CHAPTER 3
「おはようございます」
目を覚ました少女はにこりと微笑むと陽太に挨拶をした。それは先ほどとは違い生きた言葉で、愛想が感じられる。
「……!」
ズキンッ、と陽太の胸が痛んだ。こ、この娘、やっぱめちゃくちゃ可愛い……!
少年は一瞬で恋に落ちた。
「……」
口をあんぐりと開けていたその様子を見た彼女が不思議そうな視線を向けてくるのに気付き、陽太は慌てて顔を元に戻す。しかし、じっと見つめる彼女の小さな顔を目にした彼はその美しさに見惚れ、喉から出そうとしていた言葉を思わず引っ込めてしまった。
「あのー……どうかしました?」
少女は首を傾げて尋ねる。その仕草、表情、声、全てが陽太の身を焦がす。夢中にならずにはいられなかった。
「あ、もしかして今、お昼でした? だから私がさっき『おはようございます』って言ったのをおかしく思ってるんですか?」
「え? い、いやそうじゃなくて……ただちょっと、びっくりしちゃって……いきなり目を覚ましたから」
陽太は適当に誤魔化した。
「ああ、そうだったんですか。ところであなた、誰ですか? 私のデータベースに情報が無くて」
「? データベース? 俺は陽太。倒れてた君をここまで連れて来たんだ。あ、ここ俺ん家」
「倒れてた? 私が? ……」
彼女の目はまた虚ろになる。そのまま数十秒間黙り込んでしまった。
「あ……大丈夫? ……あのー……ちょっと……?」
陽太の呼び掛けに何も答えない。やがて元に戻り、ぽつりと呟いた。
「……そう……か……私……」
少女の顔は暗くなる。何か悲しませる様な事言っちゃったかな、と陽太は戸惑った。
「思イ出シタカ」
しばらく口を閉ざしていたガルダが喋った。その声で少女はその存在に気付いたらしく、安堵の表情を浮かべる。
「ガルダ……無事だったのね」
「アア……オ前ガ大切ニ守ッテテクレタカラナ」
「今ログを確認したわ……じゃあ、ここは……」
「アア。ココハ地球ッテイウ星ラシイ」
「地球……私達、逃げて来れたんだ……」
「あ、あのー……」
会話に付いて行けない陽太が割って入る。
「一体何の話をしてんの……? さっぱりわからないんだけど」
「タダ、移動ノ衝撃デオ前ハオフッチマッタミタイデナ。ソコヲコイツニ拾ワレタッテ訳ダ。ツイデニ再起動シテモラッタ」
「そうだったの……」
少女は陽太に向き直った。
「助けてくれてありがとう、陽太」
「ど、どういたしまして。それで……君達は一体何者な訳……?」
「……私達は……この星ではない、別の惑星から来たの」
「……は?」
突拍子も無い話をされ、陽太は目を丸くした。
「……その様子だと、信じられないみたいだね。君達は自分が住んでいるこの星以外に、宇宙に星は存在しないと思っているのかな」
「いや、そんな訳は……ただ地球以外に文明がある星を発見出来ていないだけで……」
「そう……この星の文明はそのレベルだという事だね」
「? じゃ、じゃあ君は、宇宙人だとでも……? あ、俺らから見たら」
「宇宙人……その表現はちょっと違うかな。私は人じゃないから」
「へ?」
またも理解するのに困難な発言。目の前のこの少女は、自分が人ではないと言い出した。しかし陽太から見て、というか誰がどう見てもこの少女は間違いなく少女にしか見えず、すなわち人間の女の子としか思えない。
「やっぱり科学も私達の星よりも劣っているんだね。私は、私は……」
彼女は途中で言葉を溜めた。口籠っている様にも見える。
「私は、兵器だから」
「へ……兵器?」
「ソウダ」
少女の言葉をガルダが繋いだ。
「人ソックリニ作ラレタ兵器、ヒューマノイド・ウェポンダ」
「い……いやいやいやいや! だってこんなに人そっくりじゃないか! ほ、ほら! こんなに人らしく……!」
信じられない陽太は少女の左手を握った。その感触は人の肌そのものだった。
「ダカラ人ソックリニ作ッタッツッテンジャネーカ」
「え……? でも……」
「……証拠、見せようか」
「え?」
少女は陽太に握られていない、右手をゆっくりと上げた。
次の瞬間金属の様な物質が彼女の腕を包んでいたワイシャツを裂いて現れ、ほんの数秒でその右腕は銃器の様な物に変わった。
「!? ……っ!? い、今何を……!?」
「私は特殊な物質で作られてるの。この髪も、目も、口も、肌も。みんな人間そっくり。内臓だってあるし、血液も通ってる。心もある。でも私は兵器なの。人を殺すために作られたの」
そう言うと彼女は右腕を元に戻した。細くて白い、女の子の腕だ。
「……! じゃ、じゃあ、どうして君は作られたの……?」
「オ前、オカシナ事ヲ聞クンダナ。兵器ガ作ラレル理由ナンテヒトツシカナイダロ。戦争ダヨ。俺達ガイタ星デハ戦争ガ起コッテタンダ。デ、ソレヲ終ワラセルタメニコレガ作ラレタッテ訳ダ」
「そして私は人をどんどん殺していった」
「ヤガテ戦争ハ終ワリ、世界ハ平和ニナッタ」
「だから私は必要無くなったの。争いが無い世界に、兵器なんていらないもの」
「必要ノ無クナッタ物ハドウナルカ」
「処分される」
「ソレヲ不憫ニ思ッタ科学者ガ、俺達ヲ別ノ星ニ逃ガシタンダ」
「そうして私はこの星にやって来た。あなたの前に現れたの」
「……!」
現実離れした話を聞かされ、陽太の頭は真っ白になっていた。こんな事、フィクションじゃないと信じられない。
だが、この少女が突然彼の前に現れた事は事実だった。上から降って来る訳でも無く、一瞬で彼の目の前に出現したのだ。それに、先ほど見た彼女の腕が銃器に変わった現象。現代の科学では説明がつかない。
「……マ、急ニコンナ話ヲサレテ信ジロッテイウ方ガ難シイナ」
「何で……」
陽太の口から咄嗟に言葉が出た。
「え?」
「ダカラ俺達ノ星デハ戦争ガ……」
「何でこんな可愛い娘が兵器なんだよ……」
「え?」
それは今の彼の考えそのものだった。今彼が思っている事を思わず包み隠さず声に出したのだ。しばらくして恥ずかしい事を言ってしまったと思い陽太は慌てて誤魔化そうとした。
「えっ!? い、いや今のはその……!」
「……ごめんなさい。今の言葉の意味があんまりわからないわ。どうして可愛かったら兵器じゃないの?」
「あ、可愛いってのは認めるんだ……」
「別に認めてる訳ではないよ。よく可愛いって言われてたから。君もそういう印象を私に持ったんでしょ?」
「え……ま、まあ」
何か調子狂うな……と陽太は頭を掻く。
「その……理屈じゃなくて、お、俺の願望だよ。その、君みたいな可愛い娘が兵器であって欲しくないっていう……」
頬を赤らめながら彼女に答えた。
「どうしてそう思うの?」
「それは……君に似合わない様な気がして……」
「そう……似合わないのならごめんね。でも、私はそのために生み出されたから。あ、それから……可愛いって言ってくれて、ありがとう……嬉しい」
最後に付け足した様に彼女は顔を赤くして喜んだ。なるほど、心もあると言っていたし、喜怒哀楽の感情はあるのだ。可愛いと言われたら素直に照れる。やっぱりただの女の子じゃないか……どうして、どうしてただの女の子なんだ……。
「自己紹介がまだだったね。私は……LUNA。それが君達人間でいう所の名前……かな」
「ルナ……か。よろしく」
「よろしく、陽太……あ!」
何かに気付いた様にルナは声を上げた。
「もしかして、このシャツ……君のだった? ごめん、さっき破いちゃった……!」
「え? あ、いやいいよ」
「ていうか私さっきから君の服をずっと着てるんだね……ごめんね、すぐに脱ぐから」
「えぇっ!? い、いやいいって……!」
「ソウダゾルナ。コイツサッキ震エナガラオ前ニソノ服着セテタンダ。別ニ脱グ事ネーヨ」
「え? そうなの? 着せてくれたんだ」
彼女はすっくと立ちあがる。
「……どう? 似合ってるの?」
腕を広げて右に左にと体を揺らして陽太に見せる。彼女は今ワイシャツ一枚しか着用しておらず、下には何もはいていない訳で……その……めちゃくちゃエロイです……!
「あ、あのー……あんまり動くと見えちゃうからよして……!」
そう言いながらも、陽太は目を塞ぐ指の隙間からルナの肢体を見ていた。
「コイツ、オ前ニ発情シテルゾ」
「はつ……じょう……?」
「ばっ、馬鹿何言ってんだよ鳥!」
「鳥!? オ前俺ニ向カッテソンナ口利キヤガッテ……!」
ガルダはパタパタと陽太の元まで飛んで行き、頭を突き始める。
「うわっ! 痛てっ! やめろって!」
「大体オ前、何兵器ニ興奮シテンダヨ! コノ童貞野郎!」
「どっ、童貞言うな!」
「どうてい……? 発情、という事はつまり、陽太は私に情欲を持っているという事? それから、童貞という事は……」
「わーっ! 嘘嘘! こいつが言った事全部嘘!」
ではないのだが。図星なのだが、本当は。
「大体、こいつ何なんだよ! この鳥!」
「鳥ジャネー! ガルダダッツッテンダロ!」
「その子はガルダ……私のサポート・メカって感じかな……さて」
ルナはもう一度ワイシャツのボタンに手をかける。
「助けてくれてありがとう陽太。素敵な服も」
「ちょっ、ちょっと待ってだから脱がないでってば!」
「ううん。そろそろ行こうかと思って。だからこの服も君に返さなきゃ」
「い……行くってどこへ?」
「うーんと……どこか?」
「いっ、行く当てなんてないんだろ!?」
「まあ……」
「だっ、だったら家にいなよ!」
「でも……」
「フム……」
ぴたりとガルダは陽太への攻撃をやめた。
「確カニ、モウ少シココニイテモイインジャネーカ? コレカラドウスルカ、考エル時間ガ欲シイシ」
「ガルダ……」
「ほっ、ほら! カルタもそう言ってるし!
「ガルダダッツノ!」
「痛てっ!」
「……うん。わかった……じゃあ、もう少しだけ、お邪魔しちゃおっかな」
ルナはクスリと笑って腰を下ろし、布団の上で体育座りをした。その様子を見ていた陽太はまた鼻孔を抑えた。
CHAPTER 3:「私は、兵器だから。」