CHAPTER 20
教室に入った剣はいつもの様に陽太の姿を探し始めた。だがぐるりと見回しても彼の姿はどこにも無い。珠希がすでに席に着いて朝補習の準備をしていたので彼女に聞いてみた。
「古川、今日陽太休みか?」
「あ、おはよう剣。うん、風邪ひいちゃったんだって」
「そうなのか。じゃあ恒例の見舞いにでも行くか」
「……」
「どうした?」
「ほんとにそうだったらいいんだけど……」
「嘘ついてるって?」
「……何か嫌な予感がして……」
CHAPTER 20:「また会えた。」
この日陽太は学校をずる休みし、街中のとある場所を訪れていた。センゴクエレクトロニクス。おそらくルナがいるであろう場所だ。昨日ガルダが言った様に、送られてきたデータによってこの位置情報を突き止めたのだった。
「ここにルナが……」
「ドウスル? ドウヤッテ入ルンダ」
「どうやってって……普通に入るよ。不法侵入なんて出来るかよ。それにこの壁じゃとても無理だし」
右に左に首を動かす。高さ二百五十センチほどの壁が三百メートルは続いていた。監視カメラもあるだろう。
「ソレデ素直ニ会ワセテクレルノカ?」
「や、やってみなくちゃわかんねーじゃねーか!」
という事で彼らは門をくぐって直進し守衛室を訪ねた。初老の男が窓口越しに要件を聞いてくる。
「おはようございまーす。どちら様で?」
「あ……えっと……」
まずい、どうしよう……彼は早くも困った。何て言えばいいんだろう。
「え~っと……」
「……?」
……そういや……よし、一か八か……。
「か、香具山さんと会う約束をしてるんですけど」
一度接触してきたあの男の名前を出してみた。スーツを着ていたし、もしかしたらここの社員かもしれない。
「あ~、香具山さんね。はいはい。じゃあここに名前と訪問先……えーっと香具山さんの名前でいいよ。それから今の時間……10時28分ね。書いて」
「え……あ、はい」
当たりだ。予想通り彼はここで働いている人間らしい。しかも名前だけで守衛がぴんとくるあたり、そこそこ地位がある様だ。陽太が訪問表に記入すると男はあっさりと通行証を手渡してくれた。いいのか? こんな適当で。会社ってのはどこもこうなのだろうか。
「その鳥おもちゃ?」
「え?」
進もうとした陽太に守衛はさらに声をかけ彼の肩に乗るガルダを指した。
「ああ、そうそう! そうなんです!」
「へ~……よく出来てるねえ。もしかしてウチの商品?」
「え、ええまあ! 喋ったり自分で飛んだりするんですよ!」
「ほ~……最近のおもちゃは凄いなあ……」
「じゃ、じゃあありがとうございます!」
「はいはい。通行証は出る時返してね。また書いてもらうから」
難無く潜入成功である。だが、敷地内には色々な建物があった。一体この中のどこにルナがいるのか……。
その時、耳をつんざくほどの爆発音が聞こえてきた。陽太はついひっと驚いた声を上げる。
「なっ……何だ!?」
「……コノ先ダナ」
「……! ま、まさか……!」
研究施設の壁を破壊し、ソルはルナと共に外へと下り立った。太陽の光が眩しくてつい目を細める。たまたまそこを歩いていたセンゴクの従業員達は異変を恐れ悲鳴を発しながら次々と逃げていく。状況を理解出来ていない様子だった。
「……死ね」
彼は右腕をライフル銃に変化させ、狙いを合わせると弾を連射した。
「死ね死ね死ね死ね」
ひとりの男の背中に何発も何発も、外す事無く命中させていく。標的はついに倒れた。次の的を探す……すぐ近くに見付けた。
「死ね死ね死ね死ね」
そうやって一方で人を撃ち殺しながら、空いているもう片方の腕を適当な建物に向ける。
「死ね」
左腕にミサイルランチャーが生えてくる。弾はすぐに発射され、建物の上階部分に当たった。轟音を立てて脆くも崩れていく。
「なっ! 何をやっているんだ!」
香具山が冷や汗を垂らして立っていた。たまたま歩いていたのか、騒ぎを聞いてやって来たのか。そんな事はどうでもいい。
「カグヤマ……見てわかんない?」
「やっ……約束が違うじゃないか! 国内では暴れないと!」
「それ、いつの約束だよ。春だろ。あんた達がのろのろしてるからこっちはストレスが溜まってきてるんだよ」
「だから定期的に戦場を提供しているじゃないか! 我々には我々の計画があるんだ!」
「知らないよ、そんなの。僕は『我々』じゃないし」
「……っ! 落ち着いてくれソル君!」
「……うるさいな……死ねよ」
「!」
ソルは右手を彼へと構える。
「やめろおっ!」
「?」
また声がした。撃つのをやめて振り返ると今度は知らない顔がある……だけど、直接会った事は無いが彼はその少年を知っていた。
「……ナクラヨウタ……」
ソルが陽太に気を取られているこの間に香具山は逃げていった。ま、いっか、別に。
「……ガルダ……こいつが……!」
「アア……ドウ考エテモソウダロ……ソル……!」
「! ルナ!」
陽太は彼のそばにいた彼女に気が付いた。ソルと思われる少年と同じく、こちらをじっと見据えている。
「よかった! 無事だったんだね!」
「……あなた、誰ですか?」
「……え? 何言ってんだよ……」
「私のデータベースに情報が無いので。私はあなたを知りません」
「……! 何だよこれ……まるで初めて会ったあの日みたいに……!」
「多分ダケド、ソルノ奴ガアレニアクセスシテ記録ヲデリートシタンダ」
「! け、消したって事か!?」
「そうだよ。僕がね」
「……! 何で……!」
「僕の敵になってもらっちゃ困るからさ」
「ガルダ! あれは!?」
「モウヤッテルッツノ! モウ少シ待テ!」
「ナクラヨウタ……お前がLUNAを変えてしまった……お前は危険だ……LUNA」
「何?」
「あいつを殺してよ」
「……うん、わかった」
「!」
陽太はたじろいだ。ルナが……ルナがそんな事を言うはずが無い。する訳が無い。
「冗談だろ、ルナ……ほんとに忘れちゃったのかよ」
「うわあああああ!」
突如ソルの後方に拳銃を持った男が現れた。身なりからしてここで働いている研究員の様だ……って、銃!? 何でそんな物を……!
彼は弾を二、三発ソル目がけて撃ち込んだ。ソルは血を噴き出すが、決して怯まない。
「……痛いなあ」
陽太から目を離して右腕を男に向けた。
「よ! よせ!」
陽太は叫んだ。
「よそ見してる場合じゃないよ、君も」
「! ルナ……!」
「ごめんね、私もう、人を殺すのは嫌なんだけど」
彼女は構わずミサイルを放つ。
「……!」
し、死ぬ……!
しかし、ルナが撃ったミサイルは直前で軌道を逸らし陽太には当たらなかった。信じられない。奇跡でも起こったんだろうか……!
「……あれ……?」
ルナは可愛く首を傾げる。しっかりと照準を合わせたつもりだったのだろう。
「……おかしいな……」
間髪を容れずに二射目を撃つ。彼は慌てて近くに停めてあった車の陰に逃げ込むが、やはりミサイルはギリギリの所で狙いを外れて後ろの建物に当たった。
「……? 精度が落ちた……? いや、完璧なはず……誤差予測はミリ単位でさえなかった……」
少女はひとりぶつぶつと呟いていた。
「計算は完璧だったはず……ねえ君、何かした?」
「! ガ、ガルダ……?」
「俺ハマダダ」
「威張るなよ!」
「ウルセエ!」
「……あれ」
ふとルナは、知らぬ間に自分の瞳から涙が零れていた事を認識した。
「……? まあいいや。 弾が当たらないんだったら近距離で殺せばいいだけだから」
そう言って彼女は腕を刃に変形させ、一瞬で間合いを詰めてきた。陽太には逃げる暇も無い……!
「ひっ!」
容赦無く斬り付けてくる少女。しかし……やはり当たらない。紙一重で陽太は彼女の攻撃を避ける事に成功する。
「あれっ、あれっ、あれっ……当たらない……どうして……どうして……?」
腕を振る度にルナの顔はどんどん涙で濡れていった。彼女自身が一番戸惑っている様であった。
「どうして……? どうして涙が止まらないの……?」
「何やってるんだよ、LUNA」
とっくに先ほどの男を殺していたソルが苛立ちを見せる。
「どいて。僕がさっさと殺すから」
「あ……うん」
「ったく……! ……何……!?」
構えようとしたソルだったが、麻痺した様に体を動かせなかった。整備不良だとでもいうのか……? そんな事、あるはずが無い……!
「!」
続けて彼は目を疑った。向こうにいるルナも彼と同じ様に動く事が出来ないでいたのだ。
「こ……これ……は……」
「ヤット出来タゼ……!」
「……ガルダ……!」
陽太は安堵の声を漏らす。
「鳥……お前か……!?」
「鳥ジャネエ! ガルダダ!」
「な……何をしたの……!?」
「妨害電波デオ前ラノ動キヲ止メタ。チューニングニ時間ガカカッチマッタ」
「そ……そんな事が……!」
「俺ハタダノオ喋リナ鳥ジャネーゼ……! 緊急時ニルナノ動キヲ止メル役割モ持ッテルンダヨ。ヤッパリ同ジコロンシリーズダ。周波数ヲ揃エテヤガッタ」
「くっ……くそっ……!」
「ヨット」
ガルダはルナのうなじの辺りに滞空すると体を丸め両足を揃えてそこに突き刺した。彼女に接続したのである。
「! お前! LUNAに何してる!」
「俺ノ中ニアルコレノ記録ノバックアップヲ送ル。ソウスレバ……!」
ルナの目が虚ろになり大きく見開かれた。きっと今、ガルダの中からデータが入り込んで来ているのだ。彼女がこの地球に来てから、陽太達と一緒に過ごした時間についての記憶が。
やがて全てを思い出した、いや、消去された記憶領域に陽太達との記憶データを上書きされたルナははっとした。
「……私は……君を知っている……?」
「そ……そうだよルナ……俺だよ……陽太だよ……!」
「陽太……うん、知ってる……! 陽太だ……陽太……! また会えた……!」
「ルナ……!」
彼女の記憶が戻ったのを確認するとガルダは接続を解除した。
「……モ、モウソロソロ切レルゾ、妨害……エネルギーノ消耗ガ激シインダヨ……!」
疲れた様に彼はぱたぱたとルナの小さな肩の上に止まった。
「……ありがと、ガルダ」
「ヤッパリココガ一番落チ着クゼ」
「そう……ガルダにとっては私の肩が『陽太の隣』なんだね」
「ヘッ、カモナ」
「……LUNA……!」
「ソル……! 私は君を止める」
「……まさか、君と戦う事になるなんてね……!」
ソルの全身から薄い板の様な装甲が出現する。肩、腕、胸、腹、脚……それはあらゆる部位を覆うと急激に厚みを増し、開いた表面からは数え切れないほどの小型弾頭が姿を見せていた。
「……おいおい……あんなん撃ってくんのかよ……!」
「陽太! 下がってて!」
「も、もちろん……! ごめん!」
ルナも彼と全く同じ兵装を纏う。目には目を、ミサイルにはミサイルを。出来るだけ相殺するつもりだ。
発射は同時だった。おびただしい量の小型ミサイルが宙を飛び交う。ほとんどはルナの狙い通り互いにぶつかり合い打ち消した。だがそれでもわずかに漏れた弾がこちらに向かってくる。
「陽太にはケガさせない!」
即座に彼女は腕の兵装をガトリング銃に切り替え連射した。一発、二発……三発、四発……五発……あと一発……全部撃ち落とした!
だが次の瞬間煙に紛れてソルが眼前に現れた。次はブレードに変形させ、彼の刃を受け止める。
「さすがだねえ! お姉ちゃん!」
「ソル! 君だって、ほんとに私の弟になれるのに……!」
「人間ごっこなんて、僕は全然興味無いね!」
「ごっこなんかじゃない!」
「残念だけど、接触した時点で僕の勝ちだ!」
「!?」
交わっていたふたつの刃がぴたりとくっつき、一体化をし始めた。ルナの頭の中に信号が鳴り響く。
「こっ……これは……!?」
「僕が発したシグナルを受信したね……! 君の自律機能は失われたはずだ! システムには逆らえない!」
「ま、まさか……!」
「少し、いや、かなり早いけど、この時が来たんだよLUNA……! 僕とひとつになろう!」
「や、やめて! 勝手に反応しないで!」
彼女は引き寄せられる様にソルと体を重ねていった。そして、少しずつ少しずつ、その中へと引きずり込まれていく。
「嫌だあっ! 私はっ! 私はあっ!」
「ル……ルナアッ!」
陽太は少女の名を叫んだ。何度も、何度も。何度も。




