され、顔を引き攣らせて笑顔を作る。ぎこちないのは自分でもわかった。口を横に開いて珠希が手本を見せる。
「……違う、もっとこう、にっ、て」
「……に……」
「……硬い」
「にいーーーーーー……」
「……はあ」
溜め息をつくと珠希はくるりと背を向ける。
「ま、いっか。それがルナっぽいしね」
「……ごめん」
「それからすぐに謝るし」
「…………ごめん」
「……人の話聞いてる?」
「……ふふっ」
おかしくなって、ルナは思わずくすりと笑った。
「それ!」
「え?」
「その顔!」
「え……」
だがいきなり指摘をされて彼女の顔はあっという間に元に戻ってしまう。
「あ、あれ……? どうするんだっけ……」
「……はあ……」
その後ふたりは食品売り場で陽太の母に頼まれた物を買い、バスに乗り那倉家の近くまで帰って来た。途中珠希は誰かと電話をしていたが、ルナは特に気に留めなかった。
「ちょっと寄り道しよっか」
那倉家まであと数分、という所で珠希は道を一本入って行く。
「珠希? どこ行くの?」
「いいからいいから。付いて来て」
そしてルナが案内された場所は、とある二階建ての一軒家だった。
「ここは?」
「私ん家」
「珠希の家?」
「そ」
彼女は門を開け、敷地に入って行く。
「ほら何してるの、ルナも」
「あ……うん」
ルナは二階に上がると珠希の部屋に入った。彼女はタンスをごそごそと漁り始める。
「何してるの?」
「私のでもう着てないの、ルナにあげようと思って」
「えっ……いいよ、そこまでしなくて」
「どうせもう着ないんだから気にしないで……っと、これどうかな? うふふふ……!」
Tシャツを一枚取り出すと怪しい笑みを浮かべながらじりじりと近付いてくる珠希。
「ぬ……脱ぐから! 自分で脱ぐから!」
「……ちょっと小っちゃくないかな……」
「……」
Tシャツはぴっちりとルナの上半身に張り付き、ぱつんぱつんになっていた。特に胸が。丈は足りず、お腹が少し見えている。
「……ねえ……さっき試着の時も思ったんだけどさ……ルナってさ……何cmあるの……?」
力の無い声で珠希は尋ねた。
「? 身長?」
「あーそーですかーどうせ私はかろうじてBですよー」
結局珠希からも二着ほどもらい、ようやく那倉家に戻って来たのは五時頃だった。ふたりが居間に入ったその時。
パンパンパン! と銃声に近い音が鳴り響き、ルナの全身にぞわぞわとした感覚が走った。
……しかし冷静になって見てみると、鳴ったのは銃器などではなく、ただのクラッカーだった。
「な……何? 急に」
「ようこそルナ」
「え?」
最初に口を開けたのは陽太だ。
「ルナちゃんの歓迎会、やってなかったからね」
剣が言葉を繋ぐ。
「……え……?」
テーブルの上にはオードブル料理とケーキが置かれていた。
「……あれ……? 何これ……?」
「ルナが珠希と買い物に行ってる間にさ、俺達が作ったんだよ、ケーキ」
「そうそう、まだ出来てなかったから、急遽私の家に寄った訳。さっきの電話はその連絡」
隣にいた珠希もしてやったりといった表情を見せる。彼女もこの計画に加担していた様だ。
「さすがにお料理を作る時間は無かったけどね」
「……今日スーパーで買って来た物は……?」
「あれは明日のお料理の材料よ、ルナちゃん」
「……みんなで私に隠し事してたの?」
「サプライズだからね」
「……っ!」
自然とルナの瞳から涙がこぼれた。
「あ……あれ……? どうしてだろ……か、悲しくないのに、涙が出ちゃった……エ、エラーが起こっちゃったのかな……」
「だーかーら」
珠希が優しい声で言った。
「笑うんだよ、ルナ」
その晩、街から離れた山の中。
「ふ~~~~っ」
ここは空気が綺麗だ。男はそんな事を考えながら一服していた。
「大佐!」
彼を呼ぶ声と共に木々の合間から三人の部下が現れる。街へと送り出していたメンバーの一部だ。
「おう、どうだった」
空いている缶に灰を落としながら彼は聞く。
「……こちらを」
部下のひとりが深刻そうな顔をして一枚の写真を差し出した……まさか、だ。彼はじっくりとそこに写るものを見た。
「……」
「……いかがでしょうか」
「……確かに見た感じはそっくりだ。だがまだわからねえ。ただのこの星のそっくりさんの可能性も十分ある」
「それが……一緒に写っている少女が、確かに名前を呼んでいました」
写真を渡した者とは別の部下が話す。
「……聞き間違いじゃねえだろな」
「はい。しっかりとこの耳で。我々全員が聞き取りました」
「……まあ、まだ名前まで同じって可能性も全然あるんだが、そんな偶然そうはねえなあ。もしかしたら……ビンゴかもな」
「……申し訳ございませんが、尾行は途中で終わらせてまいりました」
「そりゃしゃーねーだろ。あんまり怪しい動きすると感付かれる可能性はありありだからな……よし、全員集めろ。これからの指示を出す」
「はっ!」
「……」
部下との会話を終えると男は再び煙草を口にくわえる。
「……さて、見付けちまったかな……」
吹き出した白い雲間から、輝く月がかすかに顔を覗かせた。