CHAPTER 2
「……!?」
陽太はあまりの唐突さに言葉を失っていた。自分の目の前に突然現れた全裸の少女。今、どこから現れたんだ!? いや、ていうか何で服着てないんだ!? この娘、今落ちてきたのか!? ぱっと現れた様に見えたけど……! 思考が彼の頭の中で渦巻いていた。
「……!」
恐る恐る少女を見下ろし、その体を頭からつま先へと舐める様に視線を動かしていく。セミロングのさらさらした水色の髪。小さな顔。瞳は閉じられている。そして瑞々しい白い肌。胸部は膨らんでおり、その下はくびれ、細いラインが一目でわかる。それから……。
「……ぶっ!」
我慢出来ずに彼は鼻孔を抑えた。だっ、駄目だ、これ以上まじまじと見れない……! お、女の子の裸なんて見るの初めてだ……!
この時彼は今登校中である事を思い出した。こんな所で時間を潰している場合ではないのだ。
「つっても……」
陽太はもう一度少女に目をやる。
「……このままにしておく訳にはいかねーよな……」
そう呟きまた鼻孔を塞いだ。
「……とりあえず連れ帰って来ちまったけど……」
数十分後、少女は陽太の部屋で彼の布団に寝かせられていた。陽太は学校に行くのを一旦やめて、家に彼女を連れて行く事にしたのである。さすがに裸のままではいけないので、自分が着ていた制服のブレザーを適当に被せて背中に負い、来た道を戻った。
帰宅した今その時の様子をついつい反芻する。ずっと背中に当たっていたふっくらとした柔らかい胸。そして両の手でがっしりと掴んでいた太もも……。
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!
何を考えているんだ俺は! と頭を抱える。珠希の奴もいつの間にかあんな風にとかいう変な想像までしている! 落ち着け俺ええええええええ!
静かに少女を見る。彼女は今ワイシャツ姿になっていた。帰って来た後適当に羽織らせておくのもどうかと思ったため陽太が着せたのだ。
ごくり、と彼は唾を飲み込んだ。今目の前にいるのは、こんなにも無防備な状態の、恐らく彼と同じ年頃の少女。しかもめちゃくちゃ可愛い。それに裸の上にワイシャツ一枚。萌える……。
いや、興奮する……!
今なら手を出し放題だぞ、陽太……! も、もう一度この手にあの感触を……っ!
ってあああああ駄目だあああああああああ! あと一歩の所で理性が邪魔をするううううううっ! 俺の意気地無し!
……というか、眠ってるんだよ……な? そういや寝息が聞こえない気もするんだが……まさか死んでないよな……。
床を這って彼女の枕元に行き、口元に耳を近付ける……息をしていない……?
「う、嘘だよな……死んでないよな……?」
「死ンデネーヨ」
「!?」
彼の独り言に誰かが答えた。コンピューターで作られた様なその音声に陽太はぎょっとし、思わず振り向く。
部屋の中にオウムの様な赤い小さな鳥がパタパタと羽音を立てながら飛んでいた。ただこの小鳥、どう見ても機械だ。
「なっ……何だこいつ……!?」
「俺? 俺ハ『ガルダ』ダ」
「ガ……ガルダ……!? いつの間に家に入った!?」
「サッキカラズットイタッツノ。オ前ガソレヲ拾ッタ時カラズット付イテ来テタッツノ」
「そ、それ……って、この娘の事か?」
「……アア」
「もしかしてお前、この娘の事知ってんのか?」
「アア。知ッテルヨ」
「この娘は一体何なんだよ! いきなり目の前に現れて……てかお前も何なんだよ!」
「イイカラサッサト起コセヨ」
「起こせって……じゃあやっぱり、この娘死んでねーんだな!」
「アア、ダカラ死ンデネーッツッテンジャネーカ」
ガルダという謎の機械仕掛けの鳥の言葉を聞き、陽太は安堵した。
「そっか……よかった」
そしてゆさゆさと彼女の肩を揺らす。だが何度そうしても、声をかけても、彼女が目を覚ます事は無かった。
「何ヤッテンダ?」
彼の行動を疑問に思ったのかガルダが尋ねる。
「何って……起こしてんだけど」
「違ゲーヨ。ソンナンデ起キル訳ネーダロ」
鳥は呆れた声を出す。先ほどから思っていたが、このメカ、口が悪い。
「イイカ? マズソレの顔ノ上ニオ前ノ顔ヲ持ッテ来イ」
「? こうか?」
ガルダの指示通り、陽太は少女の顔を真上から覗き込んだ。
「デ、次ニ息ヲ思イッキリ吸エ」
「?」
す~~~~~~~~~っ、と今度は口を閉じ精一杯息を吸う。
すると急にがしりと後頭部を掴まれた。まさかあの鳥が足で?
そしてその直後に凄い力で頭をぐいと押される。彼は抵抗する事も出来ずそのまま少女にぶつかった。
「んんっ!?」
唇に触れるしっとりとした物、これは、まさか……!
「んんっ! んん~~~~~~~っ!」
離そうとするが離れない。ガルダがずっと彼の頭を押さえているからだ。
「んん~~~~~~っ!? ……っ!」
こらえきれずに陽太は息を彼女の口の中へと吹き出した。数秒間、ゆっくりと。
やがて息を全て吐いた後、彼は呆然としていた。頭はなおも掴まれている。心臓はどくどくと高鳴っていた。唇にはまだ彼女の唇が触れている。これはつまり……。
……キス、してるよね……?
あ、あれ……? これって、まさか噂のファースト・キスって奴……? うわ、何だこれ超柔らけえ……は、離したくない……! ああ、何て幸せな時間なんだ……!
顔を真っ赤にしながら彼はしばらくそのまま呼吸を続けていた。彼の口から出ていく息は全て少女の口の中へと入っていく。
やがて、ぴくりと彼女の瞼が動く。それを陽太が確認した時長い間彼の頭に乗っていたガルダがようやく飛び立った。
「……! ぷはあっ!」
はあ、はあ、と肩で息をしながら彼は顔を上げた。
「お、お前、何すんだよっ! 急に! ありがとう!」
ガルダに感謝混じりの怒鳴り声を浴びせるが、彼(?)はそれを気にも留めずにじっと少女を見ていた。陽太も再び視線を戻すと、彼女の両目が虚ろな状態で開いていた。
「! おっ、起きた!」
「COLON SYSTEM起動シマス。PERIOD SOFTWARE、起動シマス」
「コ……コロン……? 終止符……?」
彼女の口からは抑揚の無い言葉が飛び出す。ガルダとは違い人間の女の子の声だが、どこか無感情だ。
数秒後、一度瞬きをすると彼女の瞳は陽太や珠希のそれと変わらぬ物になった。髪の色に負けないくらいに、澄み切った青色をしている。きょろきょろと部屋を見回した後、彼女は陽太と目を合わせて一言。
CHAPTER 2:「おはようございます。」