CHAPTER 4
この日結局陽太は学校を休んだ。もう少しだけ、と言いつつ、ルナもガルダも長々と那倉家に居座っていたのだった。お昼時になるとガルダが突然腹が減ったなどと言い出し陽太がインスタント・ラーメンをふたり(正確にはひとりと一羽)に振る舞ったりもした。食事を終えるとガルダはすやすやと眠りにつき、ルナは何気無しにテレビを見ていた。暇潰しに陽太は彼女とトランプをしたりもした。
「ンン。コレハ美味イナ。俺達ノ星ニハコンナモンネーゾ」
気付けばもう夕方で、昼寝から起きたばかりにも関わらずガルダは少し遅めのおやつが欲しいと今度は醤油煎餅をぽりぽりと食していた。ちなみに煎餅は食べやすい様に予め陽太がしっかりと細かく砕いている。何で俺、鳥に気遣ってんだろう。
しかしそんな小鳥と並び食卓で同じく煎餅を味わっているルナの姿を見ると彼の心は潤った。ああ、やっぱ可愛いな、この娘。
その時、ピンポンとチャイムが鳴った。誰かがこの家に訪れたのだ。その正体が誰なのか、陽太はすぐにピンときた。
「! ま、まずい!」
焦りを感じて彼は立ち上がる。
「? どうしたの陽太。そんなに慌てて」
「えっ!? ええっと、この状況をどう説明すればいいのかわかんなくて……!」
わたわたとその場で意味も無い動きを繰り返す彼をよそに、ドアがガチャリと開いた音がした。
「しまった! 鍵かけてなかった!」
「ちょ、ちょっと陽太、そんなに動いたら危ないよ」
「え? うわっ」
「きゃっ」
床に置きっぱなしにしていたトランプで足を滑らせ、彼は前のめりでルナに被さるように倒れ込む。ドスンと大きな音が立った。
「! ちょ、ちょっと陽君! 何今の音!」
騒ぎを聞きつけて不安な顔で珠希が部屋に入って来た。
「! んなっ!?」
そこで彼女が目撃したのは、ワイシャツ一枚の見知らぬ少女に陽太が襲い掛かっている様子……。
「……んな……んな……わなわな」
「……お前、ついにグレたか」
彼女の後ろから覗き込む様に部屋を見ていた剣がはあ、と溜め息をついた。
CHAPTER 4:「ここにいたいって思ってる。」
「宇宙人!?」
話を聞いた珠希は驚いた反応を見せる。さっきの俺もルナ達からこういう風に見えたんだろうか、と陽太は思った。ふたりは学校を欠席した彼を心配して下校途中にこの家へ寄りに来てくれたのだった。
「えっと、私は兵器だから人ではないの」
陽太の時と同じ様な説明をルナは続ける。
「兵器って……」
「随分と可愛い兵器があるんだね、宇宙には」
剣があまり表情を変えずに言う。
「あ、あのールナ。さっきの奴をもう一回頼んでいい?」
「え? さっきのって? ……ああ、これ?」
ルナが陽太の頼みを聞くとその左腕はワイシャツの袖を裂き巨大な刃へと形を変えた。
「きゃあっ!」
「これは……!」
「うおおっ!」
「オ前ハサッキ見タダロ」
珠希達と共に声を上げた陽太にガルダがすぐさまツッコむ。
「いや、さっきは銃だったから。剣にもなるなんて」
「これは近接戦用。多分、振り終えるのを見る前に死んじゃうんじゃないかな、みんな」
さらりと怖い事を言う少女。陽太の背筋はぶるぶると震えた。
「わ、わかったから! もう戻していいよ!」
彼の指示の後ルナは左腕を元に戻した。彼女が今着ている陽太の長袖のワイシャツはもはやノースリーブになっていた。これもこれでいいなあ……と露わになっている二本の細い腕を見て陽太は思った……って、今はそんな事を考えてる場合じゃないって! ……本当にそうである。
「……で、おふたりはこれからどうするの?」
冷静そうに剣がルナ達に問い掛けた。それは当人も決め兼ねている事だ。
「まっ……まさか!」
珠希が一際大きく叫ぶ。
「こっ……この星を侵略するんじゃ……!」
「! ばっ、馬鹿珠希! 何言ってんだよ!」
陽太はついカッとなりすかさず反論した。
「だっ! だって兵器なんでしょ!? だったらそんな事してもおかしくないじゃん!」
「ちっ! 違げーよ! ルナはそんな……!」
「違わないじゃん! だって今も言ってたでしょ!? 今までその元いた星でたくさん人を殺してきたって!」
「! そっ、それは……!」
陽太は言葉に詰まった。自分が今珠希に腹を立てているのは、ルナをひとりの女の子として見ているからだ。だが、見た目こそそうだが、彼女の言う通り、ルナは兵器なのだ。今まで数え切れないほどに、たくさんの人達を殺してきた。
「侵略なんて……そんな事、しないよ」
返答にあぐねていた彼に代わる様にルナが言った。
「うっ、嘘! 兵器の言葉なんて信じられない!」
「私が人を殺してきたのは、平和のためにそうしろと命令されたから。だって、私はそのために生み出されたんだもん」
「ほっ! ほら! やっぱり! だったら私達も……!」
「まあまあ落ち着け古川」
興奮する珠希を剣が宥める。
「戦争を無くす事がそもそものこの娘の目的だったんだ。人殺しが目的じゃない」
「剣まで! 何よ! この娘が可愛いからって男子は!」
「俺はお前よりは冷静に判断して物を言ってるつもりだよ」
「珠希……だったね」
ルナは悲しそうな瞳で彼女を見つめた。
「なっ! 何よ! まずは私から殺そうって訳!?」
「……そんな事、しないよ。人を殺すのは楽しくないから」
「兵器がそんな事言ったって……!」
「……そうだね、兵器がそんな事言ったって、ね……」
「とっ……!」
ふたりのやり取りを見ていた陽太は何だか耐えられなくなり口を開いた。何でもいいから喋りたかった。この空気をどうにかしたかった。
「途方に暮れてるんなら家に住みなよ!」
「! ちょ、ちょっと陽君本気!? 兵器と一緒に暮らすなんて……!」
「珠希……お前はさっきからそう言ってるけど、俺にはルナは兵器に見えない」
「そっ、それは見た目に騙されてるんでしょ!?」
「そうじゃないんだ! そんな単純な事じゃなくって……よくわかんないけど、俺にはルナは普通の女の子としか感じられないんだよ」
「腕がおっきな剣になるのに?」
「……ああ」
「ソレハオ前ガ馬鹿ナダケダ。コレハ誰ガ何ト言オウト兵器ダ」
ガルダが口を挟む。
「! お前っ……! この状況でよくそんな事……! お前はルナを庇う方じゃないのかよ!」
「俺ハ事実ヲ言ッテイルダケダ」
「! ……それでも……それでも……」
「もういいよ」
会話を切り裂く様にルナが呟き、ゆっくりと立ち上がった。
「やっぱり私、ここにいちゃいけないみたい」
「ルナ……!」
この時彼女が見せた笑顔が、陽太にはとても悲しそうに見えた。笑っているのに、泣いている。その様に。
「居場所ナンテコノ星ノドコニモ無イケドナ」
「……そうだね、ガルダ……」
「……! ……行くな、ルナ!」
部屋から出ようとするルナの腕を陽太はがしりと掴む……何だ、やっぱりただの女の子じゃないか。ただの女の子の腕じゃないか。
「陽君! 危ないよ!」
その腕を更に珠希が掴み、陽太をルナから引き離そうとする。それに構わず彼はルナの腕を握り続けた。
「頼む! 少なくとも今は……ここにいてくれ! 今君がここから出て行ったって……どうしようもないだろう!」
「……陽太……」
ぐいと彼の手を振り切ろうとしていたルナの動きが止まった。それほどの力も無い、やっぱりただの女の子だ……。
「…………? あれ……? おかしいな……よくわかんないけど、力が入らない……」
「……」
戸惑う彼女をガルダは静観していた。
「……私……もう少しここにいたいって思ってる……のかな……」
「マ、モウ日ガ暮レ始メテルミタイダシ、少ナクトモ今日ハココニ泊マッテモイインジャネーカ?」
「ガルダ……いいの? 陽太……」
「あ……ああ! そうだよ、とりあえず今日は泊まってくといいよ!」
「陽君! 本気!?」
「そうだな、確かにもう夜になるし、この話はまた日を改めてすればいいじゃないか」
剣も陽太に同意した。
「ちょっと剣まで……!」
「古川。お前の立場から言わせてもらえば、兵器を野放しにするよりはここに留めておいた方がいいんじゃないのか。陽太に見てもらっておけばいいだろ」
「そっ、それは……! でも、そしたら陽君とおばさんが……!」
「彼女の言葉を借りるなら、無差別に人は殺さないさ。そう信じていいんだよね? ルナちゃん」
「うん。約束する。それに陽太は……」
「? 陽太は?」
「……ううん、わかんないや。何でもない。とにかく、そんな事はしないよ」
「……彼女の言葉を信じようじゃないか、古川」
「でっ、でも……!」
「古川。どっちかが信じないと物事ってのは前に進まないんだぞ。俺もこの娘は危険じゃないと思う……少なくとも今はね」
「…………わかったわよ」
諦めて、珠希は陽太から手を離した。
「何か、私が悪者みたいな空気だし……」
「いいや、お前は悪くないさ。なあ陽太」
「あ、ああ……珠希も俺達の事を心配してくれてるだけだし」
「あーわかったわかった……私も頭の中がごっちゃごちゃだし、今日はもう帰る」
「じゃ、お邪魔したな。また明日、学校に来れたら学校でな……落ち着いたらまた話してくれよ」
「……わかった」
剣は常に冷静な対応を心掛ける。陽太とは阿吽の呼吸が合い、時には彼の心の機微を察知し、気の利いた事をしてくれる。彼にとっては本当に、親友と呼べる存在だ。
「! あっ……ごめん!」
ふたりが出て行った後、いつまでもルナの腕を掴んでいた事が今更ながらに恥ずかしくなって陽太は慌てて離す。
「あっ……うん」
少女は自由になったその手を静かに、胸に当てた。
「不安そうだな、古川」
陽太の家からの帰り道、不機嫌な顔をしている珠希に剣は声をかけた。
「そりゃあ、兵器と一緒にいるんだよ? 心配しない方がおかしいじゃん」
「ほんとにそうなのか?」
「……どういう意味?」
「俺はてっきり別の意味で心配してるんだと思ったんだが」
「……それは……」
「ただ、それを認めちまうとお前の中で、あの娘はもう兵器じゃなくなっちまうもんな」
「…………剣ってさ、意地悪だよね」
「だから、俺は冷静に物事を判断してるだけだって」
見上げた夕日は、真っ赤に燃えていた。