CHAPTER 5
「あら」
午後六時を過ぎた頃に陽太の母が仕事から帰って来た。彼女は中小企業のメーカーで一般事務職に就いている。居間に入るなりルナの姿を見付けると少し驚いた声を出した。
「まあまあこんな可愛い娘が遊びに来てるなんて。もしかして陽太の彼女さん?」
「こんばんは。彼女……ええと、陽太と恋愛をしている訳ではないです」
「あら残念」
「あっ、母ちゃんお帰り」
さて、どう説明したもんかと陽太は首を捻る。
「まあ、狭い家だけどゆっくりしてってね。あとご両親に怒られない時間帯に帰りなさいね」
「あ……ええと……」
彼女は気さくな性格で、特に人見知りする事も無く初対面の相手ともすぐに打ち解ける。すっかりそのペースにはまってしまったルナは返答に困っている様子だった。おお、その顔もなかなか可愛い。
「えーっとさー、母ちゃん……」
「? 何? ……まさか!」
「え?」
母は大仰に手に提げていたスーパーの袋を床に落とした。
「もしかして、デキちゃったの!? 彼女さんじゃなくてもう奥さんになるの!?」
「奥さん……?」
「何言ってんだよ!」
「はあ……今晩泊めて欲しい……?」
「そ、そうなんだよ」
ルナの素性を説明せずに簡単に陽太は母に頼んだ。
「詳しい事情は聞かないで欲しいんだけど……」
「……別にいいけど……さっきからパタパタと飛んでるあの子は何?」
「えっ!」
あいつ……大人しくしてろって言ったのに! 背後を見るとガルダが翼をはためかせ滞空していた。これでは見るなという方が無理な話である。
「えっ……えーと……」
何と言って誤魔化そうか。陽太は思案する……が、上手い説明を思い付けない。
「とっ……鳥型ロボット……的な?」
仕方ないのでありのままの事実を述べた。さて、母はどう反応するのか。
「へえ! 最近はそんなおもちゃも出てるのね!」
単純でよかった! 思わずガッツポーズ。
「俺ハガルダダ」
「まあ! しかも喋るなんて!」
単純でよかった! 大事なので二回心の内で叫んだ。
「ルナちゃんにガルちゃんね。外国の娘みたいだけど……料理は口に合うかしらねえ」
「だっ! 大丈夫だよ! ねえルナ!?」
「えっ……あ、うん」
「そう? じゃあ今から作るからちょっと待っててね……あ!」
「? どうしたの?」
「さっき落とした時に卵いくつか割れちゃった……」
CHAPTER 5:「隣、おいでよ。」
「ごめんねえ。空いてる部屋無いから……」
「あ、全然構いません。お気遣い無く」
「それじゃ、あとは若いふたりでやらしく……じゃなかった、よろしくね」
うふふ、と意味深に笑い母は陽太の部屋の襖を閉めた。いつの間にか彼の部屋にはばっちりと布団一式がセッティングされていた。枕はしっかりとふたつある。
「……あのババア……何を期待してんだよ……」
そう呟いた後、その遺伝子の半分が自分にも受け継がれているのだと思ったら陽太はふと自己嫌悪に似た感情を抱いた。
しかし、心の中では。
いよっしゃあああああああああああああああああああああああああああっ!
と歓喜の声を上げている事など、微塵も醸し出す訳にはいかなかった。ルナと同じ部屋で夜を明かす……考えるだけで緊張してくる。
「はは……さすがに一緒に寝たくないでしょ、ルナも」
紳士的に彼女に尋ねる。するとルナは、
「え? 別に平気だけど」
と何とも無さそうな顔で答えた。
「……え? いいの……?」
ばっくん、ばっくん、と少年の心臓は荒ぶる。
「はっ! どうせまたあの鳥が口を挟んで……!」
「? ガルダならもう居間のテーブルの上で寝てるよ?」
「何っ!?」
という事は……今この部屋ではふたりっきり……?
「うわー布団ふかふか」
興奮する陽太をよそにルナは布団の上に移動していた……母ちゃんの奴、布団乾燥機まで使ってたのか……。
「……ごめん、脱ぐね」
「は!?」
一言断るとルナは風呂上がりに母によって用意されていた陽太のジーンズを突然脱ぎ始める。
「ぶかぶかで落ち着かないから。陽太のお母さんの前ではさすがに出来なかったから」
Tシャツ一枚になり、彼女は布団に足を入れた。
「? 陽太、入らないの?」
さっ、誘われてるっ……! ごくりと陽太は唾を飲み込む。
父ちゃん、俺……男になるよ!
「……!」
布団の中、少年と少女は互いに背中を合わせて横になっていた。部屋の電気を消しているためルナからはわからないが、陽太の顔はガルダのボディーと同じほどに真っ赤になっているに違いない。
「……!!」
背後が温かい。これは自分の熱だろうか、それとも彼女の熱だろうか。彼女もまた、同じ様に感じているのだろうか。
「あっ……あのさ!」
「……何?」
「ルナもその……寝るの?」
「え?」
「あ、だからその……へ、兵器でしょ? ルナも睡眠を取るのかなー、って思って」
「うん、取るよ。人と同じ様に作られてるから。食事もしてたでしょ?」
「あ、うん」
「別に、何も食べなくても、寝なくても、死にはしないんだ。でもお腹は減るし、眠くもなるの」
「へ、へえ……そうなんだ」
……やっぱり、ただの女の子じゃないか。
じゃあ、今彼女は、俺と同じ様にドキドキしてるんだろうか。心臓が張り裂けそうなほどに……。
「……あのさ」
「?」
「やっぱ無理! 俺、雑魚寝するね!」
「え?」
緊張と興奮に耐えられなくなり、陽太は布団から飛び出た。
数時間後の深夜、押し入れからタオルケットを引っ張り出してルナの布団の横で寝ていた陽太は目を覚ますとむくりと起き上がった。
「……」
そろり、そろりと彼女に近付く。仰向けの状態のルナはすやすやと深い眠りに落ちていた。
「……可愛い」
彼女を起こさない様にぽつりと言った。
「やっぱり、ただの女の子じゃないか」
「ん……」
「!」
その時突如彼女が声を出したため陽太はびくりとした。
「……ん……んん……!」
悶える様なか細い声……エロい。
じゃなくて、苦しそうだ。悪い夢でも見ているのだろうか。だ、大丈夫かな……。
もう一度顔を近付ける。すると彼女の瞼が開いている事に気付き陽太はまたも驚いた。
「うわっ! ……あ、ごめん……起こしちゃったかな……」
「……陽太……?」
ルナも起き上がる。
「その……魘されてるみたいだったから、大丈夫かなと思って……」
「……うん、大丈夫。ありがとう」
彼女は恐らく笑った……が、また夕方に見せた、悲しい笑顔ではないのだろうか、と彼は訝しんだ。
「……隣、おいでよ」
「え?」
ルナが甘える様な声を出した。様に陽太には聞こえた。
「……こういう時、凄く寂しくなるの。でも今までいっつもひとりで寝てたから、どうしようもなくって……それとも、やっぱり兵器の隣は怖い?」
「そんな事! ……そんな事、無いよ。君の隣が怖いだなんて、そんな事」
「じゃあ……おいでよ」
「……うん」
陽太とルナは布団の端にあるタンスに背を預け、肩を並べた。
「……夢を見てたの?」
思い切って陽太から会話を切り出す。
「うん……前の記録」
「記録?」
「うん。君達で言う所の、記憶だね。私の脳にメモリーされている過去の記録データ。つまり、以前私が経験した事。それを思い出しちゃったみたい」
「……どんな夢?」
「……人をたくさん殺す夢」
「……嫌な夢、だね……」
「……うん。でも、私はそれしかしてないから」
「ルナ、夕方も珠希に言ってたよね。人を殺すのは楽しくない、って」
「うん……変だよね、兵器なのに」
「変じゃないよ!」
陽太は声を荒げた。
「変だよ。人を殺すのが嫌いな兵器なんて」
「それは……君が心を持ってるから……」
「時々思ったんだ。どうして心なんて持ってるんだろうって。こんな物無ければ、もっとずっと楽でいられるのに」
「それは駄目だ!」
「きゃっ!」
ついがしりとルナの肩を掴む。
「心が無ければなんて、そんな事……せっかく持って生まれてきたんだから!」
「……痛い」
「あ……ごめん」
力を入れ過ぎていた。彼は慌ててその手を彼女から離した。
「……何回も何回も殺戮を繰り返している内に、私、人を殺すのが嫌になってきちゃったんだ……よくわからないけど、多分、自己進化プログラムの影響だろうって科学者の人は言ってた。心にあたるプログラムが、何かしら作用してるんだろうって」
ルナは体を縮こめ、か弱そうに続けた。
「私、これからどうすればいいのかな。人殺しはもうしたくないよ。やっぱり、処分された方がよかったのかな」
「……ルナ」
決心した様に陽太は彼女に言葉をかける。
「人になろうよ」
「……え?」
「確かに君は兵器なのかもしれない。だけど、どっからどう見たって君はただの女の子だ。単に外見が、とかじゃなくて。その心も、君はただの女の子だよ」
「私が、人に……?」
「ああ。俺が手伝うからさ、しばらくは家にいなよ」
「……無理だよ」
「どうして?」
「だって私は兵器だもん」
「そんなの、関係無いよ。君が元いた星ではそうだったのかもしれないけど、地球じゃ君はただの女の子だ」
「……わかんない」
「……何が?」
「わかんないよ。わかんない」
「……」
「……………………わかんない」
何度も呟き、ことん、と彼女は陽太の肩で頭を支えた。
「……!」
どきんっ、と彼の心臓は激しく脈を打つ。
「……ル、ルナ……?」
「……すう……すう……」
いつの間にか彼女は再び寝入っていた。
「……」
安らかなその顔を見て陽太は何度も何度も繰り返してきた言葉をまた引き出した。どうしてもそれ以上の言葉が見付からない。
……やっぱり、ただの女の子じゃないか。