CHAPTER 14
シャッとカーテンが開けられると純白のワンピースに身を包んだルナが姿を見せた。そのあまりの美しさに陽太は思わず見惚れた。
「似合ってる?」
「も、もちろん!」
彼女の質問に彼は即答した。白い肌のルナに同じく真っ白なワンピースは非常に似合っていた。清純さに満ち、誰よりも、何よりも輝いて見える。
「じゃ、じゃあ次は……ぎゃ、逆に黒いのとかどうかな」
「え~、また着るの?」
彼女は珍しく甘い声を出し陽太を弱く責めてきた。小悪魔の様な可愛らしいその声色に彼の全身の血が沸騰しかける。
「私で遊んでない? 着せ替え人形じゃないんだけど」
「ちっ! 違うって! い、嫌ならいいけど」
「……別にいいよ。じゃあちょうだい」
「わ、わかった。ちょっと待ってて」
そう言って近くにあった黒いシャツを適当に一枚取ると陽太はそれをルナに手渡した。カーテンがまた閉まる。
ルナにはどんな服も似合う。彼女で遊んでいる訳では決してないが、正直、普段お洒落に無頓着な彼女が色んな服を着るのを見てみたかった。似合ってしまうからこそたくさんの色を纏って鮮やかになるその姿をついついその目に映したくなるのだった。彼女の着替えを待っている間彼はずっと興奮を抑えられないでいた。先ほどの彼女の声には今までに感じた事の無い雰囲気があった。彼女がそんな風に迫ってきたのには心底驚いた。もちろん思い上がりかもしれない。だが、機嫌が良さそうに感じたのは事実だ。彼女が楽しんでくれているのならそれでよかった。
試着室の中、ワンピースを脱ぎながらルナは何だか上機嫌だった。だけど、さっきの声色は失敗したかもしれない。もう陽太の要望に応えて試着をするのは五回目になるが、不思議と嫌ではない。嫌ではないのだけど、嫌そうな言葉を言ってしまった。だけど嫌ではないのだ。だからあんな声色で喋ったのだ。だが陽太からするとそれが不自然に感じられたかもしれない。あんな声を出した事など今まで一度も無かったのだから。私は、嬉しいんだろうか。自分の姿を陽太に見られて。
CHAPTER 14:「何で見てくれないの。」
そして前とは打って変わって、上半身を黒色に包まれたルナが陽太の前に現れた。
「……これ、ちょっとここの部分、広くない?」
彼女はシャツの襟を指差す。ふっくらとした谷間が少し見えていた。
「! あっ! いっ! いやっ! それはっ!」
し、しまった! と彼は慌てる。適当に選んだためどのような服なのかはっきりと見ていなかったのだ。やばい、変態だと思われる!
「? 陽太顔赤いよ」
「えっ!? いやそれはそのっ! ご、ごめん! もう着替えていいよ!」
「……今回はあんまり見てくれないんだね」
「え!?」
「さっきまでと比べて全然見てくれないなーって思って。もしかして似合ってないのかな」
「そっ! そんな事無いって!」
「……じゃあ何で見てくれないの?」
「……!」
どきどきしながら彼はルナをもう一度見た。やはりどうしても開かれた胸元に目が行ってしまう。これが思春期か……!
「……か、可愛いよ……!」
「……うん、ありがと……じゃあ着替えるね」
「うん……」
彼の言葉を聞き満足したのか、彼女はにこりとするとカーテンをゆっくりと閉めた。
今日は海での約束通りファッションビルにふたりで出かけている。今の店で陽太はルナに白いワンピースを買ってあげた。実は密かにこの日のために短期間のアルバイトをしていたのである。服の一着や二着ぐらいはプレゼント出来る余裕があるのだ。
これって、もしかしてデート……!? グルメフロアの一角にあるレストランのテーブルで少年は向かい側に座る少女に目をやった。彼女もたまたまこちらを向き、目が合う。びっくりして彼はすぐに視線を逸らした。
「さっきはごめんね」
「え?」
ルナがハンバーグにナイフを入れながら言った。
「ちょっと意地悪しちゃったでしょ」
「意地悪? ……あ、ああ……」
あのエロい黒シャツの事か、と陽太は合点する。
「何だか陽太をからかいたくなったんだ。ごめんね」
「からかいたくなったって……酷いな」
「うん、だから謝ってるじゃない。何でだろうね、楽しいからかな」
「……ならよかったよ」
そ、それは俺と二人きりだから、とか……。
「ガルダも連れて来てもよかったかも」
……で、ですよねー……。
「でも、ガルダこういうのちっとも興味無いからな」
「は、はは……」
そりゃーただの鳥だもんね……。
「だから、いなくてよかったかも。なんて言ったらガルダ怒っちゃうか」
後の部分は付け足した様に陽太には聞こえた。彼の願望かもしれないが。
「あいつは、ルナが生まれた時から一緒にいるの?」
「ううん……私が戦い始めて、半年くらいかな……いっつも寂しそうにしてる私を見兼ねて、ある科学者さんが作ってくれたの。お話相手」
「そしたら思ってた以上にお喋りだった訳だ」
「あはは。まあ、それだけじゃないんだけど」
「これ食べ終わったらさ、次は映画見ようと思うんだけど」
「映画? いいよ」
そして、午後。ふたりはファッションビルから移動しシネマコンプレックスへとやって来た。何を見るのかは決めていない。この場で適当に選ぼうと思っていたのだ。
入口に貼られている放映中の映画のポスターを順々に見ていく。ラインナップは豊富だ。アニメ……は、高校生のデート(?)にしては幼稚だし……あ、でもこれ最近話題の奴だ……青春系の……洋画のアクション……3Dだと臨場感が堪らないんだろうな……戦争系……はダメ! ゼッタイ! ラブストーリー……ルナってそういうの興味あるのかなあ……いや、でもここでこれを見てルナの気持ちに変化が……! なんて、ある訳無いよな……。
などとあれこれ考えていると彼女がとある映画のポスターの前で足を止めた。
「見たいのあった?」
「……」
ルナが見ていた物はドキュメンタリー映画のポスターだった。しかも、アフリカのサバンナで生きる野生動物にスポットを当てた。
「……」
陽太は反応に困った。彼はドキュメンタリーなどほとんど興味が湧かなかったし、しかも動物モノだ。そんなに動物愛好家でもない。
だが、ルナが興味を示したのだ。ならば見ない手は無いだろう。
「……これにする?」
「いいの? 他にもっと面白そうなのあるよ。陽太が好きそうな」
「こ、これも面白そうだし」
ああ、俺、今ちゃんと笑えてるかな……しかし、ルナが彼の好みを理解している事がこの時の陽太にとっては嬉しかった。だから、俺もルナの好みを理解しなきゃな。
彼らはそのドキュメンタリー映画を見る事に決めた。ホールに入り席に着いて、間もなくすると上映が始まった。薄暗闇で隣にルナ……もちろん他に人はたくさんいるが、緊張する。いつも一緒の部屋で寝ているが、それとはまた違った状況で、新鮮だ。
「ああ、やっぱり」
映画の予告編の最中ルナがぽつりと言ったのが彼には辛うじて聞き取れた。
「安心するな、陽太の隣」
「え?」
陽太は思わず彼女の顔を見る。ルナも彼の顔を見つめ返してきた……きっと、そうしてきた。暗がりだがわかる。笑っている。微笑んでいる。俺に向かって。俺に笑顔を見せている。俺のために。
どくん、という音が大音量の映画の予告を一瞬遮った。彼は恐る恐る左手を彼女の右手に近付けていった。もし彼女がそれに気付いて驚いても、故意ではない仕草をすれば誤魔化せるに違いない。
そして、ぴたりと指先が彼女の柔らかい手の甲に触れた……すると。
それに呼応する様に、その手が優しく動き、逆に、彼の手を包み込んだ。つい声を上げてしまいそうになる。
「……こうしてるとね、もっと安心出来ると思って」
「!」
やべええええええええええええっ! 彼は折りそうな勢いで首をスクリーンへと傾けた。
ルナ! 俺は君が! 大好きだ~~~~~~~~~~~~~~~~!
映画の内容はほとんど頭に入らなかった。陽太は上映中ずっと全神経を左手に集中させ、ルナの温もりを感じていた。緊張から手汗が酷かった気がするけど、嫌じゃなかっただろうか……だが、彼女はずっとその手を離さなかった。
ある時一度だけ、ちらりと彼女を一瞥した。
彼女は泣いていた。その涙はスクリーンから発せられる光に輝き、きらきらとしてとても綺麗だった。
「面白かった?」
まだ震えを止める事が出来ないまま陽太は彼女に問いかけた。
「うん。特にあの、赤ちゃんが産まれるシーン」
「出産シーン?」
そんなシーンあったのか……なんて言えない。
「うん。凄いなーって思った。命はこうして生まれてくるんだなーって」
「……そっか」
命、という言葉に彼は反応した。それはきっと、彼女が心の一番奥の奥で感じている物だ。
「でもルナも女の子なんだから、いつか誰かと結婚したりしたら、子供を産めるんじゃない?」
何も考えずに話したが、直後急に彼は恥ずかしくなった。何て事言っちゃったんだろう。
ぬあああああああああああああ! そしてそれが俺の子供だったらとかうあああああああああああああああああああああ!
「それは無理だよ」
間を置かずにルナは返した。
「え?」
「兵器にとって命を生み出す生殖機能なんて一番必要無い物だもん。だって命を奪うのが兵器なんだから」
「……え……」
「だから私、子供なんて産めないよ?」
そして少女は、えへへ、と少しだけ寂しそうに笑った。




