CHAPTER FINAL
CHAPTER FINAL:
LUNA:
the Lost Unit Noted down in the Archive
「ごちそう様」
残ったスープも全て飲み干してしまうと陽太はゴトンと音を立てて丼をテーブルに置いた。
「うわっ、陽君全部飲んじゃったの!?」
隣で麺を啜っていた珠希が覗き込むように見てきて驚く。
「体に悪いんだよ~……信じらんない」
「いいだろ別に。美味かったから飲んだだけだっつの。大体、残したらおっちゃんに失礼じゃんか。なあ剣?」
陽太は彼女と反対側にいた彼に同意を求める。
「悪い陽太。俺も飲み干さない派なんだ」
「何だよそれー」
腹ごしらえを済ませた三人は「こよみ」と平仮名で書かれた暖簾をくぐり屋台を立ち去った。こんな人気の無い場所にぽつんと店を構えているのも珍しい。集客は果たして見込めるのだろうか。もうとっくにシーズンは終わってるのに。
彼らは海に来ていた。夏に一度遊びに来たあの、海水浴場である。
あれから一週間が過ぎた。あの日、銃を持った人間が暴れているとの通報を受けた警察が機動隊をセンゴクエレクトロニクスへと出動させたが、彼らが到着したのはすでに事が終わった後であった。それからセンゴクに捜査が入り、実は国外で武器や兵器を製造していた事が発覚すると、社長を含めた役員や幹部数十名が一斉に逮捕された。あの出来事はセンゴクが企てていたテロに関連する事件だという事でまとめられた。容疑者の中でただひとり、香具山という男だけが現在も捕まっておらず、指名手配されている事を報道は伝えている。また肝心の、銃で暴れていたという中東から連れられてきたらしき少年も見つけ出す事が出来ないどころか、その身元すら特定する事が出来ず、警察は四苦八苦しているらしかった。
ソルはあの後どうなったのか、陽太は知らない。ルナと同じ様な結末を辿ってしまったのか、それとも体はあのままで、誰かがひっそりとどこかへ連れ去ったのか。
とにかく、彼は日常を取り戻していた。日常……これが日常だ……彼女がいない、この日々が。
渚まで歩いてきた陽太はリュックサックから小瓶を取り出した。その中には極小の粉の様な物が入っている。
これは、ルナのかけらだ。あの時近くに散っていた物を陽太はありったけ集めてポケットに入れて持ち帰った。それを移した物だ。
蓋を開けると彼は親指と人差し指とでそれを摘まみ上げる。そしてゆっくりと水の中にぱらぱらと落としていった。
「……私も」
珠希も左の掌の上に盛り、陽太と同じ様にし始めた。もちろん剣もだ。
かつてルナはこの海に憧れていた。彼女の髪や瞳と同じくらいに鮮やかな青で、どんな物も包み込んでくれるこの海に。だから陽太は、彼女を少しでもこの場所に眠らせてあげようと思ったのだ。こうしてあげる事で、彼女がこの星に新たな命として生まれてくる様に……。
最後のかけらが今、還っていった。瓶の中は空っぽだ。もう何も入っていない。
「……お休み、ルナ」
「……うっ……!」
珠希が耐えられなくなり泣き始めた。彼は静かに彼女を引き寄せて肩を抱いてあげた。幼馴染の少女は彼の胸に顔を埋めた。
「……なあ、剣……」
「……何だ?」
「俺さ……プログラミング習ってみよっかな……って思い始めたんだ」
「……どうして?」
「何となく……人工知能っていうのかな。ああいうの、作ってみたくなって。そうして出来上がった物が、誰かとコミュニケーションをとったりしてさ、それでその人の暮らしを豊かに出来たらいいな、って……」
「……夢が出来たんならいいんじゃないの? いっそロボットとか言わずにさ、仮想現実でも作っちゃえば? ひとつのツールとしてさ」
「仮想現実?」
「ああ。簡単に言うと、すっごく進化したオンラインゲームとか。そうやってもうひとつの世界でコミュニケーションをするってのも、面白そうだけどな」
「そんなの本当に出来るのか?」
陽太は疑わしい声を出す。
「さあな。けどあと20年もしない内に出来ちゃうかもしれないぜ?」
「まさか」
ふたりは同じタイミングで笑った。
「……お前がプログラマーになるんなら……俺は暦史家にでもなろうかな」
突然剣が真顔になって言う。
「歴史家? 何でまた」
「……いや、何でもない」
「?」
そして陽太は空を見上げた。どこまでも続く広い空を。そして、この空と、この海と変わらない、澄んだ美しい心を持っていたあの少女の顔を思い浮かべて、彼女のために願った。
どうか彼女が、次は人として、生まれてきます様に。
いつかまた、君に会えます様に。
これは、ふたつの点の物語。この星を見守る太陽と月の様に、決して交わる事の無かった、ふたつの点の物語。君がここにいたという記憶。生きていた記録。
精一杯頑張って人になろうとした、ある兵器のお話。
LUNA:2016-A PIECE(S) OF A JUVENILE-
Fin
これからわずか四年後、人類は三度目の世界大戦を体験する事になるのだが、それはまた、別の話である。
最後まで読んで下さりありがとうございました。恒例の裏話を活動報告に載せますので、お時間ありましたらそちらもどうぞ。




