CHAPTER 22
「んんっ!?」
少年はいきなり後頭部を鳥の足に掴まれ、目の前の眠っている少女に強制的に口付けをさせられた。ファースト・キス。柔らかくって、しっとりとしていて、これが、これが女の子の唇……!
数十秒後、目を覚ました彼女は部屋の中を見回して彼に一言告げた。
「おはようございます」
ここから彼の恋は始まった。
CHAPTER 22:「ひとつになりたい。」
「私も、もうすぐ止まっちゃう……」
ルナのその言葉が、誰よりも信じられる彼女のその声が、今の陽太にはとても信じる事が出来なかった。頭ではわかっているのだ。わかっているのだが信じる事が出来ないのだ。
「ど、どうして……」
「私にもわからない……多分、今は予備電源で辛うじて動けてるんだと思う……」
「ち……違うよ……! どうして、どうしてこんな結末になったんだって言ったんだよ……!」
「……私、嬉しいよ……こうして、また陽太と会う事が出来て……ほんとに、君は凄い……凄いよ……」
「……っ!」
彼は歯を食い縛っていた。涙が、想いが、どっと溢れ出てくる。止まらない。
その時何者かが放った銃弾がルナの背中に当たった。
「ばっ、化け物め……!」
香具山だった。小さなアタッシュケースを持った彼が拳銃を構えていた。撃ったのは間違い無くあの男だ。
「お前達なんかに関わらなければよかったっ……!」
弾丸は何発もルナの背中に命中した。その度に彼女は血を吐き、小さく呻く。陽太は怒りで身を震わせた。
「……かっ、香具山ああああああああああっ!」
「ひっ、ひいっ!」
この倉庫に来る時に拾った銃をポケットから取り出す。それを見た香具山はなおも撃ち続けようとするが、弾が切れたらしくもう発射する事は出来ない様だった。
だが、そんな陽太をルナは弱々しく制止する。
「だ……駄目……だよ……陽太……」
「どうして!? あいつはこんなに君をっ……!」
「陽太が、前こうしたんじゃない……それは駄目だ、って……」
「!」
四ヶ月前の事を思い出して彼は持っていた銃を足元に落とした。香具山は逃げる様に外へと出て行った。
「……本当に、本当に君は、このまま死んじゃうの……!?」
「うん……多分……」
「せっかく……せっかく君を助けに来たのに……」
「ごめん、ね……」
「君が……君が謝る事じゃないよ……!」
「ねえ……外に出ていい……? 空が……見たいの」
「あ、ああ……! ああ……!」
陽太はルナをあの日の様におぶって歩み始めた。彼女の素肌は相変わらずとても柔らかくて、それで、それで、冷たい……。
「ごめん、ね……もしかして、暗がりでエッチな事したかった……?」
「なっ!? そ、そんな訳無いじゃん! こんな時に!」
ふたりは日の光の下へと出た。仰ぎ見た空は快晴で、腹立たしいほどに青く澄み切っている。でもそれがルナの髪や瞳の色みたいで、決して恨めしくは感じられなかった。
すると、抱えていたルナの左脚が突然ぼとりとちぎれて落ちた。
「あ……」
「……」
それは太陽光の熱を帯び、煙を出しながら小さな粉になっていく。
「……!」
陽太には信じられなかった。ああやって、すぐにルナはいなくなってしまう。俺の目の前から。この星から。涙で視界を滲ませながらも、陽太はふらふらと門へ向かい戻っていった。
「ああ……あったかいな……」
ルナは彼の首筋に頬ずりをして呟く。
「……ルナ……!」
「……何……?」
「……ルナ……!」
「なーに?」
「…………ルナ……!」
「……もーう……だから何……?」
「俺は……俺は君が好きだ! ……大好きだ!」
「……うん。私も陽太の事……好き」
「! ひっぐ!」
また涙が込み上げてきた。ぽつり、ぽつりとその滴が照り付けられたアスファルトを濡らす。
「うあっ! うっ! うっ! うああああああああああっ!」
「……もう……泣き虫なんだね、陽太……」
彼女の細い腕が彼の頭をさわさわと撫でた。その腕もさっきの脚と同じく、ぽろぽろと形を崩していく。
「ねえ、陽太……私と出会ってくれて……ありがとう」
「俺の方こそ、ありがとう……!」
「私、陽太のおかげで……少しは人になれた……かな……」
「だから! ……だから君は人だって、初めから言ってるだろ……!」
「私、幸せだよ……こんな素敵に終われるなんて……思ってなかった……ありがとう」
「だから! こっちこそありがとうだってば!」
「くすくす……ああ……もしも兵器の私が、生まれ変わりだなんていう事が出来たら……もしも次は、人として生まれてくる事が出来たなら……ねえ……顔……見せてよ……」
陽太はごしごしと涙を拭って、肩にある彼女の顔をしっかりとその目に焼き付けた。その瞬間。
「んっ……!?」
ルナは静かに彼に口付けをした。
「!? ……んんっ……!」
唇から彼女の命の鼓動が伝わってくる。ごおごおと、残り僅かな最後の炎を感じる。陽太は目を閉じ、時が止まってしまった、永遠の様なこの刹那に全身を委ねた。
やがてルナはゆっくりと顔を離し、目を開くとまた言葉を残した。
「……その時は……今度こそ……キ、君とト……ね……」
彼女は可愛らしい仕草で、これまで彼が見てきた中で一番の、満面の笑顔を見せてくれた。
「……ヒ、ヒト、ひとつ……に……なり……タ……i…………………………」
「…………ルナ?」
「…………………………………………」
「……………………ルナ…………?」
「…………………………………………」
「…………! …………っ……あっ……うああっ……!」
少女は微笑みを残したまま全ての機能を停止させた。やがてその体がさらさらと崩れ始めても、最後の最後まで温かい眼差しで少年の顔をずっと見つめていた。
そしてルナは風になった。そのとてもとても小さな彼女のかけらは、太陽の光を浴びてきらきらと輝き、煌めいていた。
きっとそれは、世界で一番美しかった。