CHAPTER 13
照り付ける日差しの下、陽太達は砂浜に下り立った。八月の海はシーズン真っ只中。大勢の人々で賑わっていた。
「やっぱ人多いなー」
「一緒に海なんて久し振りだね」
シートを広げる場所を適当に探していた陽太に隣から珠希が顔を見せる。
「それもそうだな」
最後に彼女と一緒に海に行ったのは確か小学生の低学年ぐらいだろうか……と彼は記憶を辿った。そして、つい水着姿の幼馴染に目を留めてしまう。
「……な、何……?」
彼女は恥じらう仕草をわざと見せた。一応、彼女なりに精一杯選んだのだ。
「な、何でもねーよ」
しかし彼はすぐに目を逸らした。ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ彼女を意識してしまったのだった。動かした視界には今度はルナが入る。
「……」
ごくり、と思わず彼は唾を飲み込んだ。珠希と比べると何ともまた美しい曲線美。出ている所はしっかりと出ていて、膨らむ部分はしっかりと膨らんでいる。その体はほんの少しだけむっちりと水着に締め付けられている様にも見え、思春期の少年の情欲を掻き立てるには十分であった。そして何より、大部分が晒されている彼女の乳白色の肌が一層映えていた。ぶっちゃけ、程よくエロい。
「? 何? もしかして、着方間違ってる?」
「! そっ、そんなんじゃないよ! すっごい似合ってると思って!」
その体をじっくりと視覚で堪能していた陽太にルナが不安そうに尋ねてきたので、彼は焦って否定した。彼女は水着を着るのは初めてだそうだ。
すると突然頭を珠希に叩かれた。
「何すんだよ!」
「私の時と反応が違うなーと思ってさー」
「オ前マタ発情シタノカ」
「ちがっ! してねーよ!」
嘘だが。
「あーはいはい。さっさとシート広げようぜ」
ぱんぱん、と手を叩いて剣が場をまとめた。
CHAPTER 13:「いっぱいいっぱい汚しちゃった。」
「熱ちっ!」
サンダルを脱いだ陽太は砂浜の熱に驚きつつ渚へと走っていく。ようやく砂が湿っている所まで来ると、またしても突如珠希に「どーん!」と背中を押されて海中へと倒れ込むのであった。
「ぷはっ! 何すんだよ!」
「あはは。びっくりした?」
「お前このやろ!」
「ふえっ!?」
彼は仕返しに彼女の頭を軽く掴んで水面に沈める。
「ごぼごぼごぼっ! ……ぷはっ! げほっごほっ! ご、ごめんなさい!」
「いちゃいちゃするなよお前達」
ふたりの後ろで剣が言った。
「なっ! 別にいちゃいちゃしてねーよ!」
「そ! そうだよ!」
「オーコレガ地球ノ海カ」
その時、頬を赤らめている陽太の肩にぱたぱたと飛んできたガルダが止まった。
「あっつっ!」
彼は慌てて機械鳥に手をやる。しかしはたこうとした手の甲も更に悲鳴を上げた。
「いって!」
「痛イノハコッチダ。イキナリ叩キヤガッテ」
「ざっけんな! お前の体は熱いんだよ!」
「ダカラコウシテ水辺ニ来タンジャネーカ」
「俺の肩に乗るな! 火傷する!」
少し遅れてルナもビーチボールを抱え砂浜をゆっくりと裸足で歩いて来た。
「……ルナは、熱くないの? 砂」
「え? 熱いけど、そんなに叫ぶほどじゃ。1000℃くらいまでなら耐えられる様には設計されてるらしいし、私」
「へ、へえ……」
「よ~しルナ! 早くボールちょうだいよ」
「そういえば、今日軽いビーチバレー大会みたいなのやるらしいぞ」
「え? それほんと? 剣」
「ああ、脱衣場の壁に貼ってあった。優勝は賞金10000円らしい」
「い、いちまん……!」
珠希の目がきらりと光った。
という訳で、珠希、ルナのペアがビーチバレー大会に参加する事になった。女性の部出場チーム数は全部で十六だ。
「よ~し、優勝してふたりで賞金ゲットよ! ルナ」
「ルールはわかったけど、上手く出来るかな……」
「大丈夫! ルナ何か凄い動きしそうだし、大丈夫だよ!」
珠希は彼女の機動力に期待をしていた。きっと常人では考えられない動きをしてくれるに違いない。そう考えていた。
一回戦、ふたりの試合が始まった。彼女らは後攻である。
相手チームのひとりがサーブを打った。ボールは緩やかな弧を描きネットを越えてふたりのコートの上空に入ってきた。ルナの方が近い。
「ルナ!」
「うん!」
落下点を瞬時に予測した彼女はさっと腕を構え絶妙な角度で珠希へとレシーブを放つ。
「さすが!」
珠希も鋭い日光に目を細めながらもしっかりとボールを見据え、仰ぎながら足をとん、とんと動かしてポジションを合わせる。
「行け!」
ふわりとルナにトスを返した。彼女は勢いをつけ、砂浜を蹴った。
「……あ」
力を入れ過ぎてしまった。ルナはボールのそばを越し、つま先がネットより少し上の位置までジャンプをしてしまったのだ。まさに常人では考えられない身のこなし。
ボールはぼとっと落下した。相手チームの得点だ。
「……つ、次よ次!」
続いて敵チームからの二打目。狙いはまたしてもルナだ。
「またさっきの要領でいくよ!」
「わかった!」
ルナからのレシーブ。それを珠希は再びトスで彼女に返す。
「よーし、今度こそ!」
「うん!」
ルナが跳んだ。ネット越しに相手コートのどこに打ち込むか、電算で答えを導き出し狙いを定める。この間わずか0.1秒である。
今度は大丈夫だ。ボールはちゃんと手の位置にある。あとはこのまま思い切り打ち込むだけだ。思い切り……。
パアンッ! という破裂音が真夏の海に木霊した。
「……あ」
思い切り過ぎてボールを割ってしまったのである。
「……」
結局ふたりは一回戦敗退となってしまった。試合が終わった後もルナは申し訳無さそうにしていた。力の加減にあたふたとしている内にあっという間に試合が終わってしまったのである。
「ごめんね、珠希。私のせいで……」
「いやいや、ルナ頑張ったんだから!」
「あー、何か適当に買ってくるよ。美味しいもん食べて元気出そう。ね?」
「あ、俺も行くよ」
「俺ニモ買エ」
「ちょっと待ってて」
落ち込む彼女を見兼ねた陽太は剣とガルダを連れてふたりのそばを離れていった。しばらくすると彼らを待っていたそんな少女ふたりの元に見知らぬ少年達が近付いて来た。
「あれ、もしかして暇してる?」
「じゃあ俺らと向こうで遊ばない?」
二人組の少年。見た目からして、おそらく珠希と同じ高校生だろう。戸惑うルナにふたりは話しかけ続けていた。
「君綺麗だねえ」
「肌白い」
「可愛いなあ」
わかりやすいナンパである。彼らはひたすらルナに構ってもらおうと必死だった。
……あの~……。
「……おほんっ! おほんおほんっ!」
わざとらしく珠希は咳払いをした。それに気付きふたりはようやく彼女に目を向ける。
「あの~……こちらにもいるんですけど?」
「……」
「……」
少年達は少しの間無言で彼女の体を眺めると、すぐにまたルナに向き直る。
「ねえねえ、暑いから冷たい物でも」
「そろそろ腹も減ってきたしね」
「ううぉ~~~~~い! どいつもこいつも同じ反応して~~~~~! うが~~~~~~~!」
「うわっ!」
「さすがに中学生には手出せないから!」
「私も高校生じゃ~~~~~~!」
そうして時間が過ぎた頃。パラソルの下で休んでいた陽太はルナの姿が見えない事に気が付いた。
「あれ? そういえばルナは?」
「え? さっき海に入ってったよ? ナンパには気を付けなさいとは言っといたけど」
彼のすぐそばで壮大な砂の城を剣と一緒に作っていた珠希が答える。
「……ちょっと探してこようかな」
「心配シナクテモアイツハ溺レナイゾ」
「あー、うん……ちょろっと水に浸かってくるよ」
シートを離れた陽太は波際まで行くとすぐに海に入った。一時間以上の時間を置いていたため、すっかり乾いていた体に冷たい水が実に気持ちいい。彼はきょろきょろとルナを捜しながら水中を歩き始めた。砂浜から数十メートル離れた場所まで人はたくさんいる。
「どこに行ったんだろ……」
やがて足が着かなくなり、陽太は水を掻いた。ふと、何となく水中へと潜ってみる。すると。
「!」
海底にルナが仰向けになって寝ていた。びっくりして彼は息を吐き、急いで呼吸をしに浮上した。
「何やってたの……?」
その後ルナと一緒に砂浜に戻った陽太は、彼女とふたり、渚に脚を伸ばして座っていた。時折寄ってくる波が体を打つのが心地よかった。
「寝てた」
「……そりゃあ……見たらわかったよ。何であんなとこで……」
「こんな綺麗な海、見た事無かったから」
「……そうなの?」
「うん。私がいた星の海は、もっと汚くて、濁ってた。こんな風に人が遊べる所なんて限られてたから」
「そうなんだ……」
「……私なんだけどね、汚したのは……いっぱいいっぱい汚しちゃった……」
「……」
「……でも、あれもあれで綺麗だったかな……人の命で真っ赤に染まった海。私には時々、それがとても美しく見えたの」
「……」
「やっぱり、私が怖い?」
「……いや、違うよ。その時君は、どんな気持ちだったのかなって」
「何にも考えてなかったよ」
「きっとそれは、君にしか見えない景色なんだろうね」
「うん、そうだね……でも、この青い海もとっても綺麗。浸っていたくて。そしたら私もこの星の一部になれる様な気がして。兵器の私でも他の人達と同じ様に、この星が包んでくれる気がして」
「……今日は楽しい?」
「うん。楽しいよ」
陽太の質問にルナは柔らかな笑顔で答えた。それを見た彼は恥ずかしくなり、すぐに遥か彼方の水平線へと視線を移した。
「……なら、よかったよ。最近バイトで疲れてるみたいだったから」
「あはは。ありがと」
あ……何か良い雰囲気だ……と、この時少年はどきどきしていた。
「あー、やっぱりいいな」
「え?」
彼女は明るい声で言う。
「陽太の隣。何だか安心するんだ」
「……え?」
より強く、彼女によって心臓が叩かれた気がした。
「……そ、そそそそそそそれって、どどどどういう……?」
「んー……何だろ。私にもわかんないんだ」
……よ、よし……! 陽太はひとつの決断をする。
「あ、あのさ……今度は、ふ、ふふふたりでどっかに出かけない?」
「? ふたりで?」
「そ、そう!」
「……いいよ」
よっしゃ! と心の中でガッツポーズをすると、緊張して彼はすっと立ち上がった。
「そ、それじゃあそろそろみんなの所に戻ろうか。あんまり遅いと心配するよ」
と座っているルナを見下ろす……と、見事に、ふっくらとした彼女の胸部が作り出す深い深い谷間が少年の心を誘惑してくるのである。
「うん、そうだね」
自分で言っておきながらもうちょっと座ってても……などという陽太の下心などつゆ知らず、彼女も腰を上げた。残念。
「じゃ、じゃあ行こう……」
「うん……素敵だね、海って」
去り際にもう一度だけ、彼女はその瞳に青を映し込んだ。